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【小説】花より団子、月より兎 アフタヌーンティー

前回の「花より団子、月より兎 栗ごはんと秋鮭」

の続きです。秋編はこれで終わりとなります。今回は秋のスイーツをお供にピクニック。

 その日は秋晴れと呼ぶのに相応しく、過ごしやすい天気だった。

「ずいぶん晴れたわねえ」

 朝から準備する佳奈子の足元を大きな毛玉がうろちょろとしている。

「カナコちゃん、今日はずいぶんと大荷物ですね」
「そりゃそうよ。アンタのリクエスト多かったんだから。ちょっとずつでも結構な量になるのよ」

 佳奈子は手際よくラップを巻きつけながら答えた。

「ま、でも今回は流石にアンタをあのバッグに入れて持ち運ぶのは難しそうねえ」
「じゃあそのまま行ってもいいですか?」

 ぱっと顔を明るくしたしらたまを見て佳奈子はため息をついた。以前のピクニックのとき、無理やりつめられたボストンバッグがよほど嫌になったのだろう。今では佳奈子が取り出しただけで逃げる始末だ。

「しょうがないわね。なるべく人目のつかないように行くしかないから急いで出るわよ。ほら、アンタも手伝って」
「それはもちろんです!」


「やれやれ。登るのも苦労するわね、ここ」

 汗をかきつつ登った公園の小高い森の休憩スペースは相変わらず人がいない。爽やかな秋風が佳奈子の頬をなでていった。

「それにしてもすごいキレイですね! ぜんぜん前と雰囲気ちがいます!」
「そりゃ秋だもの。紅葉の時期だからね」

 しらたまが周りを見渡している。当然だろう。前回二人でここに来たときに生い茂っていた若々しい緑は派手な赤や黄色へと変化し、すっかり秋の様相を呈していて、印象もずいぶん変わった。
 紅葉の絨毯の上にレジャーシートを敷き、佳奈子は早速準備を始めた。大、中、小の花柄があしらわれたお気に入りの皿を三枚取り出す。

「本当はアフタヌーンティースタンドがあればよかったんだけどね」
「今日はいつも違う感じにしたかったんですか? お皿の大きさも違いますし」
「ああ、今日はアフタヌーンティーみたいな感じにしようかと思って」
「アフタヌーンティーってなんですか?」

 小首をかしげてしらたまが問う。

「あれ、アンタ月で地球の文化学んできたんじゃなかったの?」
「そうですけど、全部学んだってわけじゃありませんからね。大体地球の文化は多すぎて全部履修するなんて無理ですよ」

 それもそうかと佳奈子は納得したが、ではこの兎が日本以外に不時着した場合はどうなるのだろう。荘厳な城やヤシの葉が揺れる南国、あるいはカラフルなペンキで彩られた陽気な街の中で呆然とする兎が頭をよぎる。だが今は準備するほうが先だ。手を動かしながら佳奈子は答えた。

「英国にある文化の一つよ。英国では紅茶を特に大事にしていてね、午後に紅茶を飲むっていう習慣があるの。いろいろ礼儀作法とかあるらしいけど、私は英国人じゃないから今回は雰囲気だけ借りたなんちゃってアフタヌーンティーね」

 佳奈子はバッグから取り出したスイーツたちを皿の上に飾っていく。一番大きな皿には朝用意したサンドイッチ。それだけではスペースが余ったのでカボチャプリンもつけてやる。中くらいの皿は二段目に見立てた皿。ここは本来スコーンをのせるべきところだが、この兎のリクエストの中にスコーンはなかったので、今回は目をつぶってもらおう。代わりにのせるのはブドウとリンゴのパフェ、ブドウゼリーにスイートポテト。三段目に見立てた一番小さな皿にはアップルパイ、柿タルトとモンブラン。三段目は本来ケーキがのるところなので、まあ本家と似たようなメニューだろう、多分。

「とってもごうかですね!」

 たしかに盛り付けてみるとなかなか華やかだ。散った紅葉も良い演出となり、撮る角度によっては映えそうな光景である。私もやるじゃないと佳奈子は自画自賛した。

「でも、これ全部食べられるんですか?」

 全部食べるのは無理そうと不安気に呟いたしらたまに佳奈子は呆れた視線を返した。

「なに言っているのよ、アンタ。よく見なさい、それぞれ一人分しか用意してないでしょ。各々好きなものをとって食べればいいじゃない」
「ええ!? 全部食べられないんですか? どれもおいしそうなのに!?」

