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NY駐在員報告  「米国のインターネットビジネス(その1)」 1996年10月

 今月と来月はインターネット・サービス・プロバイダーの動向を中心に、米国のインターネットビジネスの現状を報告しよう。

ユーザは1億人以上?

 「インターネットその後」という題のレポートをお届けしたのが1年ほど前になるので、まずその後の状況を簡単に見てみよう。Net Wizards社のMark Lottorが発表している最新の統計によれば、96年7月現在でインターネットに接続されているホストコンピュータ数は、1288.1万台である。1年前の95年7月には664.2万台であったので、この1年間の伸び率は93.9%ということになる(ちなみに、日本のホスト数は、95年7月の16.0万台から96年7月には49.6万台と3倍以上に急増している)。

 以前にも書いたが、この数字はユーザ数を示すものではない。この統計のホストコンピュータには、PPP (Point to Point Protocol) などで接続しているユーザのパソコンは含まれていないし、セキュリティのために外部からのアクセスを制限している企業内LANに接続されているコンピュータの多くも含んでいない。ネットワークの集合体であるインターネットの正確なユーザ数は誰も知り得ないため、通常、ユーザ数はこのホスト数を数倍(かつては10倍)したものだと推定されている。したがって、7月から数カ月たった現在のユーザ数は、おそらく1億人を超えているに違いない。

 トップレベルのドメイン名(日本だと"jp"、米国では"com", "org", "gov", "net", "us"など)から推計される米国のシェアは、6割強である。つまり、インターネットに接続されているホストコンピュータの10台のうち6台は米国にあるという計算になる。この数字からインターネットは、米国中心のネットワークであると思われるかもしれないが、5年前の91年7月の統計では、10台のうち8台が米国にあったことを考えると、インターネットにおける米国のウェイトはかなり下がってきている。

 このNet Wizards社が公表しているレポートの中には、ホスト名の統計が含まれている。分かりやすく言えば、どんな名前のサーバーが多いかという統計である。誰もが想像するように、現在最もポピュラーなホスト名は"www"である。つまり、www.nantara.comとかwww.kantara.co.jpという名前のサーバーが最も多い。94年7月にはわずか594にすぎなかったが、その後、半年毎の数字をみると、3,016(95年1月)、16,772(95年7月)、75,743(96年1月)、212,155(96年7月)ととんでもない勢いで増加している。wwwで始まらないWebサーバーもあるので、現段階で、おそらく25万〜30万程度のWebサーバーがインターネット上にあることになる(96年10月現在で、サーチエンジンのAlta Vistaは、275,600のサーバーの3000万ページの情報を検索できるとうたっているし、世界でもっとも完成されたWebインデックスを自称しているHotBotは、Alta Vistaより多い5400万ページの情報を検索できると称している)。

 これらのWebサーバーは実に様々な用途に用いられている。モノやサービスの販売、電子出版、企業や政府機関などの広報、求人求職、エレクトロニック・バンキング、観光案内、インターネットラジオのような放送、そうそう、最近は大統領選挙キャンペーンも行われている。

インターネットで電話

 最近、話題にも問題にもなっているのがインターネットを利用した電話である。
 インターネットは、デジタル化された情報であれば、その中身を問わず転送できる。したがって、音声もデジタル化すればインターネットで送受信することは可能である。すでにラジオ番組をインターネット経由で放送するインターネットラジオ局が数多く開局しているし、シェークスピアのマクベスの朗読をインターネットで聴くこともできる。当然、会話もインターネットで運ぶことができる。これがインターネット電話(Internet Telephony)である。
 もちろん、普通の電話とまったく同じというわけにはいかない。インターネットは、公共の道路のようなもので、流れる情報量が多くなれば渋滞が発生し、情報の到達に遅延が発生するし、音質もよくない場合がある。しかし、こうした点を問題にしなければ、インターネットを利用した電話のコストは極めて安いという長所がある。実際、インターネット電話の利用者は、新聞雑誌のインタビューで「遅延はほとんど気にならないし、音質もよく、コストがほとんどかからないのが魅力だ」と答えている。インターネットの利用料金は、距離に関係なく決まっている。電子メールを国内に送ろうが、地球の裏側に送ろうが、コストが変わらないのと同じように、インターネットに接続されたパソコンにマイクとスピーカーを付け、インターネット用ソフトを動かせば、二人の間に国境があろうが、太平洋があろうが、ただ同然で会話を楽しむことができるのである。

