見出し画像

サンバルカンの召喚呪文は、「カブラルロブレクラデリッチ」。~ある程度のセレッソサポで凡倉さんを知っているならわかるはず。

まあ久々のJリーグ話だし、惹句は豊富なコメントを
残しているオシム爺の箴言からでいいか。

審判も人間だからしょうがないが、
監督はミスをすれば首になる。
審判はミスしても次の試合で笛を吹いているけどね。

イビチャ・オシム(2006.03のコメント)

因みに引き合いに出されてキレた相手はドキュンジョージ
とも称された柏原丈二主審。

ってことで、無事に召喚魔法も唱えましたので、いよいよ
の(今はイケイケにときめいているであろういわきFCの)
凡倉さんに関して、となります。

現役時代は元々日立。そこから柏レイソル・ジュビロ磐田・
ブランメル仙台と渡り歩いて引退。スカウト時代に東欧路線を
突き進んでたセレッソ大阪にヘボ外人送り続けたので、この
時期に「凡倉さん」の二つ名を拝命した、と。
(ついでに言うと「凡倉さん」がセレッソ大阪入りした理由
はジュビロ磐田ルート。名波・勝矢経由でセレッソ入りの
流れになってたと)

代表的なのが「サンバルカン」と呼ばれた三人でほぼクロアチア
国籍の選手達、だったんだっけ。なので召喚呪文の通り、
2004年のファーストステージで全く使えずにクビになった
3人が「カブラルロブレクラデリッチ」。

まずはイヴァン・ラデリッチ。

クロアチア国籍だったが、ボスニア・ヘルツェゴビナに
国籍変更して、ユース年代ではクロアチア代表だったが、
ボスニア・ヘルツェゴビナのA代表としても活躍していた選手。

凡倉力には勝てず2004シーズン一杯在籍で23試合出場も暑さに
やられて夏場はくたばっていたとも。でも、そこそこ実力が
あったのでゼロ年代末期にはドイツ2部に居た頃のエネルギー・
コットブスでちょっと活躍している時期もあった。

次にダボリン・カブラル。

194cmの長身も、鈍速&技術力不足。半年で解雇。出場は13試合。

3人目がクルノスラフ(クルーノ)・ロブレク。

リーグ戦5試合出場、ってのと9試合出場ってのがあるが、
後者はカップ戦等を含めて二なるのだろうか。本名は
クルノスラフ・ロブレクだが、セレッソ時代の登録名は
「クルーノ・ロブレク」として出場。技術はあったが、
驚異的な決定力不足で無得点だったこともありクビになって
ハイデュク・スプリトに移籍。後年は全北・青島・シドニー
FCなどでもプレイした。

セカンドステージに2人替えで2人追加されるも凡倉力が
強すぎて勝てず全員スカ。

マリオ・ガルバ

中途加入で6試合出場。運動量だけはすごく、ピッチ中を
ポジションお構いなしに走り回った、とある。

ミキ(ミオドラグ・アンジェルコビッチ)

日本では「ミキ」の登録名で活動していた。元はセルビア
国籍だったが、独立したコソボ地区出身だったので、後年では
コソボの選手扱いをされていることが多い。

中途加入で4試合1得点。まあ典型的な転々とチームを移る
選手で、スペイン2部(プリメーラ)からドイツ・イタリア
などを経由し仁川から加入。以降も大連など複数のチームを
流転した。

 そして「凡倉さん」はベルマーレ湘南に移り強化部長。
最初はクロアチア人2人(バリシッチとゴーラン)に
ガーナ系イングランド人(後にイングランド下部で監督するも
解任されてWBA(稲本なども在籍していたウェスト・
ブロムウィッチ・アルビオンFCのスカウトになったりも
していたキム・グラント))って謎の体制だったが、2006年
からブラジリアン路線となり、そこからアジエル(アジエル・
デ・オリベイラ・アモリム)とかを引いていくのだっけ。

湘南の再生は結局河野洋平と河野が呼んだ植木屋(というか
結構遊んでたグラウンドの整備会社の社長だった真壁潔社長)
と強化部長の凡倉さんを軸に「ソリマチビジョン」こと
反町監督からチョウ・キジェ監督の路線を突っ走ると。
(まあそんなに言われることはありませんが、反町監督は
元々「キャプテン翼」に名前が使われてた有力な選手の中で
一番名前の知られた生き残り。なので東邦にいた反町選手
の名前のモデル。喋りはねちっこいし、いろいろと策略家では
ありますけどね)


その後浮き沈みしながらも、やはり「犬伏の別れ」のような事態
となり、5月8日は「ベルマーレビール殲滅&長谷川アーリア
ジャスールの「恋するカリビアン」チャント祭り」を開催した
2016年には昇格エレベーターをまともに動かし初めての「在宅
優勝」でJ2からJ1に昇格出来たさまをこう当時は捉えていた。
(因みにこの時の記録は「うわばみ」という言葉を知らなかった
広報のいるサンクトガーレン製のベルマーレビールが560Lも消費
されたそうで)

FC東京の不振と広島の退潮に関しては「落とすべきではなかった」
湘南ベルマーレを降格させたことに起因があるかと思う。

(中略)

初めての「在宅優勝」でJ2を昇格出来たのは、ちゃんと2015年末に
「犬伏の別れ」をキチンと済ませたから、といふのが正鵠を得ている
のではないかと。
(名古屋を道連れにしたキジェは天皇杯で大宮に敗れるがベスト8進出、
2016年11月21日に監督続投を公表。凡倉さんこと大倉智は2015年
12月27日付けでいわきFCへ。河野太郎は2015年10月7日でNPO法人
湘南ベルマーレスポーツクラブ理事長を退任し、2017年には外務大臣に
なっている。2017年10月にはACLでサウジ入りした浦和レッズを外部
支援し(ここでのラファエル・シウバのゴールが利いて浦和レッズは
ACL制覇)、「ベルマーレの予行練習です」と豪語したとか)

なお、三人の中で残された真壁潔社長はチョウ・キジェ監督の
パワハラに伴う不祥事の責任を取って辞任している。


で、いわきFCはJFLも突破してJ3の上位に付けている、
までが「凡倉さん」のヒストリーってことですかね。

まあ血生臭い群雄割拠があった福島県のサッカーチームの中で別次元
から生き残ったいわきFCがどう推移するかは見物ですけど、まあ
アンダーアーマーを含めていけすかないチラチラが見えているのは
いかにもその上に「凡倉さん」がいたりするから、ってのも一理と
してはあるんですが(まあ基本的には湘南のアンダーチーム路線を
ある程度引き継いでいる、とも言える訳で)。

この記事が参加している募集

おすすめしたいスポーツドキュメンタリー

サッカーを語ろう