 途端に騒ぎ出したしらたまに佳奈子はため息をついた。

「わかった、わかった。私のもあげるから。それでいいでしょ」
「えっ? そこは半分こじゃないんですか?」

 嫌味かと思って見つめ返したが、黒いビーズには純粋な疑問しか浮かんでいない。

「あのねえ、いくら半分ずつとは言えこれ全部食べると太っちゃうでしょ。アンタと違って体重の問題はデリケートなんだからね」
「へえ、そうなんですか?」

 女にとって体重の増減というものはまさしく死活問題なのだが、目の前の兎はいまいちピンとこなかったらしく、首をかしげるだけだった。

「ま、とにかくそういうことなのよ。ほら食べないの?」

 水筒から注いだ紅茶を突き出してやるとしらたまは素直に受け取った。

「もちろん食べますよ。どれにしようかな」

 きらきらした目でしらたまは見て回る。対照的に佳奈子は迷いなく、サンドイッチを手に取った。

「カナコちゃん早いですね」
「私、しょっぱいものから食べる主義なの」
「じゃあ僕もそうしようかな」

 佳奈子はサンドイッチに手を伸ばすしらたまを横目にサンドイッチへとかぶりついた。瞬間、みずみずしいレタスとトマトが口の中で弾けた。それを塩気のあるベーコンが程よくまとめている。やはり王道の組み合わせは最高だ。

「カナコちゃん、前もキュウリのサンドイッチ作っていましたよね。好きなんですか?」

 キュウリのサンドイッチをつまみながらしらたまが尋ねた。佳奈子は首を振る。

「別にそういうわけじゃないけど。アフタヌーンティーってキュウリのサンドイッチが定番らしいから作ってみただけよ」
「なるほど。おいしいからカナコちゃんも勝手に好きなんだと思ってました」

 白と緑の二色のパンが口の中に吸い込まれていく。なんだか掃除機みたいだった。

「まあサンドイッチに基本はずれはないわよ」
「それもそうですねえ」

 サンドイッチを食べ終わったところで佳奈子は改めて周りを見る。

「次はどれにしようかしら」

 指を滑らせて色とりどりのスイーツたちを追っていく。ふと煌めくフルーツたちが目に入った。

「じゃ、次はこれにしましょ」

 選んだのはブドウとリンゴのパフェだ。スーパーで買ってきたこぢんまりとしたパフェはブドウと薄く切ったリンゴ、梨やバナナがクリームの上に鎮座している。スーパーのものなので若干の安っぽさは否めないが、それを抜きにしても煌びやかな見た目だ。一口含むと蜜が詰まった薄緑が弾けて、甘みいっぱいに広がる。

「あっ、おいしい!」

 もうひと匙スプーンを運ぼうとしてこちらを見つめる視線に気がついた。

「……何よ、アンタまだサンドイッチ残っているじゃない」
「カナコちゃん、半分こにするっていう約束覚えてますよね」

 手元のパフェを見下ろす。まだ一口しか食べていないパフェは先ほどの約束を違えたくなるほどの魅力をもっていた。陽の光に照らされたフルーツたちが早く食べてと誘っているような錯覚さえ覚えてしまう。

「ねえ、半分こじゃなくて一口で勘弁してくれない?」
「カナコちゃん! 言ったことが違いますよ!」

 鼻をぶうぶう鳴らしてしらたまは抗議した。

「しょうがないじゃない。おいしいんだもの。大体これ全部、私の金で買ったのよ! 私のものなんだから、別に私の好きにしてもいいでしょ!」
「カーナーコちゃーん」

 恨みのこもった声が聞こえてくる。佳奈子は負けじと睨み返した。

「一口だけ」
「嫌です。半分こ!」
「一口。百歩譲って二口。これ以上は認めないわ」
「半分こ!」
「譲らないって言っているでしょ」

 睨み合いの末、制したのは佳奈子であった。

「カナコちゃんのウソつきー」

 後ろ足を叩きつけながらしらたまは佳奈子を半目で見上げる。

「そんなに不満たれるなら、一口もやらないけどいいの?」
「もらいます! 二口分きっちりと!」
「じゃ、早く開けなさい」

 プラスチックのスプーンを突っ込む。生クリームの部分だけよこしてもよかったが、兎がうるさくなるため、佳奈子はブドウとリンゴも一緒にすくってやった。口にいれた瞬間、しらたまは大きく目を見開く。

