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愛するということ。生きるということ。


愛すること。

人を愛すること。


「大恋愛をすること、それは人生で一度はしてみたほうがいい。」

そんなことを映画の主人公の一人が口にする。

最愛の妻を亡くし、
そう話す男性はいま、首~足の指のさきまでマヒしており、
人々からのサポートと薬とで生きてきた。

そこで、まったく違うタイプの男性と出逢い、
互いの人生が大きく変わっていく。

私の周りにも観たことがある人が多い、
「最強のふたり」というフランス映画。


人を愛すること、

今までの世界が変わってしまうくらい、
世界が美しく、
すべてに感謝して、
出会えたことに溢れんばかりの感謝と愛が流れ出す、

そういう人たち。

たった数人ではある。

とても幸せなこと。

同時に起こることは、
失うことへの大きな恐れ。

今を生きていることへの感謝。

後悔しないように今できることをしようという覚悟。

そういう色々な感情が湧き出る。


愛する人が増えるほど、

家族、パートナー、わが子

それはさらに大きくなるんじゃないかとも思う。

そして自分も変化していくのだと思う。


まだ自分の存在をそのまま受け入れられず、
他人軸が大きくて、
自分への否定が大きかった学生時代に出会った、
大切な人がいる。

親友、友人、そういう言葉より、

とても大事な彼女、という感じの彼女。

幾度となく、
自分が何かを失いそうになった時、
手を差し伸べればいつも手を取ってくれて、

何度救われてきたのかわからない。

人生でとても大事なことを教えてくれる彼女。

出会った当時と互いに変わったことはあれど、
彼女への感謝と尊敬の気持ちは、
変わらなくて、
出会えたことが奇跡のように特別で、幸せで、
心から生まれてきてくれて、ありがとう、と思う。



ずっとずっと出会いたいと思っていたパートナー。

「そんな人いないよ」
「ずっとそういう人を求めてたら結婚できないよ」

そういわれ続けてきたけど、
いつか出会えると信じ続けて、

その彼と出会うときに出会える自分でありたいと、
思い続けて行動してきたとき、
出会えた彼。

何千キロも離れたところで育って、
文化も全然違うのに、
こうしてめぐり逢い、
いろいろな人生の学びや大事にしたいことが重なり、

「こういうパートナーと結ばれたい」

という完全にストライクゾーンが狭い中で、
それを叶えてくれた彼。


「どういう人生を歩んでいきたいだろう」
という準備期間のように捉えてできることもあれば、

「もし余命が後3カ月といわれたら、私は何をして、何をしないだろう」
という「今」を強烈に意識する日々と、

「もし愛するこの人がいなくなってしまったら」
とよぎる瞬間に感じる、恐ろしい恐怖と

「いまこうして愛する人たちも生きていることってなんて幸せなんだろう」
という当たり前が当たり前でないことへの感謝と、

頭の中が
若干ぼおっとしていながら、

未来への意識から、
今への意識が高まりつつあるのを感じてる。


どれほど意識しようと思っても、
「今」を意識しきれないこともあれば、

「がつがついかなくても、
もっと楽しんだらいいんじゃないかな」
って大丈夫だよ、と自分を緩めようとするわたしもいる。

いろんなわたしがいる。

いろんないまがあり、
いろんな生き方があって、
いろんなひとがいる。

久しく意識をしてなかった「やりたいこと」。

それはある意味、今の幸せとありがたさと、を
かみしめていたこともあって、
同時に「人生は長い」とどこか漠然と捉えていたわたしがいる。

悔いのない人生。

そのときの自分が納得してした選択を、
腹をくくってやっていく。

選択の後が大事で、

その選択の道がどこへ自分を導くかは、
未来の自分にしかわからない。

結局「今」しかない。

意識、はどこにあるのか。

今かも、遠くかも、

自分の状況にもよるけれど、

いまの自分は、

「今」と「これから」を行き来しながらでいいんだと思う。

大事な人がいる、守りたい人がいる。

だから、「これから」を意識し始めた今は、

前とは異なっている。

その変化にもやっとすることもあるし、

「守りに入ってるんじゃないか」と思うこともある。

でも、今できることをやっていきながら、

「今」と「未来のビジョン」への意識

いまはそれを大事にしよう。


愛する人へ、

愛しています。

心から。

ありがとう。

出会ってくれて。

一緒に、生きよう。

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