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【小説】ふたごのかみさま

友達の仲をとりもってくれるという仲の良い二人の神様。
果たしてその真実は――?

「カミサマ、カミサマどうかおねがいです。ケンちゃんとなかなおりできますように」

 少年は必死に小さな祠の前で祈っていた。ここは住宅街にある小さな祠。鳥居も大きなお寺のような建造物があるわけでもなく、ただ瓦屋根のついた木製の小さな祠がちょこんと鎮座しているだけ。

 しかし家と家の間にひっそりと佇むその空間はどこか異質な静けさを持っている。両側の青々と茂る木がそれに一役買っているようであった。そんな場所にわざわざ少年がやってきたのはこの祠が持つ噂を頼りにきたからだった。

「どうか、おねがいします。いちばんの友だちなんです。ケンちゃんとこのまま仲直りできないとオレは死んだほうがマシかもしれない」

 子供の世界は案外狭い。その狭い世界の中で一番の友達を失うのは世界が崩壊するのと同義であった。これは後に大人になっていくにつれて、何であんなに思い詰めていたのだろうと笑い話になるような類のものなのだが、それでも小さな少年にとっては一大事だったのだ。
 だから少年は仲直りするか死かと真剣に思いつめていた。

 この祠には仲のよいカミサマが二人祀られているらしい。二人はまるで双子のようにとても仲が良かったことから、みんな「ふたごのかみさま」と呼んでいた。

 その仲の良さにより友情運を上げてくれるとか、ひいては子供がケンカすればすぐさま仲を取り持ってくれるとかのそんな噂が出回っていた。だから学校のみんなは友達とケンカしたとき、友だちと気まずくなったときここにお祈りにくる。

「おねがいします。ミミちゃんとハナちゃんがカンちゃんのとり合いしたときも、ショウくんとコウタくんがサッカーでケンカしたときも助けてくれたんでしょ。だからオレのも助けてよ」

 幼さ故の傲慢な願い事であったが、少年はどこまでも本気だった。

「ねえ、今のホント?」

 必死に祈りを捧げていると突然後ろから声をかけられた。振り返ると二人の少年が立っている。年齢は少年と同じくらいであろうか。少々くせっけのある髪に大きな瞳が愛らしい。
 だが、二人の顔は見たことがなかった。ここら辺に住んでいるなら、必ず学校で見たことあるはずなのに。

「えっとお前らだれ? 学校で見かけた顔じゃないけどここらへんに住んでんの?」

 二人は顔を見合わせクスクスと笑った。

「そうだよ。ここに住んでいるんだ。ところで今の話ホント?」

 もう一度同じことを尋ねられ、少年は首をかしげた。

「なんのこと?」
「ほら、仲直りできないくらいなら死んだほうがマシかもしれないってところさ」
「忘れちゃったの?」

少年たちは交互に喋る。その息のピッタリ具合に兄弟みたいだと思った。

「たしかに言ったけど……なんで?」

 二人はまたクスクスと笑った。まるで双子のようにそっくりな笑顔が現れる。

「とても大事なことだからさ」
「ところでなんでお前はここにやってきたの?」

 尋ねられて少年は戸惑った。ここに来る理由なんて一つしかないのに何を言っているのだろう。

「決まってんだろ。ケンちゃん、えっと友だちとなかなおりするためだよ。お前らもそうじゃないの?」

 しかし予想に反して二人はきょとんとした顔をした。

「なんで仲直りするためにここに来るの? ジンわかる?」

 少年から見て左の子がジンというらしい。ジンは顎に手をあてて考え込む素振りを見せた。

「さあな。……あーでも何となく予想がついたかも」
「さすがジンだな」

 二人はにこやかに会話をする。その様子を眺め、少年は首をひねった。

 ではこの少年たちは何をしにここにきたのだろう。見たところケンカしている素振りはない。それどころかその真逆、少年が見てきたどの友だち、いや兄弟すらよりも仲が良いように見えた。

