シトロエンC5試乗記

・2019年7月29日加筆訂正

1.序章

オーナーの御厚意により、2代目シトロエンC5に乗る機会があった。当方次期自家用車の候補である。

シトロエンC5を語るには、目玉であるハイドラクティブ3というサスペンションについて理解しておくべきだろう。

原形となるハイドロニューマチック式サスペンションはその昔シトロエンの各車で採用されていた、オイルと窒素ガスによるサスペンションだ。
以前はサスペンションのみならず、アシスト系(ステアリングやブレーキ)までもがこのメカニズムを採用していたが、C5はサスペンションだけである。

2.ハイドロニューマチック


ハイドロニューマチック式サスペンションとは何か。

大多数のヒョーロンカが書く記事は誰かに口止めでもされてるのか、無理解なのか、詳細な解説がない上に私には何を言ってるのかさっぱりわからない。

仕方ないので自分なりに整理してみると、意外に機構は単純であることがわかる。

基本構成は以下。

・空気(チッソガス)と油を使う。空気はスフィアと呼ばれる蓄圧室(正確には更に別の蓄圧室があるが、ここでは割愛する)に封入されている。蓄圧室は樹脂製の膜(ダイアフラム)で空気と油が分離され混ざる事はない。

・空気はバネとして利用する。蓄圧室であるスフィアに封入密閉されており静的空気圧は一定。このスフィアは各車輪に1つ付いている。
一般的なエアサスのようにコンプレッサーで空気圧を変える制御はしない。
また、エアサスは柔らかいベローズ(風船)に空気が入り圧力上昇によって長さ(≒車高)を変えるが、スフィアは硬い球型であり圧力上昇しても変形はしない。

・左右サスペンションは油圧管で接続されている。

これらの構成から、ハイドロニューマチックサスペンションの基本特性は以下になる。

・左右輪は油圧管で接続されている事から、車体に対して左右どちらかの車輪が沈むと、もう片方は持ち上げられる。つまり車体の傾き(ロール)運動は許容する。
しかし、左右同時に沈む、持ち上げる方向には抵抗する。つまり車体の上下(ピッチング)運動は規制される。

・空気の入っている蓄圧室が油圧で押されて体積が減ると、断熱圧縮により圧力が上がる。バネとして利用すると、圧力が上がるに連れてバネ定数が上がる。
つまり左右車輪が沈むに連れてカタクなる。

まずはコレがハイドロニューマチックサスペンションの基本だ。

ハイドロニューマチックサスペンションの動作を考えてみる。
タイヤが上下動しようとした際、まずは油が押され、その結果空気室が押される。その途中は空気バネは効かない。
つまり車輪の上下ストローク量によって以下の動作モードがある。

1.超微小ストローク
「車輪上昇→油が押されるが、配管内油のダンピングにより減衰される」
2.微小ストローク
「車輪上昇→油が押されて反対側の車輪を押し下げる」
3.通常ストローク
「車輪上昇→油が押されて反対側の車輪を押し下げる→更にスフィア内空気室が押され、空気バネに押し戻される」

1や2では空気バネが効かず油が移動するか圧縮されるかだけの動作であり、3で漸く空気バネが効く。つまり空気バネを硬くしても、1や2の動作は変わらない。この辺りが重要かと思う。エアサスや金属バネは1や2から効く。

前述したように、ハイドロニューマチックは微小ロール時に空気バネが効かない。なので左右サスペンションアームは太い金属のアンチロールバー(スタビライザー)で繋ぐ。つまり通常ロール方向は金属バネが効く。

つまり、ハイドロニューマチックサスペンションは、アクティブではない。極めて上等な空気油式パッシブサスペンションである。

3.ハイドラクティブとは


ハイドロニューマチックサスペンションは前述のようにロール動作については緩い構造である。
もしこの構造のままロール動作を制限するなら、バネをカタクするしかない。
空気バネであるため、空気室の圧力を高めるか、又は体積を小さくすればカタクなる。しかし、それでは常にカタイ脚でよろしくない。

ならば、この空気室の体積を可変にすればカタクもヤワラカクもできる。

この発想で考えたのがハイドラクティブである。制御方法は至ってシンプルだ。

従来各輪1個、合計4個のスフィア(≒空気室)を持っていた。そして左右輪が油圧で接続されている。
コレに対し、ハイドラクティブは前に1個、後ろに2個スフィアを追加して合計7個とした。
そして7個全てを使う通常モードと、4個を使うスポーツモード(カタイモード)とを油圧バルブで切り替えるようにした。(正確に言えば前と後ろは別々に制御される為、それぞれ3個と2個の切替)
つまり空気バネのカタサを2段階可変としたわけだ。
更に、ロール制御(制限)する際、油圧管による左右連結を外し、左右独立とする。前述のようにハイドロニューマチックは左右連結される為に、ロールに関しては抵抗力がない。この連結を外すと、ロール時各輪はそれぞれの空気バネが効き、ロール剛性が上がる。

この切替判断は車速や舵角、車体Gセンサーにより自動で行われる。また、手動でスポーツモード固定もできる。
特にロール剛性を油圧バルブで切り替えできる為、旧来のハイドロニューマチックで必須だったカタいアンチロールバーを柔らかくできる。この効果は非常に大きいだろう。

C5はコレが搭載されている。

4.2代目シトロエンC5とは


シトロエンC5はDセグメントのクルマであり、VWパサートやフォードモンデオ、カムリやアテンザクラスのクルマである。
最終型C5は2代目であり、先代はエグザンティア、更に先代はBXとなる。

2代目C5の特徴は以下の2点。

まずサスペンションだ。前述したようにハイドラクティブが適用されているが、それだけではない。
前輪のダブルウィッシュボーン式サスペンションは、シトロエンC6およびプジョー407と同一形状を採る。