 現在この種のソフトウェアは、VocalTec社のInternet Phone、Quarterdeck社のWebTalk、Electric Magic社のNetphoneなど30種類近くが出回っている(後述のIDC社の調査によれば、95年末のユーザの94%がInternet Phoneを利用している)。AT&T社から分離独立したルーセント・テクノロジー社も96年9月に、音質がよく、操作も簡単で、従来の電話と同じように双方向で話ができるインターネット電話ソフトを発表している。

 残念なことに、近くでインターネット電話を利用している人を知らないのだが、どうも米国ではこの種のソフトが、急速に普及しつつあるアプリケーションの一つになっているらしい。調査会社のIDC社は96年6月、インターネット電話の利用者数は95年末で50万人、市場規模は350万ドルであるが、99年には1600万人、5億6000万ドルの市場に成長するという予測を明らかにしている。

 確かにこうした技術を使えば、便利になることはいくらでもある。たとえば、Web上でショッピングをしている時に、販売担当者に質問ができるかもしれない。インターネット上で共同作業する際にも、ドキュメントを共有し、電子メールをやり取りするだけでなく、必要に応じてリアルタイムで意見交換ができる。ビデオ情報もあわせて流せば、テレビ会議も可能になる(実際にテレビ会議を可能にするソフトも作られている)。また、会話しながらインターネット上で対戦型のゲームを楽しむこともできるだろう。そう、「王手!」「熊さん、今の手はちょっと待った」「ダメですよ、ご隠居、もう10回目なんだから、こまったなあ、もう」という具合に。

進化するインターネット電話

 さて、IDC社ではインターネット電話市場が飛躍的に大きくなる条件として、容易に接続できること、標準が設定されること、既存の電話と同等以上の機能を持ちかつ差別化するためのオプションを持つことをあげている。

 ところが、最初に登場したインターネット電話ソフトは、双方のユーザが、パソコンに接続されたマイクとスピーカーを用いて行うタイプで、多くの場合、同じソフトウェアを利用しなければならないし、接続方法も電話ほど簡単ではなかった。と言っても、最近のパソコンには、マイクもスピーカーも付いているのが普通になっているし、ソフトのユーザインターフェースも改善され、幸いにして標準化も進みつつある。たとえば、インテル社は96年9月、InternetPhoneの最新ベータ版の無償配布を開始したが、これは、H.323規格に準拠しており、同規格に対応している他社の同種のソフトの利用者との通話も可能になっている。しかし、それでも電話をする方も受ける方も、インターネットユーザに限定される。

 次に登場したのが、IDT社のNet2Phoneのようなパソコンから一般の電話にインターネット電話ができるソフト&サービスである。これは、目的地の近くまでインターネットでデジタル化した音声を運び、公衆電話網に接続されたサーバーで音声データに復元して相手の電話に届ける方式である。これで相手がインターネットに接続したパソコンを持ち、自分の持つソフトと互換性のあるインターネット電話ソフトを持っている必要はなくなった。おまけに、画面に表示されるのは普通のプッシュホンで、操作も分かりやすくなった。

 容易に想像できるように、次のステップは、一般の電話から一般の電話に、インターネットを経由して長距離電話ができるインターネット電話である(もうこうなると「インターネット電話」と呼ばないのかもしれない)。最寄りのサーバーに電話をかけ、ID番号と相手の電話番号をダイアルすれば、自動的に通話先に最も近いサーバーが相手に電話をかける仕組みである。こちらのサーバーとむこうのサーバーの間はインターネットを経由するので、コストはかなり安くできる。素人でも考えつくくらいだから、すでにいくつかの企業がこうしたサービスを開始している。例えば、LATIC (Labs of Advanced Technologies International) 社の「LatCall」は、96年8月に発表されている。このLatCallのサービス提供地域は、当面全米の主要10都市に限定されているが、97年初めまでには全米50都市までに拡大、97年央には米国外の10都市でもサービスを開始する計画だという。96年9月には、ニューヨークでもAlphanet社が、Alphanet Mondialという同種のサービスの発表を行っている。