「なあ、お前らなんなの? 名前は? なんでここにいるの?」

 矢継ぎ早に質問をすると少年たちはちらりと視線を交わす。二人は同じタイミングでゆるりと口に弧を描いた。

「そうだな。紹介していなかったもんな。初めまして、俺はジンスケ。こっちはソウスケっていうんだ。よろしく」

 左の少年が自己紹介をする。左がジンスケで右がソウスケらしい。やはり学校で聞いたことのない名前だった。コイツらは一体何者なのか。疑わしげな視線を送る少年にジンスケがにこりと笑った。
 とてもいい笑顔だったが、なんだか作り物のようだった。

「じゃあ俺から質問。なんでこの場所で祈ることが仲直りにつながるの?」

 少年は眉をひそめる。

「お前らここのウワサ知らずにここにきたわけ? っていうかオレの質問にまだぜんぶ答えてもらってねーし」

 不満をありありと顔に出したが、二人は意に介する様子はない。

「別にいいじゃん。俺たちはお前の質問に一つ答えた。次は俺たちが質問する番だろ?」
「そうじゃないと不公平じゃないか」

 クスクス、クスクスとまた二人は笑う。本当に双子のようだと思った。顔は全然違うはずなのになぜなのだろう。そしてふと少年は気が付いた。まとう雰囲気が非常によく似ている。
 いや違う。似ているどころか寸分たがわず同じなのだ。まるで二人が同一人物であるかのような錯覚さえ覚える。少年はここまで同じ空気感を持つ二人組に出会ったことがなかった。クラスにいる双子すらここまで雰囲気が似通うことはない。

「お前らふたごなの?」

気づけば、思ったことが口からでていた。はっとして口を押さえるもすでに後の祭り。が、二人はしょうがないなという風に苦笑いしただけであった。

「ふたごじゃないよ。兄弟ですらない」
「友だちだよ、友だち」

少年は耳を疑った。友だち? コイツらが?

 彼らは友だちという枠に収めるにはあまりにいき過ぎているように思えた。言葉では説明できないが、二人の親密さ度合いにはどこか歪ささえ感じさせる。まるで小さな箱に無理やり大きな玩具を押し込むような歪さを。

「で、俺たちの質問には答えてくれないのか?」

 首をかしげられて、少年は動揺しながらも答えた。

「お、おう。えっとここには『ふたごのかみさま』ってよばれる仲のいいカミサマがまつられているらしくって。二人はとっても仲がいいから、友だちとケンカしたときここにおねがいしに来ると、カミサマがかなえてくれるんだって。みんな知っているのに、お前らは知らないんだな」

 少年はちらりと二人の顔を見、そして絶句した。二人の顔から一切の感情が抜け落ちていたからだ。ずっと笑った表情しか見ていなかっただけに能面のような顔は不気味で気味が悪い。

「なあ、お前らどうしたの? 具合でもわるくなった?」

 恐る恐る尋ねるとジンスケの方はさっと笑顔に戻った。対照的にソウスケは真顔のまま。

「アイツら、よくそんなことでたらめなこと言えたな」

 ソウスケが何かぶつくさと呟いたが、聞き返す前にジンスケに肘で小突かれ黙ってしまった。ジンスケは少年の前にずいっと顔を近づける。

「なあ、その『ふたごのかみさま』についてもっと知りたくない?」

 大きな瞳の底が刃物のように光った。内緒話でもするかのように声をひそめて尋ねてくる。しかし少年は不満気に頬を膨らませた。

「ええー別にカミサマの話なんてキョウミねえよ」

 カミサマの話を聞くくらいなら、ケンちゃんと仲直りする方法を一緒に考えると言ってくれた方がいい。どうせどこかで聞いたようなつまらない昔話だろうし。

「まあまあそんなこと言うなって。最後まで聞いたら、必ずそのケンちゃんとずっと一緒にいられる方法がわかるぞ」

 猫なで声でジンスケは言う。そっぽを向いていた少年は、その言葉にすぐさま振り向いた。

「今の言葉ホント!?」

 身を乗り出す少年にジンスケはにんまりと頷いた。

「ああもちろん」
「え、じゃあ聞きたい、聞きたい!」

瞳が猫のように細められる。 一つ咳払いをし、ジンスケはゆっくりと話し始めた。

「これは昔の話になるんだけどな――」

 むかしむかし、あるところに小さな村があったんだ。その村にはとても仲のいい子供が二人いた。その二人はいつも一緒だった。いつも二人で畑仕事を手伝い、山にはいって枝を集め、魚をとり、共に遊んだ。
 きっと自分たちの家族よりも一緒にいただろう。それほど仲がよかった。

