「欧米男性から日本女性は人気で、東南アジア女性から日本人男性が人気である」に絶望した

 最初に、私は反出生主義だ。
 色々言われるのも嫌なので先に言っておく。自分で言うのも難だが、私は想像力がありすぎる。共感もしやすい。そして勝手に絶望して勝手に自滅しているタイプだ。ここに書くことも絶望したという感想だ。絶望すんなと言われても知らんと言わざるを得ない。最初に言っておく(二度目)

 何でもないようにネットに溢れているし、何となく知っているというか、聞いたことがある人もいるだろう。
「欧米男性から日本女性は人気で、東南アジア女性から日本人男性が人気である」
 私が絶望したのはこれだ。
 要約して書くと
日本人女性「自立していて、尊重してくれる欧米男性が良い!」
欧米男性「控えめで可愛らしく自分を立ててくれる日本人女性が良い!」
アジア女性「生真面目なうえに勤勉によく稼ぐ(※アジアから見れば日本は経済的に裕福)日本人男性が良い!」
 になる。残念ながら日本人男性の嗜好がどうなのかはあまり書かれているサイトがないので省略させていただく。一応、ある調査によると日本人男性が結婚相手に望む一位は日本人女性らしい。(日本人女性の一位はイギリス人男性)

 さて、これらを見てどう思う?
 「日本人男性は女性に幼児性と母親性を求めてしまっている」昨今よく聞く言葉だ。私もこれには同意する部分が大きい。
 しかし、これを求めているのは日本人男性だけではなく、世界の男性全般に言えることだと分かるだろう。もし男性が「自己主張ができ、幼児性のない女性を求める」のなら、すべての男性の嗜好は現時点で欧米女性にならないとおかしい。
 日本人女性が好まれると言うことは、男性を立て、一歩下がって後ろを控えめに歩く女性が男性は好きだということだ。少なくとも、欧米での日本人女性のイメージはこうであり、日本で求められている女性像もこのようなものだろう。
 私が絶望したのはこれだ。結局、男性は女性を人として尊重したいとは心の底から思えない。当たり前と言えば当たり前かもしれない。監獄実験からも明らかだし、創作で女の人権を蹴散らす作品が好まれるというのが「理想」な時点でおしてはかるべし。
 結局のところ、男性にフェミニズムが好まれないのはこれが起因するのだ。男性はフェミニズムを決して欲することはない。
 欧米でフェミニズムが発展したのはひとえに人権教育が発達していたからだろうと思う。例えば、「人」を尊重したり「相手の考え」を尊重する教育だ。
 今の日本は分かる通り、韓国wと隣国を気軽に貶し、差別し、宗教を理解できないと突っぱね(もしくは極度の無関心か)、ヴィーガンという考え方そのものを否定したりする。ISISや過激派ヴィーガンもいるが、それは一部の過激な人たちの行動だということが理解できない。
 だからSNSのヴィーガンのハッシュタグに肉の写真を投稿し続ける嫌がらせを大変多くの人がやっている。無邪気に。人を傷つけることに無関心で。考え方を尊重したり、その人の気持ちを尊重できないで。
 欧米は、女性を人間として尊重する考え方がまだ受け入れられる土台があっただけだと思う。もし人権教育が進んでおらず、男性主体の社会が続いていたら、日本と同じように「フェミニズム」という考え方自体が弾圧されて終わっていただろう。
 つくづく日本の教育終わってるなどうにかしろよ、道徳(笑)やってる場合じゃない。本当に。

