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NY駐在員報告  「インターネットその後(その1)」 1995年9月

 「インターネット米国最新事情」を書いてから約1年が過ぎたので、その後のインターネットを眺めなが ら、インターネットの将来を考えてみたい。

サイバーモールと仮想店舗

 インターネット上でモノや情報、サービスを売る店が増えている。インターネット上に開かれたこうした店は、一般的に「サイバー・ショップ」とか「仮想店舗(バーチャル・ショップ)」と呼ばれている。こうした仮想店舗が集まっているところ、つまり、インターネット上に作られたモールが「サイバーモール」である。ちなみに、米国でモール(mall)と言えば、数多くの店舗が集まったショッピング・センターのことである。商店街と訳されることも多いが、都市型のモールは巨大な建物であることが多く、中にはアトリウムが設けられていたりする。郊外型のモールは広大な駐車場に沿って店舗が並んでいる形式のものが多い。

 インターネット上でモノやサービスを販売する店を開くには、物理的に区分すれば、自分でサーバーを立ち上げるか、誰かのサーバーにホームページを開くかのどちらかになる。論理的には、単独で存在するか、どこかのモールの一店舗であるかに区分できる。この二つの区分は1対1で対応するものではない。たとえば、物理的には日本でサーバーを立ち上げ、米国のとあるモールの一店舗になることも可能である。
 米国の場合、インターネット上の多くの店舗は、サイバーモールに属しているものが多い。単独で存在している仮想店舗もあるが、その多くは関連する他のWWWサーバーにリンクを持っている。これは顧客を集めるのに、一店舗で存在しているより、様々な店舗が集まった方が有利だからだろう。サイバーモールは必ずしも物理的に1つのサーバーに入っているわけではないが、利用者からみれば、ちょうど一つのショッピングセンターのように見える。

 では、そうした仮想店舗で何が売られているのだろう。Tシャツ、バレエ・シューズ、香水、宝石、コン ピュータの周辺機器、ソフトウェア、コンパクト・ディスク、ハワイ産の蘭、カナダのケベック州特産のメープルシロップ、カリフォルニア・ワイン、メイン州 のロブスター、入浴剤、エジプトのアンティーク、インドネシアの工芸品、クラシック・カー、不動産。これらはすべてインターネット上で見つけた商品であ る。この他、航空券やコンサートのチケットも売られている。例えば、サウスウエスト航空は95年3月、「エアライン・ホーム・ゲート」を開設し、情報提供 サービスと同時に航空券の予約、クレジットカードによる決済、予約の確認ができるサービスを開始すると発表している。ここでは、地図、航空ルートと価格、 パッケージ紹介、サウスウエスト航空で行ける都市の情報などの情報サービスも行っている。95年4月には、ETMエンタテイメント・ネットワーク社がコン サートやイベント、美術館、博物館のチケットをインターネットを利用して販売する計画を明かにしている。最初に販売されたチケットは、ロックグループの 「パールジャム」のコンサートチケットだという。

 サイバーモールの老舗と言えば、93年6月にRandy Adamsによって設立され、94年9月にホーム・ショッピング・ネットワークに買収されたISN (Internet Shopping Network)が有名である。このモールでは600以上の仮想店舗が2万点以上の商品を販売している。その他有名なモールとしては、長距離通信会社のMCI社の「マーケット・プレイスMCI」や「サイバーモール」、「モール・オブ・アメリカ」などがある。ホームページのディレクトリとして有名な Yahooには、世界中のmallとかshopping centerと名前の付いたサイバーモールがすでに100以上登録されている。

 仮想店舗はWWWサーバーを用いたものとは限らない。シアトルに本拠地を置く、高級デパートのノードストロム(Nordstrom)社は94年10月、電子メールによるショッピングサービス「ノードストロム・パーソナル・タッチ・アメリカ(NPTA)」を開始すると発表した。このシステムでは単に商品の注文を受け付けるだけではなく、商品についての質問に専門の担当者が答えるサービスも提供される。顧客のサイズや好みの色、プレゼントや贈答品を送る誕生日を含めた特別な日などのデータも記録され、応対は常に同じ担当者が行う仕組みだという。

