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この温泉を上がったら私たちは離れ離れ

肌寒い。風が頬に吹き付ける。この温泉からはまだ上がりたくない。

お湯のぬくもりに包まれていたいのも理由の一つだが、何よりも、この旅が終わってしまうのが惜しい。
大学四年間を一緒に過ごした仲間が、この旅の終わりとともに解散する。

私たちは映画部だ。私は監督で、彼女は有能なカメラマン、引っ張りだこの女優に、小気味よい台詞回しが得意な脚本家。塀の向こうの男湯には、職人気質の照明技師に、変態から二枚目までこなすカメレオン俳優。その役割は作品ごとに変わるけれど、私たちはいつも一緒だった。

それなのに、あと1ヶ月もしないうちに、お互いの知らないところで新しい役割のもと日々を過ごすようになるだなんて。

この卒業旅行が終わったあと集まる予定はとくにない。
地元組とは、ときどき会えるかな。
上京組にも、ときどき会いに行こう。

そろそろ上がらないと。飛行機に乗り遅れてしまう。
三月の風は冷たい。

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