 これなら、パソコンを持たない人でもインターネット経由の長距離電話がかけられる。もちろんコンピュータから直接電話するよりコストはかかる。発信側と受信側両方のローカル電話料と、サーバー、インターネットの利用料を負担しなければならない。しかし、それでも普通に長距離電話や国際電話をかけるよりは安くなるのである。

 電話ができるのなら、ファックスも当然可能である。Alphanet Mondialもファックス送信サービスを行っている。マサチューセッツ州ケンブリッジにあるNetCentric社は96年7月、インターネットを利用したファックス送信サービス「FaxStorm」を開始した。ファックスされるデータはまず、発信者の最寄りのPOPwareサーバーに送られる。ここで圧縮、暗号化された後、インターネットを経由して、受信者の最寄りのPOPwareサーバーに送られる。このサーバーが最終目的地のファクシミリ装置に電話をかけ、情報を送信するという仕組みである。1対1はもちろん、同報サービスも行っている。

 こうしたサービスを行っているある企業の調査によれば、フォーチュン500企業の平均的な電話使用料は1500〜2000万ドルであり、このうち36%程度がファックス利用だそうである。

規制を希望する人たち

 当然のことながら、回線再販業者を含む長距離通信事業者(特に中小事業者)は、インターネット電話が開発されて以来、極めて神経質になっている。ACTA (America's Carriers Telecommunications Association) は、96年3月にFCCに手紙を出し、インターネット電話用ソフトの販売規制などを行うように要請した。これに対し、96年6月に、ネットスケープ社、VocalTech社、Quarterdeck社、マイクロソフト社、CIX (Commercial Internet Exchange Association) 、SPA (Software Publishers Association) などは、連名でACTAの要請に反対する声明を発表した。この声明は、

  1. インターネットの自由な発展は価値のあることで、これは公共の利益に一致する

  2. ソフトウェアメーカーとベンダーは通信事業者ではない

  3. FCCがインターネットを規制することは、インターネットは政府の規制からできるだけ自由にしておこうという1996年通信法の条項に反する

  4. インターネット上では音声はデジタル化されており、他の情報と区別できないので、ネット上での規制は現実的でない

等の理由を列挙し、インターネット電話の規制をしないように求めている。

 この問題についてFCCは公式のコメントを発表していないが、FCCの議長Reed E. Hundtは「現時点での正しい答えは、ソフトウェア業者を規制すべきではないし、インターネット電話を一般の通信事業者と同じルールの対象とすべきではない、であると確信している。その一方で、そうした新しい技術がより好ましいなら、市場で花が咲くように古い規制を変えていかなければいけない」とある演説の中で述べ、インターネット電話を規制するつもりがないことを明らかにしている。

 「通常の電話機なら10ドル程度で買えるのに、インターネット電話が可能なパソコンとソフトを揃えればその300倍も必要になる。インターネット電話は一時的な流行にすぎない」という専門家もいる。しかし、既にパソコンを保有し、インターネットを利用している個人や、多額の電話料金を支払っている企業はそう考えないだろう。もちろん、今すぐに従来の長距離電話や国際電話の利用が急減するとは思えない。が、ACTAの心配は決して杞憂では終わらないだろう。

電話会社がインターネット

 インターネット電話による市場の浸食を恐れる電話会社がある一方で、ISP (Internet Service Provider) 事業を積極的にすすめている電話会社もある。
 大手長距離電話会社のAT&T社、MCIコミュニケーションズ社、スプリント社は、すべてISP事業を行っている。この中で最も早く個人向けのISP事業に乗り出したのは、AT&T社である(企業向けのサービスは95年9月に開始しており、これは3社の中で最も遅い)。AT&T社は96年2月27日にこの事業を開始し、9週間で15万人のユーザを獲得した。この時点で個人のインターネットユーザが一番多いISPは、Netcom社でおよそ40万人だったので、15万人は相当の数だと言える。しかし、一般的には、予想したよりインパクトは小さかったと評価されている。AT&T社の発表によると、問い合わせは60万件あり(このうち1件は私で、Mac用のソフトがないと言われてすぐに電話を切った)、そのうち30万人に接続ソフトを送付している。問い合わせをした人の4人に1人がユーザになった計算になる。ちなみに、個人向けのISPとしては、現在でもNetcom社が1番で、およそ個人のインターネットユーザ市場でのシェアは8%程度、AT&T社は2位で約7%のシェアだと言われている。

