「目の前に違う国がある」〜米墨国境の住民に、不法移民のことを聞いてみた〜

アメリカ大統領選挙まで残り30日を切りました。いよいよ大詰めとなった選挙戦ですが、今回は第2回目の公開討論会でも話題となった「移民問題」について、国境付近のメキシコ側に住む方に率直な話を聞きました。


予習:アメリカの移民問題とは

何よりもまずアメリカという国が向き合っている「移民問題」について、基本的な情報を抑えておきましょう。
2014年の統計(American Community Survey)によると、「移民の国」アメリカには、約4240万人の移民が居住しており、これは全人口の13.3%にあたります。そして、年間約130万人の新たな移民がアメリカにやってきています。新しい移民は、インド、中国、メキシコの順に多く、移民のうち46%はラテン系の方々です(従来「ヒスパニック系」と言われていた中南米系の人々が、スペイン語話者、ポルトガル語話者も含めて「ラティーノ」と称されている)。

このうち、約1100万人以上が不法移民とされており、全人口の約3%が不法移民ということになります。そして不法移民のなかでも突出して多いのが「メキシコからの不法移民」で、不法移民のうち56%がメキシコからの移民とされています。

さて、このような状況にあって、トランプ氏は「メキシコとの国境に壁を築く」と高々に宣言をし、他方でオバマ大統領は不法移民の子供を合法的な移民として彼らに市民権を付与すべく移民規制改革を行おうとしています。アメリカはいま移民政策をめぐって大きく分断されようとしていて、「なんとかリアルな情報を日本に伝えたい」と悩んでいたところに一通のメッセージが届きました。

「とんふぃさん、お久しぶりです。僕いまアメリカとの国境付近にあるTijuanaというメキシコの街で働いているんですが、実際に国境付近の様子見に来ませんか?」

残念ながら僕はもうアメリカ北部の五大湖周辺にいたため、今回は直接国境付近を見に行くことはできませんでしたが、そこで働く友人に直接話を聞くことができました。

話をしてくれたのは、アメリカとの国境の街ティファナで働く堀内くん。メキシコにいることをこんなにも主張されるなんて。素敵な友人です。
堀内くんはいまメキシコにある日系企業に勤めながら、その従業員が住むためのトレーラーハウスを作るプロジェクトに従事しています。月数万円の家賃で借家に住み続けるより、同じ額を支払いながら数年後には自分の持ち家になるような仕組みを作ろうとしていて、メキシコの人々の住環境を改善しようと頑張っているとのこと。むしろそちらの話をたくさん聞きたいという欲を抑えながら、アメリカへの移民の話を聞きました。


アメリカで1時間働くとメキシコでの2日分のお給料に

−アメリカとの国境ってどんな感じなんですか?

まずはアメリカとメキシコを合法的につなぐ国境の様子をお見せしますね。この写真を見てください。

手前にたくさんの車が並んでいますが、これがメキシコからアメリカにいくために入国審査の列を作っている人たちです。アメリカに向かう側は毎日行列ができていて、2〜3時間は並ばないといけません。ただ、アメリカ側に申請して、面接等を経て付与されるSENTRIという簡易入国カードがあれば、列も別枠で移動できるようになっています。
ですが、ご存知の通り、入国審査を経ずに国境を越える不法移民は少なくありません。今日は僕自身の個人的な経験も含めて現状を伝えさせていただければと思います。

−よろしくお願いします。身近に不法移民だった人などはいらっしゃいますか?

友人の一人に「アメリカで10年くらい働いてた」っていう人がいるんですけど、「visaどうやって取っていったの?」と聞いたら、「国境を超えていったんだよ。笑」って言ってて、そういうものなんだなと感じました。
正直、メキシコ人の立場になって考えると、無理矢理にでも越境したくなる気持ちも分かるんです。だって、メキシコの最低賃金って、州によって細かい数字は変わるんですが、メキシコシティで日給74ペソ(405円、3.91$/2016年10月11日現在)なんですね。で、目の前にある国境を超えた先のアメリカに行けば、時給10$以上だったりするわけです。アメリカで1時間働けば、メキシコでの2日間分のお給料がもらえる。
だから、貧困家庭にある人が家族への送金のためにアメリカに渡ったりするんです。

−具体的にはどんな風に渡るんでしょう?

人種問わず、不法入国をしたい人は繁華街で人に尋ねると簡単に斡旋業者が見つかるようです。相場は約2000$ほどで、お金のある人はこういう業者を使っていきますね。ただ、もちろんお金を払ったからといって必ず渡れるというわけではなく、そこは運次第。国境警備隊に見つかってしまえばあっけなく戻らされてしまいます。
越境の際には、「小さな鞄一つまで。一切のドキュメントを所持するな」と業者から指導されます。それは越境の際にパトロールに見つかって帰される時に、何処の誰かということがわからないようにするためだそうです。
カナダを除いて、唯一アメリカと陸続きなので、メキシコ人のみならず多国籍の不法移民がこの国境を超えていくんです。アメリカとメキシコの国境は「世界で最も人が行き来している国境」と言われています。

−共和党のドナルド・トランプ候補は「メキシコとの国境に壁を作る」って言って、移民を厳格に規制しようと思っているようだけど、そのあたりはどのように感じますか?

