【掌編】神無月

 呼ばれたので出かけた。夜になお目を忍ぶ金木犀が、なお香る。
 徒歩七八分いった先を曲がり、なにくわぬ顔をしてアパートに入りこむ。彼の部屋の鍵は開き、明かりも落としてあるのはともかく、裸で待っているのはどうかと思うがかわいい。
 服も下着もろくに見られず自ら脱ぎ捨てて、口を塞がれながら、苦しいほど早急にからだを合わせる。
 かえり道も金木犀がまた香る。近ごろ、汗ばむと焼き菓子めいた匂いが立つ。不思議な甘さは肌にとどまり、金木犀と似合っていっぱいのしあわせに包まれた。このを交叉を毎年楽しみに、おばあちゃんにまでなりたいと、立ちつくした。
 でも、足もとで潰れる銀杏の生実も、ねとりと飴のように甘く匂うのだ。世間は、腐臭と扱うのに。
 私の嗅覚は異形を抱え持つかもしれず、だから彼に確かめたい。私は甘いのか。彼にしか聞けない。彼しか知らない。そう、でも彼もとうにおかしくなっている。頼りなく、空しいか。
 いや、彼と私に甘ければ、それでいい。