 話が逸れた。けれどもう一回逸れたい。
 上記に言った通り、男性は決して自己主張ができ、対等でいようとする女性が好きではない。結局のところ欧米男性は、それでも女性を人として扱おうと努力しているから(努力を強制されているとも言う)、あのように日本よりかはギャップがないのだろう。
 これから分かる通り、男性に何かを求めても仕方ない。男性はフェミニズムが横行する世界を求めない。
 日本のフェミニズム(ツイッターに限らず)は、男性に求めるのをやめ、自分たちの声や行動で社会を変えていくべきである、ということを言いたい。
 具体的に言えば、「痴漢をされていても男は助けてくれない」「AVやエロ本をなくせ!(なくしたら男が聖人君子になるわけではないのは多分言ってる本人も分かってる)」「男尊女卑は男のせいだ(ここで完結)」「男の方が恵まれてていいなあ!(ここで完結)」などなど。無駄だ。具体的にどうすれば話が進むのか一切ない。
 別にツイッターで男尊女卑の不平不満をつぶやくことを否定しているわけではない。本来ツイッターというのは別に議論を推奨するツールではないから。もっとフェミニズムは気軽なもので良いと思うし、それにツイッターのフェミニズムは一躍買っていると思う。
 ただ、日本のフェミニズムはそれにしても思考が停止しているように思えるのだ。ツイッターに限らず、アカデミックフェミニズムにおいても。
 特に私が一番嫌いなのは、上野氏のタイプだ。先の祝辞については議論を呼んだと思う。学業においてのジェンダーギャップはそこまでない。男女差別の壁を感じたことない男子大学生に「お前がここまでこれたのは環境のおかげだ」「男で生まれたことに感謝して弱者を救え」という。前者は女子生徒も含めたものだったが、あの言い方ではそのように取られてもおかしくない。
 は??としか言いようがない。私がそこにいたら余裕でキレている。
 環境のおかげで成功している、というのは本人が気付きたいタイミングで気付くことであって、他人から強要されることではない。他人がそれを言うのは、ただの努力の全否定だ。
 どんな本だったか忘れたが、昔読んだ本でこんな言葉があった。
「裕福な人がトリュフを食べて美味しいと言うのと、貧困にあえぐ人が道端に捨てられた腐った果物を食べて美味しいと言うのは、同じ美味しいなのだろうか?」
 私は同じ美味しいだと思っている。
 これは裕福な人側が有利な言い草になるかもしれない。ただ、裕福な人だって裕福に生まれたかったわけではない、そして裕福な人も裕福な人だから苦しんでいることもある。
 貧困で生きることの苦しさと裕福な人の些末な悩みを一緒にするな、というのが、上野氏の論だろう。だが、どちらもあの世に希望を抱いて自殺する。違う悩みではあっても、同じだけ苦しさを感じている。
 これを今に当てはめると「男は稼ぐことを求められていて辛い」という男性の言葉だろう。これにフェミニストはこう反論する「ゲタ履かせてもらってるんだから文句言うな」「男社会がそういう構造を作ったんだから自業自得だろ」
 まあ、私はこう思うのだ。
 好きで男に生まれたかったわけではないし、構造作ったのは今を生きる男ではなく、過去の男だ。犯罪者に男が多いから、男に責任があると言う論にもつながるだろう。
 これって滅茶苦茶話が停滞しているのだ。男を責めても解決しない。
 じゃあどうするか。男女の賃金差を埋めることで解決するのか? これも一つの解決法だろう。犯罪者に男が多いから、じゃあ女だけの国を作りたい、これも立派な案だと思うのだ。私はこういう話がしたい。案自体が建設的でなくとも、そういった現実を考える建設的な話がしたい。そういう話を見たい。
 夢は見ないと現実にならないものだ。
 男に生まれたことを感謝しろ、お前らが私たちを救え、とかもう本当にお話が終わってる。他人任せにして話が建設的に進むとは彼女も思っていないだろうが、あれでフェミニズムという考えに対して嫌な気持ちを持つのは必至だ。どちらかといえば後退している。

 その解決策としてあげるなら、まずは議論できるような土台を作るべきだ、日本は。学校でディベートの練習をしよう。意見を言って、それを否定すると人格否定になるような風潮をやめよう。笑ってああうんそうだねー私/俺もそう思うーしか言わないのが悪い。
 ツイッターのフェミニストも、絶対おかしいなって思うことはあると思うのだ。けれど周りのフェミニストがそう言っているからと同調してしまう。それは頑張ってやめてほしい。
 日本は多分「空気読めない」って言われる人以外全員イエスマン。私も勿論現実ではきれいなイエスマンだ。でも、ツイッターでまでイエスマンする必要ってある?軋轢が生まれてもブロックすればいいだけの話。フェミニズムというものをもっとよく考えてほしい。

 すべては適切な教育が行われていないのが問題だが、それでフェミニストが話を終えてしまうのはとても残念。ぜひ建設的な議論をしてほしい。特にアカデミックフェミニストの方は。
 ツイッターフェミニズムは不満の声を上げるだけでも良いと思うが、公共の場で活動する方は気を付けてほしいのが本音だ。

 それで、話を一番最初に戻したいと思う。
 日本人女性とアジア人女性の話だ。一見、どこにも絶望するような場所はない。日本人女性が夢見がちか。いや、別にそうとは思わない。実際日本のジェンダーロールの押し付けと男女差別は根深い。自分で自分の欲求を律することができる欧米男性の方が好まれるのは致し方ないことではあると思う。
 じゃあ何に絶望するかと言えば、「自立していて、尊重してくれる人が好き」に日本人男性が当てはまっていないこと自体だ。
 一人の大人として自立し、人を尊重するって結構当たり前のことだと私は思うのだ。だが、いろいろな記事やツイッターでもこの「最低限」ができていない人がいかにいるかを思い知らされる。平然と「自立していて尊重してくれる欧米男性!」ってタイトルの記事が出る時点でおかしいのだ。
 そしてそれに何の違和感もなく読んでる日本人女性、控えめに言って末期である。日本人女性どころか、日本人男性でこの言説を受け入れて、かつ開き直っている人までいるのが更に絶望。

 アジア人女性は、貧困が激しいんだという絶望がある。男尊女卑は二の次三の次。思考する学問すら許されない環境なんて、考えるだけでぞっとする。
 世界の貧困は、結局利益をむさぼってる私たちみたいな先進国のせいなのだ。それをよくよく勉強していくたびに辛くなる。全世界にある食料を配れば、現時点で十分足りる。先進国が大量に作って廃棄するから、食べられない国のひとは食べられない。

 という風に、私は絶望したわけである。「この世界が素晴らしい、この幸せな世界を体験してほしいという理由で子どもを産む人はいない」って真理だと思う。
 貧困とか人権とかフェミニズムって難しいね。

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