 AT&T社は単にISP事業だけをやっているのではない。96年6月には、AT&Tビジネス・ネットワークという名前のWebサイトを立ち上げている。これは、厳選された優良な1000のサイトにリンクを張ったブックマークと特集記事を掲載したサイトで、ブックマークは、ニュースと出版物、企業、産業、セールスとマーケッティング、マネジメント、政府関係、地域情報、パーソナル・ビジネス、イベントと議論の分野に分けられている。また、特集記事は、既に提供している「Lead Story」のように付加価値をつけたニュースサービスで、洗練された情報だけを提供していくという戦略を取っている。インターネット上の情報は玉石混淆である。サーチエンジンで検索すると山のように関連情報が見つかるが、その中で役に立つ情報はほんの一握りしかない。多くのインターネットユーザは、そう思っているのではないだろうか。そうだとすれば、このAT&T社の厳選された優良な情報だけを提供しようという戦略は成功するかもしれない。

 また、AT&T社は96年10月、Web上で商取引を促進する新サービス「AT&T Secure Buyer Program」などを発表し、エレクトロニック・コマースに向けても万全の構えをみせている。

 MCI社は、86年にNSF (National Science Foundation) が構築したNSFNETを、87年11月からIBM社及びMerit Network社と共同で運営していたこともあり、古くからインターネットに関与してきた企業の一つである(TCP/IPの開発者の一人で Internet Societyの会長であった「インターネットの父」Vinton G Cerfは、現在、MCI社の副社長である)。同社は全米をカバーするバックボーンネットワークをもち、企業向け、地域のISP向けのインターネット・アクセス・サービスを提供してきたのだが、AT&T社の戦略に刺激されたのか、96年3月18日、AT&T社に3週間遅れて個人向けサービスを開始すると発表した。

 そして最後がスプリント社で、発表は96年8月22日であった。「Internet Passport」と名付けられたこのサービスの料金は、利用時間に制限のない定額制か利用時間に応じた従量制を選択できる。定額制の方は、長距離通信にスプリント社を利用しているユーザに対しては月19.95ドルであり(非顧客に対しては24.95ドル)、これは先行したAT&T社やMCI社と同じである。従量制の方は1時間当たり1.5ドルで、これはAT&T社とMCI社に比較して安くなっている。実はスプリント社もMCI社と同様に、中小規模のISPや企業向けのISP事業を行っており、米国内のISPの1000社以上がスプリント社の提供するSprintLinkを利用している。スプリント社のバックボーンは、インターネットの国内トラフィックの40%、国際トラフィックの60%を運んでいると言われている。アクセスポイントは全米の212都市に整備されている。

 問題はどのくらいユーザを獲得できるかである。MCI社が進出を決めたとき、調査会社ヤンキーグループ社のGreg Westerは1万人から1.5万人で頭打ちだろうと述べている。しかし、個人ユーザの数は数百万に達しており、引き続き市場は拡大していることを考えると、この予測はあまりに低すぎる。スプリント社の目標は、個人ユーザの20%である。おそらくMCI社も同じような目標を立てているだろうから、Westerの予測とは2桁違っている。

 別のアナリストは、MCI社やスプリント社の個人向けISP事業への進出に驚いている。理由は、MCI社もスプリント社も、大企業だけでなく、地域の中小のISPに対してもインターネット・アクセス・サービスを販売しているので、直接消費者にインターネット・アクセス・サービスを提供すれば、顧客である中小のISPと競争することになるからである。しかし、それでも将来を考えれば、個人向けのインターネット・アクセス・サービスを開始すべきだと判断したに違いない。

 地域電話会社も例外ではない。パシフィック・テレシス社は96年5月、RBOCsとしては初めて、定額制の個人向けISP事業を開始すると発表した。20時間までの使用料が14.95ドル、20時間を超える1時間につき50セント、上限料金が19.95ドルとなっている。このために設立されたパシフィック・ベル・インターネット・サービス社は9月下旬に、5月末にインターネットサービスを開始して以来3カ月で、加入者が5万1000人に達したと発表している。

