川崎

日々のこと。1994年生まれのオスです。

川崎

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最近の記事

車窓からの景色

この写真は2年前の夏、大阪に行った帰りの新幹線で撮ったもの。静岡の浜名湖近くで虹が架かっていた。このような景色も新幹線だからこそ見えるもの。 今建設中のリニア新幹線は9割近くがトンネルだという。景色を楽しめない乗り物に旅行客が乗るだろうか?さらにリニア新幹線は建設にあたってJR東海は国から税金の免除を受けているから公金チューチュートレインも同然。リニアも万博も昭和の未来予想図でしかなく、今の日本に必要なものではない。

    • 自由恋愛の代償

      石原慎太郎が著書か何かに「自分は性的にはまだ現役で~」といったことを書いていたのを思い出した。「太陽の季節」などの著書が示すように、彼が日本における自由恋愛の火付け役になったともいえる。しかし老人になってもなお性欲が無くならないというのはある意味拷問ではないだろうか?きっと石原ほどの地位や名誉があると性欲といった煩悩の大きさも並大抵のものではないのだろうが、仕事以外で一体どこの誰が老人の相手をしてくれるというのか。石原は自分を美男子だったと振り返っていたくらいだし、カリスマ性

      • 社内ストーカーの女

        今困っていることがある。それは同じ職場のストーカー女について。僕は固定シフトでいつも同じ時間に退勤するのだが、その女性は決まって僕の退勤時間直前にデスクを離れ、オフィスを出るタイミングを見計らってすれ違ってくるのだ。そんなことがほぼ毎日のように続いていて嫌になる。いつも挨拶されるから社交辞令として返しているが、本当のところは無視したい。ちなみに彼女は小さい男みたいな外見をしている。あのチー牛のイラストをもっときつくしたような感じ。だからそもそも異性としてみれない。元々苦手だな

        • 悟りと少欲知足

          悟りは禁欲や修行によるものではなく、むしろあらゆる欲望を経た結果として至るのではないかという話。釈迦も富裕層の家に生まれて所帯を持ち、おそらく欲望的には満たされていた生活を送っていたはず。しかし物事には必ず飽きが来るわけで、自ずと俗世間から離れていった結果として悟れたのではないだろうか。逆に貧乏な童貞といった欲望を叶えることすらままならないような人は満たされて飽きたという経験に乏しいため、悟りをも貪欲に追い求めてしまうと考える。要するにあらゆる欲望を満たした経験がないと悟れな

        車窓からの景色

          悟りと向上心

          前回、悟りを開くための素質について書いたが、思いついたことがあるので書く。それは向上心について。基本的には向上心のない人のほうが悟りは開けやすいと思う。 僕自身は昔から向上心がなく、幼少期は親を困らせたものだった。親はよく褒めてくれたから愛情不足などが原因ではないと考えている。要するに生まれつき向上心が薄いのだ。高校も大学、専門学校も入れるレベルのところに入っては勉強に興味が持てないから辞め、そして働くことにもやりがいを感じないから定職に就かずに生きてきた。でもこれは家があ

          悟りと向上心

          悟りの気づき

          初めにことわっておくと、僕は仏教の教えの実践によって悟りを開いたわけではない。故に「悟りの境地」と表現するのが適切と思われるが、ここでは便宜上「悟り」とする。また何か超能力が開花したという話でも全くない。 悟りを実感したのは今から1〜2週間前だったと記憶している。急に覚醒があったわけではないのだが、徐々にというよりはもう少し早い感じがした。ただし、それ以前から不眠気味や食欲低下などの変化なり予兆はあった。はっきり気がついたのは人間関係に興味が失せたという点。漠然と出会いを求

          悟りの気づき

          悟りと欲は相反する

          今更noteに投稿する気はないと思ったのだが、自分にとって大きな気づきがあったので書くことにする。それは「悟り」について。僕は出家したわけでも、本を読んでマインドフルネスなどを実践したわけでもない。しかしここ数週間で人生観は明らかに変わった。これは僕が悟りを開いたからだと思えてならない。ちなみに悟りを実践から会得しようとしている人もいるようだが、それはあまりにも無意味といえよう。そもそも「悟りたい」という欲を持ってることからして悟りとは相反する。これは眠れない人が寝たいと思い

          悟りと欲は相反する

          結婚願望の違い

          齢29になるとアプリにいる同年代の女性でも結婚願望が強めの人が目立つ。男女ともに結婚適齢期だから当たり前ではある。おそらく女性は子供を産みたいという理由もあるのだろう。でも僕は今のところ結婚願望はそんなになく、付き合ってから考えることだと思っている。現に今までアプリで付き合ったり上手く行った人は、僕と同じく結婚願望がないように見えた。まあ本音はどうか分からないが、少なくとも結婚を急いでいる感じではなかった。だからそういう人が理想なのだが、この年齢になると中々見つからない。

