【英国判例紹介】BTI 2014 LLC v Sequana SA ー取締役が債権者の利益を考慮すべき場面ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、BTI 2014 LLC v Sequana SA事件(*1)です。
この事件は、会社法における取締役の義務に関する近年の重要判例です。英国の会社法(Companies Act 2006)には、様々な取締役の法定義務が定められていますが、その解釈が定まっていない条文もあります。本判例は、とある取締役の法定義務について、最高裁が解釈を示した最初の判例です。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
A社の取締役2名は、100%株主である親会社のSequana SAに対して、1.35億ユーロの配当を行います。この配当は、英国会社法の配当規制に抵触せず、合法的なものでした。
もっとも、A社は、配当時に債務超過でも支払不能でもなかったものの、不確定な長期偶発債務(*2)を有していました。この長期偶発債務は、その蓋然性は認められなかったものの、債務超過に陥る現実的なリスクを生じせしめるものでした。
配当の10年後、A社は債務超過に陥り、倒産手続に入りました。
そこで、A社の債権者であるBTI 2014 LLC(以下「原告」)(*2)は、A社の取締役(以下「被告取締役」)及びSequana SA(以下「被告株主」、被告取締役と併せて「被告」)に対して、10年前の配当が英国会社法に違反したものであるとして損害賠償請求を提起します。
原審、控訴審ともに請求は棄却されて、最高裁に事件が持ち込まれます。
争点:取締役の債権者に対する義務
会社の成功を促進する義務
まずは、原告が、被告取締役がいかなる義務に違反したと主張しているのかについて見ていきます。
Companies Act 2006のs. 172(1)は、次のように定めています。
つまり、取締役は、会社法上、全ての株主の利益となるために、会社を成功に導くよう行動する義務があります。
もっとも、s. 172(3)を見てください(太字はぼく)。
会社法は、この義務について、一定の状況において、取締役が会社債権者の利益を考慮し行動することを要求する法に従うものとも定めています。
本件の原告は、被告取締役は、A社の債権者の利益を考慮して行動すべきであったにもかかわらず、これをしなかったことに、義務違反があったと主張したのです。債権者の利益を無視して株主に配当をしたのだから、義務違反だというロジックです。
会社債権者の利益を考慮することを要求するコモンローはあるか
原告の主張が認められるためには、「取締役が会社債権者の利益を考慮し行動することを要求する法」が存在することが必要です。
本件では、そのような制定法の存在は主張されておらず、おそらく無いのだと思います。そのため、取締役は会社債権者の利益をも考慮して行動すべきというコモンロー上の義務の有無が争点となりました。
コモンロー上の義務はどのような場合には発動するのか
仮に、そのようなコモンロー上の義務があるとして、どのような場合に発動するのかも問題となります。
コモンロー上の義務が生じ得るとしても、本件のような、債務超過のリスクが実現していない場合であっても、会社法s.173(3)にいうような「in certain circumstances」にあるとして、取締役に会社債権者の利益も考慮する場面に突入するのでしょうか。
裁判所の判断
裁判所は、被告の主張を退けました。
まず、コモンロー上の義務については、会社の債務超過前においては、債権者の利益を考慮し、適切な重みづけを行い、株主の利益と対立する可能性がある場合には、両者を均衡させる義務があると判断しました。
しかしながら、会社が将来のある時点で債務超過となる危険が現実的であり、遠因でないというだけでは、かかるコモンロー上の義務は発動しないと判示して、被告の主張を認めませんでした。
考察
コモンロー上の義務の発動に関するルール
裁判所は、本件のような、将来のある時点で債務超過となる危険が現実的であり、遠因でないという事情の下では、債権者の利益を考慮すべきコモンロー上の義務は発生しないと判示しており、判決としてはそれで足ります。
しかし、本件は、最高裁が会社法s. 173(3)について、債権者の利益を考慮すべき事態について判断を下した初めてのケースとされており、事案の重大性から、本件の判事たちは、次のように提唱しています。
Briggs卿、Kitchin卿、及びHodge卿
この判決、450パラグラフもあって途轍もなく長いので、正直に言って全部読めていないのですが、他の評釈を含めると、上記3名の判事は、次のようにルールを定立していると思います。
Reed卿、Arden卿(*3)
他方で、上記2名の判事は、上記のルールを次のように修正しています。
もっとも、取締役の認識と言う主観的要素が不要だとは述べておらず、別の機会に十分検討すべきであると述べています。
倒産法上の債権者保護との関係
Insolvency Act 1986でも、日本の倒産法にいう偏頗行為や詐害行為を規制しており(*5)、これらの規定と、本件のコモンロー上の義務との関係も気になるところです。
この点について、両社は、両立しないものではないし、相容れないものでもないと判断されています。
まとめ
今回は、取締役の会社の成功を促進する義務について、株主のみならず会社債権者の利益も考慮しなければいけない場合について判断が下された判例を紹介しました。
次のとおり、まとめます。
お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 BTI 2014 LLC v Sequana SA and others [2022] UKSC 25
*2 長期偶発債務について、判決文では「environmental clean up costs」と表現されています。A社は事業会社ではなく、environmental cleasn up costsを将来的に負担する可能性があるために存続していたに過ぎない、とも言われており、おそらく、不動産の取引に関して、有害廃棄物などを除去する潜在的な義務を負っていたものと解されます。
*3 判決によれば、原告は、債権の譲受人です。
*4 このnoteでは、称号がLordのときは「卿」と訳しています。女性の場合はLadyとなるため、原文ではLady Ardenなのですが、調べてもLadyをどのように訳すべきか分かりません、、。暫定的に女性の場合も卿にしています。
*5 s. 214, 239
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