「わっ甘い! ブドウってこんなに水分多い果物なんですね! リンゴもしゃくしゃくしていておいしいです!」
「それならよかったわ」

 佳奈子は再びパフェに口をつける。久しぶりのクリームは甘ったるく、だが特別な感じがした。パフェというと学生時代、親に内緒で友達と寄った店を思い出す。テスト終わりなど自分へのご褒美が欲しいときにはよく行ったものだ。

「カナコちゃん、次はそのリンゴに似たやつと白っぽいやつください」

 感傷に浸っていると図々しい注文が入った。見下ろすと大きな黒い瞳と目が合う。

「梨とバナナのこと?」
「そうです! それください!」
「ったくしょうがない兎ね。ほら、口開けなさい」

 従順に口を開けるしらたまの口に突っ込んでやりながら、佳奈子は次に食べるものを考えていた。

「じゃ、僕これもらいますね」

 しらたまがとったのはツヤツヤと輝くオレンジ色のタルト。佳奈子がわざわざケーキ屋まで行って買い求めた柿タルトだ。熟した柿にクリームとナパージュで飾りつけたもので、見た目からして食欲をそそる。そえられたミントまで上品で、流石プロが作るものは違うと佳奈子は唸った。

「いいけど、一口ちょうだい」
「ええーカナコちゃんいらないって言ったじゃないですかー」
「うるさい。私は半分もいらないとは言ったけど、一口も食べないなんて言ってないわ」
「カナコちゃん、そういうのって屁理屈っていうんですよ」

 呆れた視線が返ってきたが、佳奈子は無視した。

「一口くらいいいでしょ。誰が買ってきてやったと思っているのよ」
「むう、それはそうですけど……」

 しらたまは不満気な声を漏らしたが、佳奈子が再度催促すると渋々タルトをよこしてきた。

「ありがとう」
「あーあ、僕のタルト……」

 未だにぶつぶつと言っているしらたまの額を小突き、佳奈子はタルトにフォークを突き刺した。

「あっ、これもおいしいわね」

 十分熟れた柿は渋みが一切ない。クリームはくどすぎないよう甘さ控えめ。サクサクのタルト生地もいい食感を出している。

「でも紅茶が欲しくなる味ね」

 サクサクのタルトはおいしいのだが、同時に口内の水分も奪っていく。佳奈子はコップの紅茶を喉に流し込んだ。佳奈子が気に入って取り寄せている紅茶はたとえティーバッグであろうともその豊かな香りは健在だ。

「これ、今は水筒ですけど、たしか専用の器みたいなのありますよね? カナコちゃん家にあったやかんみたいな形の」
「ティーポットのことね。悪いけど、ウチにあんなこじゃれたものはないのよ」
「いえ、資料として見たことあったなあって思っただけなんですけどね」

 コップに口をつけるしらたまを見ていると、ふと有名な小説の一場面が思い浮かんだ。あの作者は英国の作家だったはずだ。だからあのような場面が書けたのだろうけど。

「私が風変わりな帽子を被って、小さなヤマネのぬいぐるみでも置けば、あの場面再現できそうね」
「なんのことですか?」

 きょとんとするしらたまに佳奈子は何でもないと手を振る。たとえあの場面を再現したとしてもしらたまはあれに出てくるなぞなぞなんて一つも分からないだろうし、時刻が六時のままの時計もない。何よりそれだと自分の配役はいかれた帽子屋になってしまう。

「できれば主人公の少女のほうがいいわよねえ」
「だからなんのことですか?」
「何でもないわよ」

 訝しげに見るしらたまを放って、佳奈子はモンブランを手に取った。大粒の栗がのったモンブランは小高い秋の山である。フォークはふわりと沈みこみ、佳奈子の期待が上がる。広がるのは予想通り濃い栗の味で、佳奈子はうっとりと目を閉じた。