電子出版

 何を「電子出版」の定義とするかは議論のあるところだと思うが、ここでは幅広く解釈して、最近の動向を見てみよう。

 まず、アメリカを代表する巨大なメディア企業、タイムワーナー社は94年10月、インターネット上に、同社の人気雑誌「タイム」「マネー」「エンタテイメント・ウィーク」などの記事を載せたWWWサイト「Pathfinder」を立ちあげた。このサイトの特徴は、印刷物と同じ情報を提供するだけでなく、特にこのサイトのために編集された「バーチャル・ガーデン」と呼ばれる電子雑誌を提供していることである。ちなみに、このPathfinderには95年5月、オンライン・ショピングのページが追加された。新たに参加することになった商品を販売する企業 は6社で、この中にはカタログ販売大手のスピーゲル社も含まれている。

 95年2月には、現在53カ国15万人に8ページのニュースを提供しているニューヨーク・タイムズ紙のダイジェスト版「タイムズ・ファックス」が、インターネットに登場した。記事の内容はファックス版と同じであるが、広告スポンサーであるアドビル社、アメリカン・マネージメント・アソシエーション社などの広告ページが付属している。また、ニューヨーク・タイムズ紙は、アドバンス・パブリケーション社と共同で、両社の旅行関係情報をインターネットで提供するサービスを開始すると発表している。サービス名は「トラベル・コネクト」で、サービス開始は95年夏から。提供される情報は、ニューヨーク・タイムズ紙の旅行関係記事、ゴルフ・ダイジェスト、ゴルフ・ワールド、テニス、セイリング・ワールド、クルージン グ・ワールド、スノー・カントリーの各誌の情報。運営はニューヨーク・タイムズ・ニューメディア社が行う。

 新聞と言えば、大手新聞持株会社8社がインターネット上で電子新聞を発行する新企業の共同設立で合意したというニュースが95年春に流れた。新会社は「New Century Network」で、早ければ95年末までにサービスを開始する予定である。アクセス料はまだ決まっていないが、インターネットユーザはこの8社が保有する185紙の新聞をインターネット上で検索できることになる。

 すでにサービスが始まっているニュースサービスとしては、Individual社が始めたインターネット上のニュース・ページが好評である。URLは<http://www.newspage.com>で、新聞社、出版社、通信社が提供する最新情報が約 1000のトピックに分けて提供されている。情報提供者は、USAトゥデー、LAタイムズなどの60以上の日刊紙、コンピュータ・ワールド、PCウィー ク、インフォメーション・ウィークなどの業界紙、ロイター、PR、ニュースワイヤ等の通信社、その他各種ニュース・レターも含まれている。7月17日まで 無料で提供されていたが、現在はフルテキスト情報が有料になっている。

 古くから(と言っても、たぶん三、四年前から)gopherを使って様々な雑誌の記事を提供してきた Electronic Newsstand社は、PLS (Personal Library Software) 社と提携し、PLS社のWWW検索エンジンである「PLウェブ」を使ったWWWサーバーによるサービスを開始している。このサーバーには、マグロウヒル社、タイム・ミラー社などの出版社が、ビジネスウィーク、 エコノミスト、ディスカバー等の300誌の記事(ほとんどは一部)を提供しており、コンピュータ、ビジネス、海外情報、スポーツ、政治等の記事が検索可能 である。

 新聞や雑誌だけでなく、ニュースレターの類も電子化されつつある。企業情報を販売しているダン・ブラッドストリート社の子会社であるダン・ブラッドストリート・インフォメーション社は95年7月、WWWを利用して企業に関するビジネスレポートの販売を開始した。各レポートの価格は20ドルで、決済はクレジット・カードで行う。インターネットでのレポートの注文はセキュリティ機能の付いたネットスケープ 1.1かインターネットMCIブラウザが必要である。

 また、サーバーに登録されている記事を検索するのではなく、あらかじめ関心事を登録しておくと、関連するニュースを選び出して手元のコンピュータまで電子メールで配信してくれるサービスもある。例えば、通信社のPRワイヤ社は95年5月、インターネット上での情報検索、クリッピングサービスを開始している。