 片方は兄弟がたくさんいて、常ににぎやかな家で育ち、もう一人は爺ちゃんと二人暮らしだった。
 その爺ちゃんは偏屈で人づきあいが下手だったから、二人は村の端っこでひっそりと暮らしていたんだ。

 ある日、その爺ちゃんがぽっくり死んだ。もう一人はひとりぼっちになってしまった片割れをたいそう心配した。その家族も優しい家族でね、自分の子と仲のいいその少年を引き取る気でいた。本来ならば、彼を引き取って物語は幸せに何事もなく終わるはずだった。
 その年が普通であれば。

「なあ、昔はここが川だったって知っているか?」

 ジンスケにいきなり問いかけられて、少年は目を見開いた。

「あーちょっとだけ聞いたことある。むかしはすごい暴れ川だったんだっけ?」

 おぼつかない記憶を手繰り寄せるとジンスケは満足そうに頷いた。

「そう。昔は手のつけられない暴れ川でね、多くの人や畑がやられたんだ」
「ふうん」

 少年は適当に相づちを打つ。昔がどうであれ河川整備で流れが変わってしまい、今ではコンクリートの下に埋もれた川だ。枯れた川になんの興味もわかなかった。

「それになんの関係があるの?」

 さっさとケンちゃんと仲直りする方法を知りたい少年は先をせっつく。

「そう急かすなよ。続きを話してやるからさ」

 苦笑してまたジンスケは話を再開した。

 その年は十数年に一度くらいのひどい暴れ方でね。食うものに困るほどみんな困っていたのさ。
 だというのにまた雨が降り始めて、川が怪しく膨れ上がってきた。次、川が暴れ出したら村人全員死んでしまう。困った村人たちは暴れ川にいる神に捧げものをしようってことになった。

「へえ、ささげものってことはあれなの? なんか豪華なたべものとか用意すんの?」

 テレビで見かけたある番組を思い出す。どっかの大きな神社に捧げられていたのは色とりどりの果物や野菜、時代劇に出てきそうな米俵だった。
 でも食うものに困るくらいなら、カミサマへのささげものを用意するにも苦労しそうだな。少年は吞気にそんなことを思った。

「だから人の話は最後まで聞けって。全くせっかちなやつだな」

 ジンスケは眉間に皺をよせる。

「わかったって。ちゃんと聞くから。ほら」

 少年の態度にジンスケはため息をつき、再び口を開いた。

 食うものに困るっていうくらいだから、そんなもの用意できるはずないだろ。じゃあ何を捧げるのか。こういうことは昔から決まっているのさ。
 人間を差し出すんだ。

「えっ人間!?」

 少年は驚いて声を上げてしまった。ジンスケはじろりと睨む。少年は慌てて口をつむいだ。ジンスケは少年が黙ったのを確認し、話を続ける。

 でも誰だって供物になりたくない。親は自分の子を差し出したがらなかったし、大人たちも自ら手を挙げる者なんていなかった。

 そのとき誰かが言った。うってつけのやつが一人いるじゃないかってね。そう、ひとりぼっちになってしまったあの少年だ。大人たちはさっそく説得しに村はずれの戸を叩いた。

 大人たちは口々に言った。お前もこの村に世話になってきただろう、一人暮らしのとき支えてやったのだからその恩を今こそ返すべきではないかとね。
 正直、自分を支えてくれたのは主に自分の友とその家族だけだったから、お前らに返す恩はないと少年は心の中で吐き捨てていたんだけどな。

 でも同時に諦めてもいた。この誘いは断れないと。ぐるっと囲む大人たちは逃がす気なんて端からなかったのさ。それを悟っていた少年は了承し、生贄になることになった。一生着るはずのなかった上等な白い衣を身にまとって、山の中の小さな小屋に連れてこられた。

ここから先は自分一人だけだ。後は川の上流に身を投げてこの儀式は終わり。夜が明けたら、独りで旅立たけなければならない。ぼんやりと風が小屋を叩く音を聞いていたんだ。そのときガラリと戸が開いた。そこに立っていたのは友であり、相棒であるもう一人の少年だった。