 ベル・アトランティック社も子会社ベル・アトランティック・インターネット・ソリューションズ社を通じて、5月にワシントンDCでサービスを開始して以来、ボルティモア、フィラデルフィア、ニュージャージなどでインターネットサービスを開始している。料金は、時間制限のない定額制の場合で月17.95ドル(年間割引で198ドル/年)、従量制の場合は、5時間までの料金が4.95ドルで、5時間以上は超えた時間あたり1.95ドルとなっている。

 ベル・サウス社も96年5月にインターネット事業のためにBellSouth.net社を設立し、現在、アトランタ、ニューオリンズ、マイアミ、オーランド、メンフィスなど11都市でサービスを開始している。料金は時間制限のない定額制を選ぶと月19.95ドル、従量制は月10時間までの利用で9.95ドルで、10時間を超えた場合は超過した1時間あたり1ドルとなっている。

ケーブルもインターネット

 インターネットユーザが急増し、画像や音声などのデータ転送が増えていることを背景に、CATV用の同軸ケーブルを利用したインターネット・アクセス・サービスが注目を集めている。
 米国のCATV業界は、契約者数が1000万を超える大手が2社あって、それに契約数300〜400万の準大手が数社あるという構図になっている(96年6月末現在の契約者数でみると、CATV業界の最大手はTCI社で契約数は約1450万、第2位はタイム・ワーナー社で1180万、第3位がコンチネンタル・ケーブルビジョン社で420万、以下コムキャスト社(420万)、コックス・コミュニケーションズ社(320万)、ケーブルビジョン・システム社(270万)の順となっている)。

 このうち最大手のCATV企業2社が最近、一斉にケーブルモデムを利用したISP事業を開始したのである。タイムワーナー社は96年9月、オハイオ州アクロンでCATV用のケーブルを利用したインターネット接続サービスを開始すると発表した。「Road Runner On-line Service」という名称で、当初の対象は400世帯、料金は利用時間無制限で月39.95ドル(この他に初期設定費用として75〜300ドルが必要)である。CATV最大手のTCI社も同じ月に、関連企業@Home社を通じて、カリフォルニア州フレモントなどで同種のサービスを開始すると発表した。対象は同社のCATVユーザ17,000世帯、料金は利用時間無制限で月34.95ドル(初期設定費用は150ドル)である。また、コムキャスト社もメリーランド州ボルチモアでのサービス開始を年内に予定している。類似のサービスと比較すると、この料金はかなり安い。たとえば、ベル・アトランティック社が提供しているISDNを利用した時間制限なしのインターネット・アクセス・サービスは、月230ドル(初期費用に300ドル)である。

 CATV用のケーブルをインターネットへのアクセスに利用しようというアイデアはそう新しいものではなく、94年春には、PSI社とコンチネンタルケーブルビジョン社がマサチューセッツ郊外で試験的にサービスを開始している。

 CATV用の同軸ケーブルはLANに用いられる同軸ケーブルと基本的に同じもので、通信距離にもよるが、理論的には100Mbpsから1Gbps程度の高速通信が可能である。CATV用のケーブルをインターネット用に利用する場合、通常のテレビ放送を妨害しないように、既存のテレビ信号の隙間を利用してデータを送受信する。できる限り効率的にデータを送受信するために、一般的に、ADSL (Asymmetric Digital Subscriber Line) と呼ばれる技術が用いられる。これは、普通、家庭(インターネットユーザ)が発信する情報量に比べて、受信する情報量が圧倒的に多いことから、下り(受信用)に6〜8Mbpsを割り当て、上り(発信用)に576〜768Kbpsを割り当てる方式である。ケーブルとパソコンをつなぐには、ケーブルモデムと呼ばれる装置が必要になる。実は、CATV企業のISP事業がうまく発展するかどうかの鍵の一つはここにある。現在、3COM社、ゼネラル・インスツルメント社、HP社、IBM社、インテル社、AT&T社、モトローラ社、サイエンティフィック・アトランタ社など多くのメーカーがこのハードウェア市場に参入あるいは参入を計画しているのだが、現状では標準が存在しないのである。CATV業界は、消費者が街のエレクトロニクス・ショップでケーブルモデムを購入するようになることを望んでいる。しかし、現状ではメーカーがそれぞれの規格にあわせて製品を開発している(標準化されたケーブルモデム製品が出回るまでには、あと2年程度は必要だと言われている)ため、CATV会社がまとめて調達し、消費者にリースしている形をとっている(このリース料は毎月の利用料金に含まれている)。電話線を利用するモデムの場合は、接続先がいくつも存在するため、標準に適合していないと不都合が起きるが、接続先が限定されているケーブルモデムの場合は、同一システム内で統一されていれば問題はない。しかし、標準化されれば、機器の価格がさらに下がることを考えれば、本格的な普及のためには、早期の標準設定が望まれる。