暗号技術と電子決済

 サイバーモール、仮想店舗で買い物をしたり、有料の情報検索を利用した場合、代金の決済をどう処理するかが問題になる。現在、インターネット上でモノやサービスを購入した場合、代金の決済はほとんどクレジットカードで行われている。米国では、クレジットカードの番号、有効期限、カード所有者の名前が分かれば、本人のサインがなくてもカードにチャージできる。例えば、私のアシスタントが私のいないときに MacWAREHOUSE(マッキントッシュ専門のカタログ販売会社)に電話して、スクリーン・セイバーやモデムを注文し、この代金を私のクレジットカー ドで支払うことができる(彼女は私のクレジットカードの番号を知っていて、実際にそうしている)。ブロードウェイのミュージカルの切符も同様に電話で購入できるし、旅行会社に電話すれば航空券の購入もホテルの支払いも可能だ。別に本人が電話する必要もない。日本人の感覚からすれば、信じられないことかもしれない。しかし、米国では確かにクレジットカードの番号だけで買い物ができるのである。これは、米国の場合、クレジットカードによる支払いは、銀行口座から自動的に引き落とされるのではなく、カード会社から請求書が送られてきて、小切手で1カ月分をまとめて支払う形式になっているからかもしれない。つまり、カードで支払ったことになっていても、実際に請求書が送られてきた段階でもう一度チェックできる仕組みになっているため、本人の署名がなくてもカード支払いができるのかもしれない。

 ともあれ、そういう事情のため、米国ではクレジットカードの番号は重要な情報で、安易に電子メールで送ってはいけないと言われている。インターネットの電子メールはセキュリティが低くて、どこで盗聴されているか分からないからだ。まだ、電話やファックスでカード番号を伝えた方が安全だと言われており、事実、インターネットで商品の注文を受け付け、決済は別途、電話でクレジットカードの番号を伝達する方法を採用している仮想店舗がいくつもある。
(もっとも、普通のレストランや店のレジ係は、いつでも他人のクレジットカードの番号を盗める状況にある。とすると、そうした店でクレジットカードを使うことすら危険なのかもしれない。しかし、そうするとどこでクレジットカードを使うのだろう?)

 そこで登場するのが、暗号技術である(暗号技術とセキュリティの関係については、半年ほど前のレポート「ネットワークセキュリティと暗号技術」を参照されたい)。クレジットカードの番号などの機密を要する情報は暗号化して送れば問題ない。また公開鍵型の暗号技術を用いれば、情報の改竄を防ぐこともできるし、本人であることを証明することもできる。

 こうした背景があって、コンピュータ関係企業と金融関係企業の提携が盛んになっている。例えば、95年11月にマイクロソフト社は、VISAインターナショナルと共同でカード決済システム開発を行うと発表している。このシステムは、公開鍵型暗号を利用して、クレジットカード所有者と商業機関のプライバシーを守りながら確実に身元を紹介するシステムになると言われている。また、ほとんど同じころ、ネットスケープ・コミュニケーションズ社は、ファースト・データ・カード・サービス・グループのエレクトロニック・ファンズ・サービス(EFS)社と共同で、インターネット上の商業取引サービスを提供すると発表している。これはネットスケープ社のネットサイト・コマース・サーバーを用いて行うもので、クレジットカードを用いて安全にインターネット上で商品の購入ができるというものである。さらにネットスケープ社は95年1月に、マスターカード・インターナショナル社と共同で、クレジットカードの決済システムを開発することも発表している。この2大クレジットカード会社の活動はどうやら一本化されそうだ。 95年6月、マスターカード社とVISA社は、インターネット上での電子取引のためのセキュリティ技術を統合し、共通の規格を開発すると発表した。両社がサポートする共通規格のベースにはRSAデータセキュリティがクレジットカード決済のために開発した技術が採用される予定で、規格は95年9月中に詳細が公開され、96年初めから顧客に提供される予定になっている。まだ詳細が明かにされていないので断定的なことは言えないが、この規格は他のクレジットカー ドでも利用することができるものになると思われ、この規格がカード決済のための事実上のセキュリティ標準になる可能性は高い。

