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少年時代(懐疑の芽生え)

 一度だけ、幼稚園でおもらしをしたことがありました。いすに座っているときに、うふふと笑ったはずみに、じゅっと出てしまい、半ズボンがぐしょぐしょになりました。幸いにたくさん出なかったので、ズボンがぬれただけで床には液体はこぼれませんでした。先生にはばれていなかったと思いますが、となりの女の子(名前はわすれました)に気づかれてしまいました。その子はぼくに「先生に言ってあげよっか?」と言いましたが、ぼくははずかしさでぶるぶるふるえながら、せっかくの心配に対して、「いらんわ」とむきになって怒ってしまいました。その日どうやって家に帰ったか、おぼえていません。

 別の日は、幼稚園で先生に逆らってしまいました。よほどむしゃくしゃすることがあったのか、ぼくは同じ組のしょうじくんの頭をたたいてしまいました。それを見ていた先生が、なんでたたくのと言ってぼくに怒りました。ぼくは先生に向かって、「うるさいな、おまえに関係ないやろ!」と毒づきました。なんと先生をおまえ呼ばわりしたのです。そうするとさらにしかられて、きつく「あやまりなさい」と言われました。ぼくは、なげつけるように、しょうじくんに「わるかったな」と言いすてて、「うー」とうなりながら、席にもどりました。ぼくの目は涙ぐんでいました。それ以来、人に暴力をふるったことはありません。

 小学校に入って初めの登校の日、近所のお宮さんに集まりました。みんなで「部団」というグループをつくって学校に行くのです。ある男の子の給食袋にしばたと書いてあったのを見て、ぼくはてっきり、幼稚園で同じ組だったしばたくんが同じ部団なんだと思って、にこにこしてその子に近寄りました。よく顔を見たら、そのしばたくんは、ぼくの知っている人とは全然ちがう、かみのチリチリしたガキ大将みたいな子でした。雨がふっていました。そのしばたくんは初対面のぼくに、「これふみながら歩いたらおもろいで」と、足ぶみしながら、雨のつぶがどんどん落ちて来る足もとを見ながら言いました。ぼくは「これ」が何のことかわかりませんでしたが、「何が?」と聞いたら怒られると思ったので、前を歩くしばたくんの長ぐつがふんだあとに水がはねて出来るちっちゃいぽつぽつを、かさをにぎりしめて、一生けん命ふみながら学校に行ったのです。「おもろい」とは思いませんでしたが、こういうゲームにのっていくのも付き合いのうちだと思ってがまんしました。しばたくんは、低学年の子に人気があるので、きっと6年生になったら部団長になると思います。ぼくときたら、低学年の子から生意気なことばかり言われて、ああ人気がないんだなと、はらが立つやら、情けないやら。

 参観日でした。画用紙に絵をかいて、その説明を作文で書くという授業がありました。ぼくは運動会の絵をかいて、その説明を書きました。玉入れの玉を「ひとつ」と書きたかったので、たて書きで「一つ」と書きました。漢字の「一」という字がちょっと短くなってしまいました。ぼくは、字の下手な人が書いた、上の点が長くなったぶかっこうな「う」を見たことがありました。その人が書いたような、たてに長い「う」に見えたらいやだなと思ったので、「う」に見えないように、わざわざ「一」の字を長くのばして、「一つ」と読めるように工夫しました。先生はみんなの前で、生徒だけではなくみんなの親もいる中で、ぼくの作文を読みながら、「ここに急に出て来る『う』って何?」と聞きました。用意しゅうとうに準備をしたのに、このありさまです。先生はぼくの字がその程度のうまさだと見くびっている!先生のかんちがいで、みんなの前で文章がおかしいことをさらされて、親にはじをかかせてしまった!とても悲しくなりました。いや、これくらいで大丈夫だと思った自分が甘かった!ぼくはそれから、大人だからといって信用せず、ごかいを生むような書き方はしないと決めました。

 同級生の清水くんの家に遊びに行ったとき、2階にある清水くんのおじいちゃんの部屋に入って遊んでいました。清水くんは、「ここにいいもんかくしてあるで」と言って、おじいちゃんの机の引き出しを開けました。そこから封筒を取り出して、中に入っている写真を取り出しました。そこには、ピンクのようなむらさきのような色のライトに照らされて、はだかの女の人が足を開いて映っていました。そういう写真がたくさん、何枚もありました。ぼくは、これはいかがわしい、とてもいかがわしいものだ、と思ってうろたえました。清水くんは、なれた手つきで、それを自分のまたに押し付けて、こうしたら気持ちいいねんでと得意そうに言いました。ぼくは、これはほんとうにいかがわしい、たいへんな「きん急事たい」だと思いましたが、冷静をよそおってやりすごしました。ぼくは動じないふりをして写真をちらちら見ながら、はだかよりも、写っている女の人がみんな目のまわりが黒くて、まつ毛がとても長いのにびっくりしました。

 塾には家から自転車で通っています。でも、金曜日の塾の帰り、ときどき駅からそのまま電車に乗って、田舎のおばあちゃんの家まで行って休日をすごしています。その日も金曜日でした。塾で同じクラスのT君とR君は、いつも遠くから電車で来ていたので、一緒に帰ることになりました。T君は帰る前にちゃんと家に電話していました。公衆電話で「今から帰る。7時46分の電車に乗るわ」と言っていました。たぶんまだ7時くらいでした。ぼくもおばあちゃんの家に電話をして、てっきりT君たちと同じ電車で帰ると思っていたので、心では46分までは時間があるなと思いながら、「今から帰るわ、46分の電車で」と言いました。電話口の向こうで「え?46分まで待つんか?」とおどろく声がありました。ぼくもそれにおどろいていると、横からR君は「46分じゃなくても、電車あるで」と言いました。ぼくは、あ、そうなのかと思って、それから、もしかして二人とも同じ電車に乗らないのかと思って、急にきんちょうして、電車に乗るのがこわくなりました。

 ぼくもそろそろ5年生になるので、人の意見に流されないように、思いこみにだまされないように、うたがいをもって、ちゃんと自分を確認しながら生きていきたいと思います。

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