#431D|No Rain, No Rainbow

キツいプロジェクトがいくつかある。この前は頭痛だったが今日はマジで胃が痛え。

感じる責任に対するだけのものを果たせていない自分が無能で惨めに思える。未来の結果が出ることが不安になる。キリキリと胃が痛む。何も考えられなくなる。しまいには、他人のせいにもしたくなる。

それでも、関わっている限りは顔を上げて、できることをやり、前に進みたい。

この前向きな信念だけは消えないのが自分のいいところだと自分で褒める。そうして、進むためにどうするかを考える。


状況を冷静に診る。本当に心が苦しくなって然るべき状況の案件というものも世の中にはもちろんあるが、私のいまの案件は、自分のモノゴトの感じ方や捉え方のクセが、自分に状況を苦しく感じさせているタイプのものだと思う。自滅型だ。

空はただ青いのに、青いってことは自分がダメなんだ、というような解釈をしてしまっているのだ。足元にボールが転がってきただけで、いじわるをされた、と捉えてしまうような。そりゃあオマエ、生きるの苦しいよね。

色んなことを気にしすぎる性分はしょうがない。それでも、余計なこだわりや過剰な心配は手放せるはずだし、自分の影響の輪に集中することはできるはずだ。

どの部分が歪んだ反応かを書き出して捕まえ、そこを丁寧にクリアしていくこともできるはずだ。

はずだ、と考えることすら自分への期待をかけていることになるのだけど、それも外せるはずだ。はずだループから脱せるはずだ。


こんな状態で「成果を手放せ(気にするな)」だなんて、とんでもねえことを言ってくるね君は。と、昨日の記事を書いた自分に文句をつける。

すこやかな豊かさを感じられて幸せだったね。と、一昨日の記事を書いた自分をうらやむ。


気持ちが一時ラクになっても、べつに事態は特に解決していないので、再びこうしたモヤがかった状態に戻るのは想定している。なので全然だいじょうぶ。

ここからどうするか。実際の行動を変えていくのだ。行動にフォーカス。昨日は話さなかった言葉を話してみる。昨日はやらなかった行動を起こす。

そしてとにかく無理やりでも、おもしろがる。


この無理やりでもおもしろがる、笑顔を出す、というのはけっこういいよ。昔、接客のバイトに行った時に無理やり笑顔をしていたが、それがクセづいた時は自然といつもよりも前向きになっていた。

私は感謝についても同じように推奨していて、「感謝なんてできない」という人にも、できなくてもいいから感謝してみ、と言っている。ご飯を作ってくれた人にありがとうと、思えなくても言うことはできるでしょと。

それを続けたら、ある日ふっと本当に有り難さを感じる時が来る。心にその時感謝が生まれるのだ。ないからやらない、でなくやっていたら生まれる。

ポジティブなクセというのは、わりと無理やりでもやることでよい効果をもたらすのだ。

※ただし、それも限度や個性がある。心が悲鳴を上げているのに「笑え!」なんて強制されりゃ壊れるし。適した用途用法がある。実際は自分だけの持つ感覚をたいせつに。


そうしてジタバタしながら、現状に対応する変化を起こす自分を信じてあげる。けっきょく「どうにかなる」世界を信じてあげる。

そうしてハッタリでもいいから気楽さを持つ。NO RAIN, NO RAINBOWだ。土砂降りの雨の中にも、私は虹を見る。

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