FIRST VIRTUAL

 インターネット上の決済は、暗号技術を使ったものがすべてかというとそうでもない。既に利用が広まっている方法に、ファースト・バーチャル・ホールディングス社のシステムがある。この方式が発表されたのは94年11月で、これはネットワーク・コンピューティング・デバイシズ(NCD)社の「Zメール」を利用したものである。このシステムは暗号技術を用いることもなく、またクレジットカード番号をネットワーク上で流すこともない。ユーザは商品を注文し、ファースト・バーチャル社の口座番号を店に送る、この口座番号と注文の情報はその店からファースト・バーチャル社のシステムに送られ、ユーザに商品購入を確認する電子メールがユーザに送られる。ここでユーザが商品購入を確認すると、あらかじめ登録されたクレジットカードから購入代金が支払われるという仕組みである。ファースト・バーチャル社は95年6月に、このインターネット・ペイメント・システム(IPS)が1日平均20万件の決済処理を達成したと発表した。6月現在で、同社とIPS契約している店舗は約150で、これにはアップル社、ロイター・ニューメディア社、ナショナル・パブリック・ラジオ社などが含まれている。ファースト・バーチャル社のCEOであるリー・ステイン社長は、急成長の要因として、簡単なアクセス、使いやすさ、独自の暗証番号技術を挙げている。登録料はユーザは2ドル、店舗は10ドルであるが、店舗は販売手数料を数パーセント払わなければならない。

DegiCash

 インターネット上には架空の貨幣も登場した。オランダに本社があるデジキャッシュ社のecashである。我々が日常使っている紙幣が印刷物であり、手紙と電子メール、通常の出版物と電子出版物という関係から類推すれば、電子貨幣が登場してもまったくおかしくない。手紙の代わりに電子メールを出し、雑誌を読むかわりにインターネット上の電子出版物を読む。それと同様にインターネット上でモノや情報、サービスを購入したときに、電子貨幣で支払いをするわけである。問題は電子的な印刷物は複製が容易である点だ。また、偽札でないことを確かめられる必要もある。日常、我々が利用している紙幣には、それなりの工夫が施されている。特殊な紙と特殊なインクを使い、複雑な文様と肖像を組み合わせたデザインにし、通し番号が付けられている。つまりこれと同じ工夫をすれば、ネットワーク上で使える架空の貨幣システムを創ることができる。94年10月から実験が行われているecashは、まさにこうした工夫がなされている。簡単にecashの仕組みを説明しよう。

 このecashの実験に参加するには専用のソフトが必要であるが、まず最初にecashのホームページにアクセスしてユーザ登録をする必要がある。ユーザ登録をしてから数日でパスワードが電子メールで送られてくる。このパスワードを用いて必要なソフトをダウンロードすることになる。実験ではこのソフトを使って、この実験のためにつくられた架空の銀行にアクセスすると、自動的に口座が開設され100サイバードルの預金がもらえる。このサイバードルで買い物のできる店はサイバーショップと呼ばれているが、そこで買い物をするためには、まず銀行からお金を引き出す必要がある。画面の銀行ボタンをクリックして、金額を指定し、OKボタンをクリックすればよい。この時に銀行からecashが送られてくるのだが、これには銀行の電子署名がなされている。ecashは電子署名に公開鍵暗号であるRSA暗号技術を利用している(暗号技術の基礎知識とRSA暗号体系については半年前のレポート「ネットワーク・セキュリティと暗号技術」を参照されたい)。銀行の電子署名はその銀行だけが持っている秘密鍵で署名がされており、誰でも入手できる銀行の公開鍵でこの署名が本物であるかどうかを確認できる仕組みになっている。この電子署名によって、確かにその銀行が発行した ecashであることを確認できる。
 次に、サイバーショップにこのecashを支払うと、銀行に開設されているそのサイバーショップの口座に振り込まれるのだが、この時に銀行はそのecashにあらかじめ割り当てられた番号をチェックし、ecashがコピーされて利用されていないかを調べる。問題がなければ、支払いが完了する仕組みである。つまり、サイバードルが本物であることは銀行の電子署名によって確認でき、同じサイバードルがコピーされて何度も使われることを防ぐために、サイバードルに振られた識別番号が用いられている(実際の貨幣と異なる点は、サイバードルはコピー可能で、コピーの方を先に使ってしまうと、本物の方がコピーと見做されて利用できなくなる点である。もっとも電子化された情報は、コピーされたものと原本の区別はないから当然のことかもしれない)。
 現在はまだ子供銀行の域を出ていないが、技術的にはどうも問題はなさそうだ。とすると、近い将来、インターネット上を現実の通貨に交換できるネットワーク上の通貨が飛び交うことになるのだろうか。米国はともかく、某国の大蔵省はどういう姿勢でのぞむのだろう?