          結婚願望の違い

          海外の Uber Taxi は便利なのに…

          先月のオーストラリア旅行の際、帰りのホテルから空港までUber Taxiを利用した。予約時間を設定すると、1分もしないうちにマッチング。しかも支払いもクレカで完結するから手間もない。とても便利だ。オーストラリアでは自家用車がタクシーとして来たが、日本では自家用車では白タクの扱いになりできないらしい。たしかに日本ではUber Taxiと書かれたタクシーが走っており、日本でUberを配車するとそういう車しか来ないのだろう。しかし訪日観光客がなかなかタクシーが捕まらなくて困っている

          海外の Uber Taxi は便利なのに…

          民草という国民性

          先日、自民党の議員団がフランス視察に行ったというだけで世論が半ば炎上した。僕は自民党支持者ではないが、この叩かれ方は少し異常だと思う。同時に民草という国民性を象徴する出来事だとも思った。民草とは日本のパスポートにも描かれている菊の紋章を見るとわかりやすい。中心が天皇だとすると、花びらは我々国民を意味する。花びらは各々が均等に揃っていなければならず、つまり長すぎても短すぎてもダメなのだ。日本人の同調性が高いのはこの民草にある。そのおかげで治安や秩序が保たれるという利点はあるが、

          民草という国民性

          昔から友達が少ない

          前回の海外旅行の話に引き続き、旅行にまつわること。僕は今まで友達と旅行に行ったことがないということをアプリで知り合った女性に話したら、ずいぶん驚かれた。自分では意識していなかったが、そんなにびっくりされるようなことなのだろうか。彼氏彼女以上ならともかく、僕からすれば同性の友達同士で旅行なんて同性愛者を想起してしまう。思い出してみれば学校の修学旅行とかも苦痛であまり眠れないほどだった。昔から友達と一定以上に密な関係になることが苦痛だったのだと思う。幸いにも今周りにいる友達はあっ

          昔から友達が少ない

          無趣味の行き着く先が海外旅行だと思う

          海外旅行が趣味という婚活女性は多く、度々話題になるが、これは裏を返せば他にこれといった趣味がない証だと思う。日本は島国だから海外へ出るにもそれなりに時間も金もかかるので、他に趣味があるような人はそもそも海外に目が向かない。元々日本人は内向き志向が強いし、経済成長もなく円安が続いているので尚更だが。だから海外旅行好きが散財するみたいな風潮はちょっと違うのではと思う。経験がないからこそ特別視しすぎてしまうのかもしれないが、海外旅行なんて普通の日本人からすれば年に2~3回程度が限度

          無趣味の行き着く先が海外旅行だと思う

          海外一人旅は寂しいけれど…

          この写真は先日行ったオーストラリアのケアンズで撮ったもの。朝日は綺麗だったが、こういう今を共有できる相手がいない時、ふと寂しさを感じる。もし隣にあの子がいたら、どんなに楽しかっただろうかと考えてしまう。あの子というのは僕が2年前に知り合った台湾人女性のこと。僕から猛アタックしたが振られ続け、彼女が帰国後もしばらく連絡を取り合っていたが音信不通になってしまった。その彼女の面影を追って、昨年末に初の海外一人旅で台湾に行ったのだが、楽しかったあの頃のことを思い出し、ホテルで一人泣い

          海外一人旅は寂しいけれど…

          そもそも日本人は内向き

          最近の日本人は内向きだという論調をよく見るが、これは僕としては日本人の昔からの気質だと思っている。単に世界情勢の流れに乗って好景気を享受し、経済大国になれたからバブル時代は海外のものを買い漁ることができだだけであって、日本人は元々調和を重んじ、そして外に出るのが苦手な気質だ。要するに海外旅行だとか海外生活に向いていないのだ。 外に出るのが苦手なのは完璧主義が要因といえる。「英語はネイティブ並みに話せないと行けないんだ」という高すぎる理想が足枷となってしまっている。なにも完璧

          そもそも日本人は内向き

          ケアンズのアボリジニ

          先週オーストラリアのケアンズに行ってきた。空港から市内へ歩いていると空に虹がかかっていた。虹はオーストラリアの先住民のアボリジニが神聖視してきたという。 ケアンズ行きが決まったので安いホテルを予約したのだが、低評価ばかりだったのでキャンセルした。そのホテルのレビューの一つには「アボリジニのホームレスがホテルに入ってくる」といったものもあった。僕はアボリジニの存在こそ知っていたが、彼らはエアーズロックがあるような内陸にいるものだと思い込んでいたので、都市部にもいるというのは意

          ケアンズのアボリジニ

          蛙化現象? eh?

          好みの異性に幻滅することを蛙化現象というそうだが、これに陥る人というのは視野の狭い地方出身者か、実家が借家みたいな貧乏人ばかりなのだろうと推測できる。貧乏人というのは視野が狭いので、少しのことで幻滅しがちだ。僕みたいに割合恵まれた環境で育つと違いというのにも価値を見出せる。幼少期に海外旅行や英会話など異文化交流に慣れてきたからだ。違いを受け入れられないというのは地方出身者や貧乏人にありがちなことなのだが、つまりはとても恥ずべきことなのだ。それに気づかず、「蛙化現象持ちで~」と

          蛙化現象? eh?