悟りと向上心

前回、悟りを開くための素質について書いたが、思いついたことがあるので書く。それは向上心について。基本的には向上心のない人のほうが悟りは開けやすいと思う。

僕自身は昔から向上心がなく、幼少期は親を困らせたものだった。親はよく褒めてくれたから愛情不足などが原因ではないと考えている。要するに生まれつき向上心が薄いのだ。高校も大学、専門学校も入れるレベルのところに入っては勉強に興味が持てないから辞め、そして働くことにもやりがいを感じないから定職に就かずに生きてきた。でもこれは家がある程度裕福だったからこそできたのであって、その点では運がよかったといえる。

悟りとは端的にいえば、過去でも未来でもなく今を感じるということ。向上心の旺盛な人というのは常に未来のことを考えて行動する。あるいは過去の悔しさをバネに努力を重ねている。いずれにしても過去や未来に対しての執着がある。これらは悟りとは相反するものだが、悟りを開きたいというのもある種の欲求なので、それを追求するのは自然なことといえよう。ただ同時に危険性も孕んでいることも忘れてはならない。向上心の強い人というのは努力を惜しまない。だから悟ろうと努力をすることで深い精神世界に没入してしまい、世間と関係を絶つといった極端な行動をとりがちだ。例えばオウム真理教の幹部などは高学歴といった向上心の強い人で固められ、最終的にはテロ事件を起こしてしまった。

前回も書いたが、そもそも僕は悟ろうと思って悟りの境地に至ったわけでは全くない。一通りの人生経験はしてきたつもりだが、いつも少し成功しただけで概ね満足してしまう。だから自ずとそうなったというだけに過ぎない。欲望は無理をすれば得られるものだが、悟りはそうはいかない。やはり生まれ持った素質も重要と考える。

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