CyberCash

 ベリフォン社をご存じだろうか。社名は知らなくても、この会社のシステムの世話になったことはあるかもしれない。ベリフォン社は、小売店の店頭にクレジットカード専用の端末を置き、オンラインでカードのオーソライゼイション(そのカードが有効であるかどうかのチェック)を行うシステムを提供している。このベリフォン社のトランザクション・オートメーション・システムは世界中で440万台設置されている。

 このクレジットカードのオーソライゼイションをインターネット上で実現しようとしているのが、サイバーキャッシュ社である(実は、サイバーキャッシュ社の設立者の一人であるWilliam N. Meltonはベリフォン社の設立者でもある)。このサイバーキャッシュ社のシステムにもRSAデータ・セキュリティ社の公開鍵暗号が利用されている。仕 組みはこうなっている。

 消費者がサイバーキャッシュ社と提携している仮想店舗で買い物をし、クレジットカードで支払いをする場合を考える。消費者はあらかじめサイバーキャッシュ社のサーバーに登録し、サイバーキャッシュ用のクライアント・ソフトを入手しておく必要がある。サイバーキャッシュ加盟店で欲しい商品を選んで、支払いにサイバーキャッシュを選択すると、その時点でサイバーキャッシュのクライアント・ソフトが起動する。 クレジットカードを選び、カード番号などの必要なデータを入力して送信すると、クレジットカード番号はサイバーキャッシュ社の公開鍵で暗号化されて販売店のサーバーに送られる。販売店のサーバーはこの情報をサイバーキャッシュ社のサーバーに転送する。サイバーキャッシュ社のサーバーは、秘密鍵を使ってこのクレジットカード情報を復号化し、普通の店のカード端末と同様にクレジットカード専用のネットワークにこの情報を送る。オーソライゼーションされれば、支 払いが問題ないことを販売店のサーバーに通知し、販売店のサーバーは消費者に支払い処理が完了したことを伝える。

 つまり、これはまさにベリフォンのシステムをインターネット上で実現したものである。インターネット上でクレジットカード決済するためには、クレジットカードの番号を暗号化して送らなければならないが、消費者が販売店毎に違った鍵で暗号化して送るのは面倒でトラブルの原因にもなる。サイバーキャッシュ社の方法では、いつもサイバーキャッシュ社の公開鍵で暗号化すればよいし、販売店もカードのオーソライゼーションを自分で行う必要がない。さらに販売店がクレジットカードの番号を見ることもないので、消費者にとっては安心感もある。

 ちなみに、このサイバーキャッシュ社は、ウェルズ・ファーゴ銀行やアメリカン・エクスプレスなどの金融企業と提携し、インターネット上でのクレジットカードによる決済のみならず、電子キャッシュ・サービスにも乗りだそうとしている。

電子決済をめぐる企業提携

 インターネット上で決済を行う方法は、他にも電子小切手システムであるネットチェックであるとか、ネットバンクのネットキャッシュなどが提案されている。現時点では、どの方式が生き残って、インターネット上の決済方法として一般的になるのか分からないが、ネットワーク上での決済方法を提案しているベンチャー企業とコンピュータ関係企業、金融関係企業の提携が進んでいる。

 たとえば、95年3月には、米国で第9位の大手銀行ファースト・ユニオン社とオープン・マーケット社が、高いセキュリティ機能を売物にしたエレクトロニック・コマース・サービス「コミュニティ・コマース」を開始すると発表しているし、95年5月には、サン・マイクロシステムズ社とサイバーキャッシュ社が、エレクトロニック・コマースのアプリケーションの互換性・機密性の向上のために協力していくことを明かにしている。

 95年7月には、チェックフリー社が、それぞれADP社、サイバーキャッシュ社と電子取引サービスのために提携すると発表している。

 前項で紹介したベリフォン社は95年8月、エレクトロニック・コマース用ソフトウェアとコンサルティングサービスを専門とするEIT(エンタプライズ・インテグレーション・テクノロジー)社を吸収合併すると発表している。EIT社のソフトウェアはインターネット・ショッピング・ネットワークやインターネット・プロファイルズなどにライセンスされている他、S-HTTPのコード開発をしたことでも知られている。また、同じ月に、ベリフォン社は、サイバーキャッシュ社との提携も発表している。目的は(当然)インターネット上での決済システムの開発である。

