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はじめてのさどく

先日、初めて論文の査読をした。何事も初めてのことは緊張するし、印象的である。せっかくなので、備忘録として残しておく。

査読とは

査読はpeer reviewとも呼ばれ、研究者にとっては論文を投稿して出版するのと同じくらい重要な活動である。なぜなら、査読付き論文を出版するということは、誰かがその論文を査読しているということであり、その両方の活動によって学術的なコミュニティが維持されるためである。ちなみに、この構造がもつ課題については最後に少し触れる。

査読者をどのように決めるのかは、研究分野や出版社によって異なるようである。今回は、少し面識のある研究者からメールで依頼があり、受けることにした。

判断基準

査読するということは、投稿された論文に対して何かしらの基準に基づいて採択(Accept)するか却下(Reject)するかを判断するということである。

今回の査読では、査読者が回答するフォーム内に判断基準の項目とその説明が書いてあった。また、自分の判断にどの程度確信があるかについての回答欄があり、査読者目線ではありがたかった。

このように、査読者用のフォームでも十分な情報が提供されていたが、心構えや回答の仕方という点でもう少し情報が欲しかったので、水島昇著「科学を育む 査読の技法」を参考にした。

本書は、査読システム全般の現状やその課題について説明されている1部、座談会形式で研究者たちが話す2部、英語の例文集の3部に分かれている。研究分野が違ったとしてもはじめての査読のお供として心強い一冊である。

この本で述べられていて、今回私が気をつけたことは、査読においては研究の妥当性だけを判断するということである。この妥当性の中には、正当性、論理性、新規性、重要性といったものが含まれる。これらの判断基準は当然のもののように思われるかもしれないがそうではない。

私たちは日常において、好みと良し悪しを混同して判断してしまいがちである。その研究が私にとって興味深いかどうかは一つの価値基準ではあるが、査読においては注意深く分離すべきである。査読をするにあたって今回得た学びのひとつである。査読においてどのような心構えで臨むべきかは様々な意見があると思うが、本書の「コメントすべきではないこと」の内容は個人的にとても参考になった。

査読をするとき、されるとき

私が査読したのは、学会論文の比較的短いものであった。そのため、依頼が来てから1ヶ月程度で採否判定が決まり、結果が投稿者に通知されている。

同時期に私自身は別の学会論文を投稿しており、査読されて結果が返ってきている。残念ながら私が投稿した論文は却下であり、悔しさも感じた。しかし、査読者と投稿者の両方の立場を経験して、少しだけ客観的な視点が得られたような気がする。あるいは、授業の課題に点数をつける先生の立場を少しだけわかる感覚かもしれない。

査読システムと論文のこれから

今回の査読では、私以外に査読者がもう1名とその結果を踏まえて最終判断をする議長(Associate Chair)2名の合計4名が関わった。もう少し長い内容や論文誌に投稿される論文では、査読者の人数がこれよりも多くなる。論文投稿数の増大や研究成果の発表までの期間の高速化の流れがある中で、このような仕組みが学術コミュニティとして持続可能で健全なのかについては既に様々な議論が行われている。

前述した水島氏の本の中でも、「査読システムの試行錯誤」や「査読者へのインセンティブ」といった章で課題や現在の取り組みを紹介している。このような課題は、研究者の業務とはなにか?という話にも関わってくるため、単純な話ではない。しかし、査読者という当事者になってはじめて、実感できる話題である。

最後に、やや趣旨が異なるが、山田涼太氏の「学術誌の歴史」というスライドを紹介する。これは、論文誌が商業化するまでの過酷な道のりを手短にまとめて紹介している。

たかが一度の査読で全てをわかった気になるのは、初心者が陥りやすい過ちのひとつである。しかし、はじめての経験だからこそ、すこし大袈裟に思案する機会にもなる。そんなことを考えながら、今後の査読生活に思いを馳せてみるのである。

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