不法移民の方々もほとんどはトラブルなんて起こす気はなくて、アメリカでちゃんと働いて、家族を養っていこうと思っている人たちです。実際、いろんな統計でも出ている通り、アメリカへの不法移民はものすごく貴重な労働力になっています。アメリカ人がおよそやりたがらない低賃金、重労働、危険な、あるいは誇らしくない仕事をたくさんしているので、もし彼らを追い出してしまうとその仕事を誰がやるのだろうかと疑問に思います。

ただ、多くのアメリカ人やトランプ氏の言いたいことも非常に理解できます。ティファナで働いていて、時折向かいの街サンディエゴに行くこともあるんですが、国境を超えた瞬間に景色も空気もガラッと変わるんです。なんというんでしょう、生えている植物の緑すらも変わるというような。それくらいアメリカの街が綺麗で、栄えているんです。
実際には国境全てに壁を築くなんていうことはできないので(それくらい広いので)、ひどいところに壁を作って、国境警備もそれくらい厳しくしてということなのだと思いますが、トランプの言いたいことはわかるんですよね。

−とはいえ、実際はオバマ政権でブッシュ政権を上回る数の不法移民が国外退去処分になっていて、ヒラリー候補も国境警備をこれまで以上に厳格にするという主張をしています。トランプのみならず、やはり移民に対する危機意識はアメリカ全体にあるんですよね。トランプ氏はそれがあまりにも敵意の塊のような形になっているだけで。

そうでしょうね。不法移民のほとんどが真面目な方だとはいえ、やはり悪い企みを持って越境する移民も跡を絶ちません。また、ムスリムの中にはアメリカに直接入国できないために、一旦メキシコに入国して越境する人もいるそうです。越境斡旋業者にはメキシコマフィアも絡んでいたりしますが、そこに中東の過激派との繋がりがないのかといわれると、よくわからないとしか言えないのも事実です。更に、最近ではハイチからの難民がメキシコにたくさん来ていて、お金のある人は業者に依頼してアメリカに行っているそうなんです。
やはり、トランプが言うように、ほんの少しでも毒があると分かっていて、しかもその毒が見分けられない場合には、その食品自体を食べないようにするしかないというのは理解できる考え方なのかもしれません。

−最後に、島国の日本からティファナにやってきて、何か感じることがあれば教えてください。

この写真を見てほしいんです。壁に人が寄りかかっている写真なんですが、何をしているかわかりますか?

−イスラエルにある「嘆きの壁」みたい…。お祈り的な?

これはですね、壁の向こうにいる人と喋っているんです。

壁の手前がメキシコ、向こうがアメリカです。色んな理由があって、国境の手前と向こうにいる家族や友人らが、日時を合わせてここにやってきて、一時の会話を楽しんでいる様子なんですね。アメリカの方は国境警備隊がいるはずなんですが、見て見ぬふりをしてくれているようで。特に不法に渡った人は、もう戻れないですから、ここにやってくるのが唯一家族らに会える瞬間なんです。物品を渡したりもできないので、中には楽器を弾いて音楽を届けようとする人もいます。

これはこの国境を境目にTEDxイベントが開かれたときの写真です。アメリカ側とメキシコ側で2つの舞台、2つの観客席が置かれ、壁を通してTEDxTalkが披露されました。

ティファナというのは、もともとアメリカの禁酒法時代に、ここに来たらお酒を飲めるということで栄えた街なんです。そして、風俗街もあるので、国内で禁じられている風俗を楽しみにこちらに来るアメリカ人もたくさんいました。住んでいる人もそれほど違わず、9.11が起こるまでは人の行き来ももっと自由で、ただ2つの街は国だけが違うという状況でした。だから、Tijuanaの人は意識してなのか、無意識なのか、「アメリカ」とは絶対に言わず、「otro lado(あっち側)」という言葉を使うんですね。今となっては、アメリカの汚いものを全部押し付けられたみたいな感じなっています。

さて、何を感じたかなんですけれど、ここに来てから、「目の前に違う国がある」という日本では得難いを経験をして、「国」というものを強烈に意識するようになりました。「国ってなんなんだろう」ということをもっと日本人は意識しないといけないんだと感じます。メキシコの移民の気持ちもわかる。アメリカがそれを抑制したいのもわかる。

−複雑なんだけど、それが国際社会の中の国を形成しているんですよね。簡単に解決しない問題なんだけど、だからこそ僕らは考えることをやめず、とにかく常に解決の出口を探し続けていきたいです。トランプが安易にメッセージ性の強い解決策を声高に言うのを、ヒラリーが苦々しく頑張って「そうじゃないんだ。It's not how it works.」と伝えようとしている。その姿をアメリカで目の当たりにして、なんだか政治というものの本質、妥協の産物だけれど可能性の芸術なんだという点を改めて痛感しました。
今日はお時間取ってくれてありがとうございました。大切な現場の声を聞くことができました。

いえ、ありがとうございました。沢山の人に届いてくれることを願っています。

▼参照:MPI(Migration Policy Institute)
http://www.migrationpolicy.org/article/frequently-requested-statistics-immigrants-and-immigration-united-states

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興味深く拝読しました。有難う御座います。
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