 95年8月には、ネットワーク上での本人認証を可能とする技術を提供するベリサイン社が、オープンマーケット社との提携を発表している。ちなみに、ベリサイン社のデジタルIDシステムはWWWサーバーとクライアントの間で電子取引、通信を行うための本人照会、プライバシー保護機能を提供する技術である。

 同じく95年8月に、FSTC(Financial Services Technology Consortium)は、インターネットなどのコンピュータネットワーク上で利用できる電子小切手(Electronic Check)の開発を行うと発表した。FSTCは、93年9月に設立されたコンソーシアムで、現在65の企業、研究機関、大学などが参加している。このプロジェクトに参加するのは、バンク・オブ・アメリカ、シティバンク、ケミカルバンクなどの7つの大手銀行、IBM社、サン・マイクロシステムズ社、ナショナル・セミコンダクター社などの7つの情報技術関係企業、ベルコア、南カリフォルニア大学などの4つの研究機関である。開発される電子小切手のシステムは、スマートカードとして知られているICを内蔵したカードか、PCカードを小切手帳として用い、現在の紙の小切手と同じ機能をネットワーク上で実現する。つまり、モノやサービスを購入した際に、ネットワークに接続されたコンピュータにカードを差込み電子小切手を電子封筒にいれて送る。受け取った販売業者はそれを銀行で現金化する、という手順になる。

様々な商用利用

 インターネットの商用利用というと、インターネット上の仮想店舗やサイバーモールの話になりがちであるが、米国の企業は実に多様な活用をしている。地味ではあるが、非常に有用なのが電子メールである。ここではその効用を詳しく説明しないが、社内、社外を問わず、コミュニケーションに要する時間とコストをかなり削減してくれる(インターネットの電子メールは盗聴の恐れがあるが、機密の通信には暗号技術を用いることをお勧めする)。また、情報収集手段としてもインターネットは有用である。WWWのサイトからの情報収集は言うに及ばず、自社製品に関連しそうなネットニュースからユーザの声を拾い上げることもできる。自社製品の名前や企業名をキーワードにして、膨大なネットニュースの情報から、関連する情報をスクリーニングすることくらいは、誰でも思い付く。

 情報収集と同様に情報提供にもインターネットは有用である。多くの企業がWWWサーバーを立ち上げ、 企業の概要、決算の状況、プレスリリース、自社製品の一覧、場合によってはマニュアルまで提供している。最近は求人情報を掲載しているところも多くなっ た。

 求人情報と言えば、それを専門にするサイトが増えている。(私が世間知らずだったのかもしれないが)去年はMonster Board (http://www.monster.com/home.html) くらいしかなかったのに、今では相当な数になっている。ちなみに、アディオン・インフォメーション・サービシズ社が昨年末から始めたMonster Boardは、WWWをベースにつくられたシステムで、職種、業種、勤務場所、特定の企業名などで求人情報を検索し、直接応募できるのが特徴である。他の サイトも似たりよったりであるが、4WORK (http://www.4work.com/4work) はコロラド州デンバー周辺の職を紹介してくれるローカルな求人情報サーバーである。今日、アクセスしたら「あなたはここに職を捜しに来た4647人目の人です」というメッセージが出てきた。

 CareerSurf Recruting Network (http://www.careersurf.com/) では、単に職探しだけではなく、自分の履歴書を登録しておいて、人材を捜している企業からの連絡を待つこともできる。米国で一番成長率が高いラスベガスで の職を紹介してくれるCasino Classifiedはまだ構築中だが、近日中に他の都市にない職を紹介してくれそうだ。

 日本でも広告代理店がインターネット上での広告提供サービスを始めるそうだが、米国では94年12月に大手広告代理店アレキサンダー・コミュニケーションズ社が、米国の広告代理店としては初めてインターネット上での広告提供サービスを開始すると発表している。

 インターネットを顧客サービスに利用しているところもある。一番有名なものはフェデラル・エクスプレス社のWWWサイトで、ここでは配送を依頼した荷物が今どこにあるかを確認できる。もともとフェデラル・エクスプレス社では、預かった荷物の所在をコンピュータで管理し、顧客からの問い合わせに電話で答えていた。このシステムをインターネットに接続したのだが、これは顧客に対するサービスであるとともに、事務の合理化にもなる一石二鳥のシステムとなっている。つまり、顧客がインターネットを利用して荷物の所在確認をしてくれれば、それだけ問い合わせの電話が減少することになる。とすれば、インターネットの利用が増えるに従い、電話で応対する事務員の数を減らせるのである。