「えっ、じゃあそのもう一人は助けだしにきたの?」

なんだかアニメのヒーローみたいだ。期待を込めた目で少年はジンスケを見たが、ジンスケの目は冷えきっていた。

「いや、違う。今さら逃げたところであてなんてないし、すぐにばれるからな。ただあの優しい家族に余計な迷惑がかかるだけだ。続けるぞ」

 相棒は言った。お前が供物になるというのならどうか俺もつれていってくれと。少年はもちろん拒否した。自分と違って彼には親兄弟がいる。それもみなしごになってしまった自分を引き取ろうとまでしてくれたあの人たちを悲しませるわけにはいかない。だが、彼はどうしても聞かない。言い合いをしている内に朝が来てしまった。

 朝になったら行かねばならない。出し抜こうにも付き合いの長い奴だ。自分がとる行動、思考の癖まで把握しているから無理だった。何より川までの道は一直線。何か小細工をすることもできない。

 少年は諦めて相棒の手をとった。最後に本当にいいのかと問う。お前は家族も何もかも捨てて、俺をとるのかと。相棒は笑顔で頷いた。お前がいなければ俺も死んだのと同じだからと。そうして二人は手をつないで濁流に飛び込んだ。

すぐさま汚い水に飲み込まれる。身体が散り散りになってしまうような激しい流れだった。それでも二人は最後まで互いの手を離すことなく、この川に沈んだ。

「そんな悲しい話があったなんて」

 少年には衝撃だった。優しいカミサマの裏にはとても悲劇的な物語があったのだ。呆然とする少年にジンスケは言葉を続ける。

「いやまだ話は終わっていないぞ」
「えっ? まだ終わってないの?」

 少年は目をまたたいた。

「ああ。この話には重要な続きがあるんだ。その続きがお前の知りたいことに関わってくるぞ」
「そういうことは先に言ってよ!」

 少年は抗議の声を上げた。すっかり忘れていたが、早くケンちゃんと仲直りする方法を聞かなければならないのだ。

「はいはい。じゃあ続けるけどいいか?」
「もちろん!」

 そわそわと落ち着かない少年をいなし、ジンスケは言葉を紡ぐ。

 何年かは川が暴れることもなく、平和な時間がすぎた。しかしやがてぽつぽつと奇妙なことが起きるようになった。

 最初は二人の少女がある日突然姿を消してしまった。村中探し回ったが、彼女たちの衣の端切れ一つ見つからなかった。次は小さな男の子三人組が消えた。次は嫁入り前の娘とその幼馴染の青年。その後も次々と子供たちがいなくなる事件が起きた。

 失踪する子供たちの共通点は結婚前の子供であること――そしてあの二人のように非常に仲がよかったということだけだった。

 そのうち村に噂が出回るようになった。あるときはあの少年たちの祟りだと。またあるときはあの二人が二人だけでは寂しくて他の子供たちを水底に誘っているのだと。
 話の型はさまざまだったが、どれもあの二人が原因だというところは共通していた。

 村人たちはまず片割れの少年の家族を責めた。彼らはさめざめと泣いて何度も川に語りかけた。どうかこんなことしないでくれと。本当に寂しいなら、私たちが一緒に逝ってあげるから他の子供たちは誘わないでおくれと。

「それひどくない!? だってその二人がやったかわからないんでしょ」

 少年は憤慨した。その二人のおかげで川が鎮まったのにその家族を責めるなんて、村人たちは嫌な奴らだ。オレだったら村人たちだけ襲ってやるのにとさえ思った。

「もちろん、その少年はそんなこと望んでいなかったよ」

 突然別の声が割り込む。はっと顔を向けると声の主は今まで沈黙していたソウスケだった。ソウスケは不思議そうに少年を見つめる。

「そんなに驚くこと?」
「いや、しゃべるとは思わなかったから」

 気まずくて目をそらす。ずっと黙っていたから存在をすっかり忘れていた。

「でも、その少年は家族をくるしめたかったわけじゃないんでしょ?」

 希望をこめて見つめるとソウスケはこくりと頷いた。少年はほっとする。もし家族を恨んで苦しめるような人物だったら、救いようがないと思ったのだ。

「むしろ家族を愛していたよ」
「じゃあなんで子供たちをさらうまねなんてしたの?」

 ソウスケは首をかしげた。その表情がずいぶん幼く見えて少年はどきりとする。

「攫ってなんかいない。あの子たちが望みを叶えただけ。俺みたいにみんな離れたくないって言っていたから。離ればなれになるくらいだったら死ぬことすら嫌じゃないって言っていたんだもの」