インタラクティブTVの夢の跡

 しかし、どうしてCATV企業がISP事業に注目しているのだろう。背景を見てみよう。
 92年から94年にかけてデジタル革命の波がCATV業界にも押し寄せ、米国内はVOD(ビデオ・オン・デマンド)ブームに湧いた。光ファイバーとデジタル情報の圧縮技術を用いれば600〜1200チャンネル分のデジタル映像情報を送ることが可能になると気づいたからである。幹線が光ファイバーになっていれば、家庭への引き込み線は現在の同軸ケーブルでもかなりのことができる。当時でもCATVの普及率は60%を超えており、残る40%の家庭の半分もCATVの営業域内にあった。業界大手のTCI社もタイムワーナー社もこぞって全米のあちこちで双方向TVの実験プロジェクトを立ち上げた。しかし、この夢は急速に色あせてしまうことになる。理由はいくつかある。CATVはごく一部の地域を除いて1地域1事業者の地域独占になっているため、FCCによって料金規制を受けている。実は、VODブームで浮かれている93年から94年初めにかけて、FCCは2度にわたり料金を引き下げるように勧告している。1回目が10%、2回目が7%である。これによって、CATV企業のキャッシュフロー(税引後利益に減価償却費を加えたもの)は縮小した。93年10月に発表されたベルアトランティック社とTCI社の合併話が94年2月に白紙に戻ったのも、これが一因であると言われている。

 もう一つの理由は(当初から多くの専門家が指摘していたことではあるが)、技術的な制約から、双方向TV用のセット・トップ・ボックス(STB)の価格やVODサービスの料金がCATV会社が思っていたより高くなってしまうことである。家庭へのインタラクティブTV普及の条件の一つは、セット・トップ・ボックスの価格が300ドル以下になることだと言われていたが、タイムワーナー社がオーランド近郊におけるフル・サービス・ネットワーク(FSN)で採用したような高機能なSTBは、当面、この水準にはなりそうにない。こうした厳しい現実に直面したCATV企業は、次第に双方向TVの夢について語らなくなっていったのである。

 さらに彼らを追い込んだのがDIREC TVに代表されるDSS (Digital Satellite Service:デジタル衛星TV放送) である。96年8月にInteco社が発表したレポートは、95年末でDSSを利用している家庭の割合はわずか2.4%であるが、2000年までには12%になると予測している。一方、このレポートによれば、CATVの普及率は2000年までに現在の65%からわずか3%程度しか伸びない。また、多くの米国人はDSSの画像、音声、番組の質はCATVに優ると考えているという。インタラクティブTVへの夢は遠ざかり、行く手をDSSに阻まれてしまったCATV業界が考えたのは、CATV用のケーブルを通信に利用することであった。つまり、ケーブルを利用した電話とインターネット・アクセス・サービスである。

 技術的には、CATV用ケーブル1本でTV放送、電話、インターネット・アクセスのすべてをサービスすることができる。おまけに、ヤンキー・グループ社の調査によれば、多くの消費者は、これらのサービスを1社が提供してくれることを望んでいるという。しかし、ここにもう一つの問題がある。実は、消費者はあまりCATV企業を信頼していないのである。この調査によれば、消費者の55%以上が、TV放送、電話、インターネット・アクセスのサービスをまとめて購入するなら長距離電話会社や地域電話会社を選ぶと答えており、CATV企業を選択するという消費者はわずか4.4%しかない。

 放送分野でデジタル衛星放送に追われるCATV業界は、インターネット接続に新しい市場を見いだそうとしているのだが、まずは消費者の信頼を得ることから始めなければいけない。

(次号に続く)

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