 ミュージカルやコンサートのチケットを電話販売しているチケット・マスター社も、同じような取組みをしている。チケット・マスター社にかかってくる電話の8割は、チケットの購入ではなく、ショウやイベントに関する問い合わせだという。約7カ月前に立ち上げられたWWWサーバーは、こうした問い合わせの電話を減らしてくれるに違いない。

 ウェルズ・ファーゴ銀行は顧客に口座情報をインターネット経由で提供している。サービス内容は、残高照会、入出金明細、クレジット・カード使用明細などの情報提供に限られているが、銀行が口座情報をインターネットでサービスするのはこれが初めてである。利用者はあらかじめ暗証番号の登録が必要。セキュリティ対策はネットスケープ社のSSLを用いている。ちなみに、同社は89年からプロディジーからアクセスできるサービスと、自社専用のBBSによるサービスを行っている。

 少し変わったところでは、95年3月にバハマのナッソーにあるインターネット・カジノがオープンしている。クラップス、ルーレット、ブラックジャック、スロットマシーン、キノ、ポーカー、バカラの7つのゲームがインターネット上で楽しめる。実際にお金をかけて遊ぶには最低50ドル出して口座を開く必要がある。このカジノは日本語を含む7ヵ国語で運営される予定になっているが、残念ながらまだ日本語のページはできていないようだ。某週刊誌でも紹介されたのでご存じの方も多いかもしれないが、URLは<http://www.casino.org/cc/>である。個人的な感想を言えば、一人でコンピュータの画面をみてカジノゲームをやってもちっとも面白くない(少し無料のスロットマシーンで遊んでみました。これも仕事です)。

連邦政府と暗号技術

 本来セキュリティの低いインターネットをビジネスに利用するには、暗号技術は極めて重要である。しかし、半年前のレポートでも報告したように、現在、連邦政府はナショナル・セキュリティの観点から、暗号化技術を利用した暗号化プログラムや電子署名のプログラム、あるいはそれらをチップにしたものなどの輸出を厳しく規制しており、復号化のための鍵を政府機関が保管するEESを採用するように民間に求めている(94年初めに連邦政府が提案したEES (Escrow Encryption Standard) をチップ化したものが、悪名高いClipper Chipであるが、これは、民間の反対を受けて現在は宙に浮いた形になっている)。こうした連邦政府の姿勢に対して、民間企業はかなり不満を抱えている。

 例えば95年6月、インターネット上での電子取引について実験を行っているCommerceNetは、連邦政府に対して、暗号技術の輸出規制の緩和とEESを再考するよう要請するレポートを発表した。レポートは、暗号化技術を利用した製品の輸出規制が、米国のソフトメーカー、ハードメーカーの製品販売の大きな壁になっている点を指摘するとともに、EESは個人のプライバシーを侵害する恐れがあり、Clipper Chipの安全性が十分テストされておらず、ハード化された技術は陳腐化しやすくソフトによる解決方法に柔軟性で劣るとClipper Chipを批判している。

 こうした民間からの要望を受けて、95年8月下旬、ホワイトハウスは暗号技術を用いた製品(電子メールなどの暗号化や電子署名に使われるソフトやそれを組み込んだチップなど)の輸出規制を緩和する方針を明かにした。これによれば、従来、輸出できる製品は暗号鍵の長さが40ビットまでと制限されていたが、64ビットまで認められることになる。しかし問題は、解読のための鍵を第三者に委託し、裁判所の許可を得た場合には政府がその鍵を入手できる仕組みにするという条件が付いていることである。ちょうどこの発表の直前に、フランスの学生が、112台のワークステーションを使って、ネットスケープ社の輸出用SSL (Secure Sockets Layer) の暗号(当然、鍵は40ビット)の解読に成功したというニュースが流れた後であるため、一般にホワイトハウスの新方針は歓迎されているように報道された。しかし「解読のための鍵の第三者委託」を条件とするところをみると、依然として、ナショナル・セキュリティのために暗号技術製品の輸出を規制するという連邦政府の基本的な姿勢は変わっていないようだ。

(次号に続く)


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