 生まれたての赤ん坊のように純粋無垢な瞳が少年を映す。少年はこれ以上、この話題を続けてはいけないと直感した。このまま彼に話をさせていたらなにか恐ろしいことになると。
 少年は慌ててジンスケに話を振る。

「で、でさ、そのつづきは?」
「ああ、続き? それはな――」

 いきなり振られたジンスケは目を見開いたが、すぐに続きを話し始めた。

 家族が説得しても神隠しがなくなることはなかった。ただ、家族が陰口を叩かれると川は再び暴れだすようになった。村人の話し合いによって今度は少年の弟が選ばれた。

 しかし身を投げようとすると川の流れが奇妙に変化して、岸まで流されてしまう。何度やっても同じだった。触らぬ神に祟りなしということで村人たちは彼の家族を責めることをやめた。それでも居づらいことには変わりない。

 結局その家族は別の場所に移ってしまったらしい。だが神隠し事件は止む気配がなかった。

 そこで彼らは都からやってきた旅僧に彼らの魂を鎮めてもらうように頼んだ。彼は一日中お経を唱え、村人たちに言った。ここに祠を立てなさい。そして心を尽くして彼らの心を慰めるのです、と。村人たちはその通りにした。

「じゃあ、この祠って」
「そう。もっとも何度か変わっているから、元の場所じゃないけどな」

 ちらりと祠を見る。祠は先程と同じように静かに佇んでいる。ひらひらと木の葉が舞い降りていた。だが、少年の目にはどこか切ない光景のように映った。

「でも、それとなかなおりの方法となんの関係があるの?」

二人は笑った。昔話にでてくる化け狐のように妖しい笑い方だった。

「本当に一緒にいたいならここにケンちゃんとやらを連れてくればいいんだよ。そうしたらあの子たちみたいにずうっと一緒にいられるよ」
「あの子たち?」

頭のどこかで聞いてはいけないと警鐘が鳴る。それでも口は勝手に動いた。ソウスケが楽しそうに言う。

「さっき話したでしょ。いなくなったあの子たちだよ」

指先が急速に冷えていく。おののく唇をなんとか動かして、少年は声を絞り出した。

「え、だってカミサマはぶじにお空に上ったんでしょ? もうさらうことなんてしないでしょ?」
「面白いこと言うね。どうして祠を建てたくらいで成仏できると思っていたの?」

ジンスケがクスクスと笑う。震える指先を握りしめて少年は言った。

「だって、もとはすごく仲がいい子供たちだったんでしょ? ホントのカミサマじゃないじゃん。ただのユウレイでしょ。ユウレイはお経によっていなくなるものじゃないの?」

 夏の心霊番組を思い出す。霊能者のおばさんがなんか難しい念仏を唱えたら、怪奇現象がぱたりとやんだ。これで未練がなくなったのですともっともらしく言って締めくくる映像が浮かぶ。
 昔だから霊能者じゃなくてお坊さんだったのだろう。大真面目に考えたのに、少年の答えを聞くなり二人は吹き出した。

「なんだよ、ちがうのかよっ」

馬鹿にされたのかと少年は真っ赤になって叫ぶ。しばらく二人は笑い転げていたが、先に落ち着いたジンスケが少年を宥めた。

「悪い、悪い。そうだな、普通はそう考えるよな。でもその二人はただの幽霊じゃなかったんだ」
「どういうこと?」
「川に飛び込んだ二人は川の神に取り込まれた。でも二人の思いの力があまりにも強かったから、神の中身をじわじわ染めて、逆に乗っ取っちゃったんだよ」

 今度はソウスケが答えた。何が面白いのかひどく楽しげに笑っている。

「じゃあ、その二人はカミサマになっちゃったってこと? だからまだ成仏できてないの?」
「神だから成仏っていう概念はなくなるんじゃない? 知らないけど」
「ところで」