「そうそう、これよこれ。やっぱりモンブランはこうでなきゃ」
「カナコちゃん」

 呼びかけられるだろうと思っていたが、目の前にしらたまの顔があって佳奈子は苦笑した。

「はいはい、分かっているわよ。だからちゃんとてっぺんの栗はとっておいたでしょ」

 早く、早くと急かす兎の口に放り込んでやると大きな瞳が細められる。

「おおこれが栗の味ですか。これまた優しい甘さですね」
「おいしいでしょ? 栗」
「はい! また食べたくなる味です!」

 瞳を輝かせるしらたまに佳奈子は口の端を上げた。

「でも、栗っていがに包まれているから痛いわよ」
「ええ!? 痛いんですか?」

 驚くしらたまに佳奈子は頷く。

「そうよ。苦労してとげとげのいがからおいしい中身を取り出すの」
「そうなんですか。虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつですかね」
「そこまで大げさなものじゃないけどね。あとアップルパイはアンタにあげるわ。私、この前食べたから」

 皿によそってやるとしらたまが勢い良くこちらを見上げた。

「いいんですか!?」
「ええ。そう言っているでしょ」

 いそいそとフォークを突き刺すしらたまを眺めながら、カボチャプリンを手に取った。これは某数字がつくコンビニの期間限定商品だ。濃い黄色の中央にはちょこんと控えめにクリームが飾られており、手のひらサイズなところも可愛らしい。
 クリームから底のカラメルまで一気にスプーンを差し込む。濃厚なカボチャが舌にまとわりつき、クリームの甘さと混じりあった。これだけならばただ甘いだけだが、ほろ苦いカラメルが入ってくることにより、全体が大人びる。この絶妙なバランスが好きで佳奈子はこの商品が出る季節になるとコンビニに走るのだ。

「カナコちゃん、アップルパイってリンゴだけじゃないんですかね? なんか黄色いクリームがあるのは分かるんですけど、なんか独特な香りがして」
「それシナモンのことじゃない? 何、アンタもしかしてシナモンの香り苦手だった?」

 香辛料として名高いシナモンの香りは独特なので、月出身の兎には苦手な香りだったかもしれない。佳奈子は内心焦ったが、しらたまは首を振った。

「いえ、ちょっと驚いただけですよ。十分おいしいです」
「ならいいけど」
「ところでカナコちゃん、僕にもプリンください」

 あ、と口を開けるしらたま。佳奈子は大きくため息をつくとクリームからカラメルまで全部のるように細心の注意を払いつつスプーンを押し込んだ。

「わっなんだかねっとりしてますね! それにとっても甘いです!」

 ぴょんとしらたまは飛び跳ねた。が、突然白い体が硬直する。

「あっ、でもなんか苦い」

 盛大に顔をしかめたしらたまを見て佳奈子は思わず吹き出した。

「ふふっ、アンタなんて顔してんのよ」
「だってカナコちゃん、甘いかと思ったら急に苦いのくるんですもん」

 舌を出しながらしらたまは言った。

「そりゃカラメルだもの。アンタ、ずいぶんお子ちゃまな舌なのね」

 佳奈子がからかう。しらたまはふいっと顔を背けると残りのアップルパイを詰め込んだ。

「いいですもん。僕には甘いアップルパイもまだスイートポテトも残っていますもん」
「あら、スイートポテトが甘いだけなんて私、ひと言も言ってないけど」

 にやにやと笑うとしらたまの目が大きく泳いだ。

「い、いやそんなことはないですよ。テレビで甘いっていってましたもん。それにスイートポテトってこの前食べたやきいもと材料同じなんですよね? 甘い以外ないでしょう?」
「あら、本当にそうかしら?」

 大きな瞳に佳奈子の意地悪い笑みが映る。

「そうですよね? そうと言ってくださいよぉカナコちゃん!」

 しらたまはついに泣き出した。佳奈子は笑ってその頭をなでてやった。

「冗談よ、冗談。ちゃんと甘いから食べてみなさい」

 黄金色の楕円を半分こにしてしらたまに差しだす。

「うう……カナコちゃんのいじわる……」
 鼻をすすりながら、しらたまはスイートポテトをかじった。

「あっ甘い! おいしい!」

 焼き目のついたスイートポテトはほくほくしていて芋のやわらかい甘さが十分に伝わってくる。安心する味わいだ。

「で、満足したかしら? ワガママな月の兎さん?」
「はい! ありがとうございます、カナコちゃん!」

 満面の笑みで返されて、佳奈子も微笑んだ。

「じゃ、片付けて帰るわよ」

 佳奈子が立ち上がるとしらたまも追随する。

「今度は僕が月からお土産もってきましょうか?」
「期待せずに待っているわ」
「そこは期待して待っているっていうところですよ、カナコちゃん!」

 一人と一匹で鮮やかな秋の絨毯を歩く。空は清々しい青だった。

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