叛逆のブラックボックス
2冊ともアマゾンでも評価が高く、ベストセラーである。センセーショナルで魅力的な事例から、「失敗から学ぶためにどうすればよいか?」「複雑な問題に挑むための多様なアイデアをどうすれば得られるか?」について著者の考えを述べている。詳しい内容に興味があればぜひ読んでほしい。今回は、印象に残った話を少し掘り下げてみる。
みえないヒエラルキーを乗り越えること
人生において他者と協力して何かを行うことは多くある。責任の大きい仕事を任されたり、難易度の高いプロジェクトの場合、一人では対処できないのでチームワークが必要になる。あるいは、災害によって人命の関わる場面に直面し、対応を迫られるということもあるかもしれない。他者と協力をする上で注意しておくべきなのが、みえないヒエラルキーである。
まず2冊両方で、1978年のユナイテッド航空173便の事故の事例が出てくる。航空機が着陸用の車輪を下ろしたが、車輪が定位置でロックされているのか判断ができず、最終的には燃料切れで墜落した事故である。
この事例と関連して、「失敗の科学」では、手術時の麻酔の事故について、「多様性の科学」では、エベレスト登山隊の遭難事故について挙げている。いずれの事例においても、当事者が複数人いる状態で少なくとも誰かしらは事故を回避できる可能性に気がついていた状況であった。
これらの事例に共通していることとして著者が指摘しているのが、ヒエラルキーの存在によって適切な情報共有と判断がされなかったということだ。航空事故では、航空機関士が燃料切れに気がついていた。医療事故では、看護師が緊急手術用の準備をしていた。遭難事故ではひとりが積乱雲の兆候を捉えていた。それぞれがその状況で、立場をわきまえずに発言し、意思決定ができたら事故は回避されていたかもしれないということだ。
しかし、実際の状況を考えてみれば、そんな行動を取るのが難しいことは想像に容易い。航空機関士からみた操縦士、看護師からみた執刀医、いち参加者からみた登山ガイドの力関係は絶対的にも思える。極端に表現するなら服従関係があったといえる。
このような生死が関わる極端な事例でなくても、みえないヒエラルキーが悪影響を及ぼすであろう状況は数多くあると想像できる。例えば、プロジェクトを進める上司と部下の関係性の中に、あるいは、研究に一緒に取り組む先輩と後輩、さらには、グループワークに取り組む学生間にだって生じることがある。このように他者との協力において、このみえないヒエラルキーをどう克服するかが重要であることがわかる。
今まさに私もこういう状況に置かれていると感じる出来事に遭遇している。航空機関士の立場で減りゆく燃料を眺めるしかないような気分である。そして、このヒエラルキーを乗り越えられないもどかしさを抱えている。私も所詮は保身に走るのだと自分に幻滅もする。私の場合は人命とは一切関係ないが、精神的に消耗していることは確かである。
一方で、私が操縦士の立場になることもあることを肝に銘じておく必要がある。例えば、後輩と研究に取り組むとき、無意識に私が操縦桿を握ることがあるのである。そのような場合には、なるべくヒエラルキーが生じない仕組みや雰囲気づくりをしたいと思う。航空業界では、先の事故をきっかけに「クルー・リソース・マネージメント」と呼ばれる訓練法が開発された。本の中では、これ以外にも参考になる話題がいくつか出てくる。
生死が関わる極限状態と私の個人的な葛藤を比較するのは烏滸がましいかもしれない。しかし、極端な対比が浮き彫りにすることもあるのだろうと言い訳をしておく。
余談:本のタイトルのこと
書籍のタイトルについて余談である。邦題は既に示したように「失敗の科学」「多様性の科学」である。しかし、原書のタイトルは、"Black Box Thinking: Why Most People Never Learn from Their Mistakes – But Some Do", "Rebel Ideas: The Power of Diverse Thinking"である。
前者のブラックボックスとは、本の主要な事例となる航空機のブラックボックスであり、かつ、仕組みをよく理解しなくても使えてしまっている状態を示す二重の意味をもつ。失敗から学べるかどうかというのは、このブラックボックスを開けずにそのままにするのか、それとも中身をよく検証して次に活かすのかという態度の違いである。ブラックボックス思考というタイトルは本書の要点を押さえたものである。
後者の反逆のアイデアは、本書に登場する様々なある種の反逆者達によって多様性が生まれ、そのアイデアが複雑な問題を解決する鍵になることを示している。こちらも目を引く良いタイトルである。
邦題が示していることは間違ってはいない。しかし、科学についての本かというとややミスリーディングである気もする。魅力的なタイトルでありながら、商業受けの良さを考えないといけない出版社の苦労が少し垣間見える。とはいえ、このタイトルに目を止めて読むことができたのであるから、少しは感謝しようとも思う。さて、今回はこの辺で筆を置くことにする。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?