二人が少年を見つめる。唇がすいっと弧をえがいた。

「どうする? ケンちゃんをここに連れてくればずっと一緒にいられるよ」

そのとき、ふと記憶がよみがえる。

『ねえ、知ってる? あの祠にはね、絶対に仲直りできる方法があるんだって』

 仲直りする方法は一週間ずっと欠かさず同じ時間にお参りするだとか、仲直りしたい子の名前を書いて十円玉で重石をし、祠の裏に置くだとかいろいろあって年によって流行りの方法は変わった。

 だがある方法だけはずっと残っている。密やかに学年を超えて学校全体にはびこっていた。それは――

『その仲直りしたい子とね、あの祠の前まで行くの。そうすれば絶対に仲直りできるんだって』

夕陽さす教室で誰かがささやく。少年も耳にしたことがあった。もっとも喧嘩中の友達を連れていくのは難しいから実践したという話は聞いたことがないが。じゃあ、もしかしてあの方法は――

「どうしてそんなに怯えているの? お前が言ったんでしょ? 仲直りできないくらいなら死んだほうがマシだって」
「もしかしてそのケンちゃんって子が来てくれないのか? だったら特別に力を貸してやるよ?」

二人はニコニコと笑いながら、一歩また一歩とこちらに向かってくる。少年も一歩また一歩と後ずさった。一歩また一歩。
 こつりと背中が何かにぶつかる。はっとして振り返ると小さな祠だった。元々ここは袋小路。つまり二人の方向にしか逃げ道はない。

ガタガタと震える少年に二人はどんどん近づいてくる。辺りはいつの間にか夕暮れ時のように薄暗くなっていた。ごうごうと川の流れる音が聞こえる。さらにゆらゆらと地面も揺れていた。まるで川がうねるように。

 ついに二人は目の前まできていた。彼らの服装も変わっている。神主が着るような白い着物姿だ。

「だからねえ、一緒になろう?」

 二人が発した声は、もはや二人だけの声ではなくなっていた。少年よりも幼い声、逆に少年よりも大人びた声、男女問わずさまざまな子供の声が重なり合う。

「ほら、あそこにみんないるし」

ソウスケがすっと指差したのは祠。いや正しくは祠の下。

「俺たちもちょうどそこの下にいるんだよ。二人一緒に」

 みんないれば怖くないよと言うジンスケの顔には悪意の欠片すら見当たらない。

 違う。自分が望んだのはそんな形ではない。少年は強張った喉から声を無理やり絞り出す。

「っイヤだ! イヤだイヤだイヤだ」

 極限まで追い詰められた少年は錯乱し、目をつぶって二人の方向に走り出した。ぶつかった瞬間、水の匂いがふわりと香る。ぶつかった衝撃は来なかった。それでもそのまま走り抜ける。

ゴチン

 星が散った。目を開けるとコンクリートの壁が視界いっぱいに広がっている。目をつぶったまま走っていたので、正面の道のコンクリート塀にぶつかったらしい。
 周りはいつもと同じ真昼の明るさだった。恐る恐る後ろを振り返る。祠には誰も立っていなかった。

「なんだったんだ、あれ……」

 だがもう一度行く気にはなれず、少年は逃げるように家に帰った。


「今回の子は俺たちと一緒になってくれなかったね、ジン」
「まあいいだろ。そんなときもあるさ」

ジンスケは気にする様子もない。しかしソウスケは少し不満そうだ。

「どうして嫌がったんだろうね? こんな素敵なことはないっていうのに」「さあな」

クスクス、クスクス。笑い声が響く。二人はゆっくりと空気に溶けていった。残るはさらさらと落ちていく木の葉だけ。


 数年後、工事のために祠を動かすことになった。昔からのものだからと祠自体は別の場所に移動し、工事を始めたときだった。

「お、おい。これ何だ?」
「どうしたんだ?」

 重機を動かしていた男が真っ青になっている。

「ひい!?」

 覗き込んだ別の男は広がる光景に腰を抜かした。そこにあったのは骨。しかも人骨だった。大小様々な骨が散らばっている。
 その中心に傷ひとつない子供の骨が二つ、きれいに横たわっていた。体はか細く華奢だったが、その手は離さないとでもいうかのようにしっかり握りあっていた。

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