以下の記事はプジョー407だが、図がわかりやすい。
http://fukuyama.peugeot-dealer.jp/cgi-bin/WebObjects/114aa43f591.woa/wa/read/pj_117ea2a70e4/

通常操舵時に左右に転舵するハブは上下アームに付くが、プジョー407は一旦ハブキャリアに付き、それはサスペンション上下のみを担う。転舵するハブは別に用意されている。

転舵軸はホイール内に存在する為、タイヤ中央からの距離が極めて小さい。即ち路面からの反力モーメントが小さく、パワステのアシストは弱くでき、正確なステアリングフィールを得ることができる。フロントサスペンションとして究極とも言える形状である。
思えば、昔のシトロエンはインボードブレーキ採用により、ホイール内転舵軸を実現させていた。その伝統再現である。

もう一つの特徴は、主要部品に信頼性の高いメーカー部品が採用されていることだ。
日本仕様後期型エンジンはBMW製1.6Lターボ、オートマはアイシン製6AT。ハイドラクティブサスペンションはKYB製。
エアコンやパワステユニット(油圧)も日本メーカーの物だ。

5.シトロエンC5実車試乗


早速試乗に移る。クルマは2代目シトロエンC5、後期型1.6Lターボのセダン。
グレードはセダクション。ハーフレザーシートに手動調整機構のスタンダードモデル。ホイールは18インチだ。

右ハンドルのペダル配置はオフセット無く上々。問題無い。

まず感動するのがシートだ。座った瞬間身体に吸い付く。柔らかいと言うより、ハンモックのような感じだ。
左右サポートも問題ない。

以前に座った上級モデルの本革シートはここまでは感動しなかった。過去座ったシートの中でダントツの一位だ。

私の評価軸で減点項目無く、更に想像を超えた座り心地。満点を超えている。
私の評価軸そのものがショボいのもあるが、先日乗った最新のBMW7シリーズよりは遥かに上かと思う。

さて、ゲート式オートマセレクターをDに入れて走り出す。今回は首都高速での試乗の為、市街地走行は未確認である。

車線合流で加速する。1.6LターボエンジンはいかにもBMW製4気筒らしいギュルル〜と力強い音を奏でて加速する。改めて思うと最近のBMW3シリーズは排気音が強調されてボーボー言う為にエンジン音を気に留めてなかった。

もちろんフル加速以外は静かで平和だ。
6速オートマのシフトスケジュールはちょこまか変速せず、ある程度ギヤを保持するようで、好感が持てる。のべつ変速する最近の多段ATのラバーバンドフィールに辟易する身としては大歓迎だ。

エンジンはターボラグが存在するが、緩い加速なら変速せずとも少し待てば不足無い加速力が出力される。いずれにせよ、1.6トンの車体に156馬力と言うスペックから想像するよりもずっと力強い。

車体は徹頭徹尾フラットライドという印象だ。加減速で鼻先が上下する事もなく、常にフラット。巷で言われているようなフンワリではなく、ビシッと走る。
しかし決してカタい足ではない。首都高速の目地を通過する際はタイヤが叩かれる音だけで車体は揺れない。

ステアリングを切った際の印象は独特だ。
ほとんどのクルマはステアリングを切った後、ほんの少し遅れてノーズが向きを変える。
C5はそのノーズが向きを変えるまでの時間が短い。

過去の経験から、この反応を示すクルマはステアリングギヤ比が速く、遅れてガバッとタイヤが切れてしまうのではないかと警戒し、思わずステアリング操作の手を止めてしまった。
一瞬クイックなステアリングかと思うが、むしろステアリングギヤ比はスローで、その後切り足してもガバっと向きを変えるわけではなかった。

何のことはない。切った分だけ車体が素直に反応しているのだ。転舵軸がホイール内にある為、転舵時にリニアな反応を示すようだ。また、ステアリング中立の不感帯はタイヤのたわみだけで実現されてるようで、それ以外の余計なたわみやフリクションを感じない。

コレがわかってしまえば、自由自在に操れる。

ハイドラクティブのモードはオート。高速コーナリング時はハードモードになっているのだろう。僅かなロールと共にコーナリングする。揺れなどは無く、車体はピタッと路面に貼り付いているようだ。

なるほど、コレは上等なサスペンションが実装されたスポーツカーのフィールだ。

右ハンドル化の際に左に取り残されたブレーキマスターユニットの配置により、心配していたブレーキのフィールも問題無かった。
むしろノーズダイブが無い分キチンと減速できる。

上等なシートに身を預けて、快適な乗り心地の中リニアでシュアなステアリングを操る。ドライバーズカーとしてこれ以上の快感が他にあるものか。

6.総括


シトロエンC5は以下の点が秀逸だった。
・徹底的にフラットな乗り心地
・リニアな操作性
・快適なシート
コレらを全て高レベルで実現している。過去私が乗ったどのクルマよりもレベルが高い。恐れ入った。

筋金入りのシトロエン乗りには「何を今更」と笑われてしまうかも知れないが、敢えて書く。

シトロエンはその昔、究極のFFスポーツカーとして誕生したSMと言うクルマがあった。奇抜なSMのスタイルを抜きにすれば、C5は正に現代版SMではないか。しかも半世紀近くの間に高信頼性と言うアップデートを得て。

シトロエンC5は日本で2015年にディスコンとなった。もう新車で買う事は不可能だ。日本での総販売台数も知れているので、中古車もそう多くはない。

年末に見つけた外装ブラン・ガラン(黒に近いこげ茶)に内装ベージュの素敵なC5ツアラー(ワゴン)は、当方モタモタしてる間に売れてしまった。

逃した魚は掛け値無しに大きかった。

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