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【英国LLM留学】修士論文を書き上げるまで#3

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

ぼくは、イギリスに留学中の弁護士です。
2023年にキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のロースクール(LLM)を修了し、現在は、ロンドンの法律事務所に出向中です。

今回で3回目となる、修士論文(dissertation)を完成させるまでの記録です。これまでの記事はこちら。

前回は、修士論文の主張(thesis)を決めて、指導担当教授が決まるまでのことを書きました。今回は、研究計画書を提出するところまでを振り返りたいと思います。


2023年1月:Term 1のテストと英国弁護士試験の勉強に追われる

修士論文とはあまり関係ないですが、前回2022年12月末まで振り返ったところで終わったので、2023年1月から始めます。

KCLは、Term 1のテストが1月初旬から中旬にかけて実施されます。また、ぼくは、留学中に英国弁護士(ソリシター)の資格を取ることを目標の一つにしており、その一次試験が1月末に控えていたので、この頃は勉強が忙しく、修士論文関連の作業は全く手を付けられていませんでした。

ちなみに、英国弁護士の試験に力を入れ過ぎてTerm 1のとある科目の勉強がおろそかになり、Fail(不可)をくらいました。大学院で学ばれる皆さまは、是非とも他山の石としてください。

2023年2月:研究計画の作成

1月は慌ただしく過ぎていき、2月に入ります。テスト勉強に追い立てられていた日々が終わり、Term 2の授業が本格的に始まりました。

同時に、修士論文の作成のためにKCLが設定したマイルストーンの一つとして、2月27日の研究計画の提出の期日が迫ってきました。

研究計画とは?

その名前からイメージできるとおり、修士論文を作成するに当たっての計画です。ほかの大学院やKCLの他の専攻でこのような資料の作成を求められるのかは分かりませんが、少なくともKCLのロースクールでは、提出が求められました。

内容は、次の3点です。これを1500字以内でまとめます。

① 研究の概要
② 利用する主要な情報源(5つまで)の詳細な説明
③ その他の情報源のリスト

①についてもう少し詳しく説明すると、学生課から配布されたガイダンスによれば、「学術的な文章で、どの情報源(判決、法令、学術論文、書籍など)を参照したかを示すこと」、「これらの情報源が研究計画の策定にどのように役立ったかを含めること」などと書かれていました。あとは、研究の方法についても記述することが求められています。

このように書くと、結局何を書いたら良いのか分かりにくいですが、配布された研究計画のサンプルを見るに、実際のところは、アブストラクト(論文の要旨)に近いことが書かれていました。

というわけで、ぼくは、①の研究の概要を、要するにアブストラクトのようなものを書けば良いのだと(半ば強引に)考えて、研究計画書の作成に取り掛かりました。

修士論文のthesis(主張)を膨らませる

アブストラクトとは、学術論文の冒頭に置かれる、論文の要旨をまとめたものです。字数に関するルールはたぶん無いと思いますが、だいたいどの論文も300 wordぐらいでまとめているように感じます。

では、どのようにアブストラクトもどきを書いていけばよいのでしょうか。ぼくは、やはり修士論文のthesis(主張)(*1)に立ち戻るべきだと思います。

論文とは、つまるところ、thesisを説得的に論じるための文章です。そのため、研究計画のアブストラクトもどきの作成にあたっても、thesisを説得的に論じるには、どのように肉付けをしていけば良いか、という観点で構想を練るべきだと思ったからです。

ぼくのthesis(仮)を再掲します。

日本において規制のサンドボックスの利用が進んでいないのは、イギリスと異なり、テストの実施が既存の規制法令に違反する場合には、制度の利用が認められないからである。

規制のサンドボックスの詳細は、前回と前々回のエントリーを参照して頂ければと思います。

ぼくがthesis(仮)について感じていたのは、「既存の規制法令に違反する場合に規制のサンドボックスの利用が認められない」という日本の制度の特徴が、本当に企業の参加意欲を削いでいるのか、ということでした。

裏を返せばこうも言えます。

ーー既存の規制法令に違反しない事業を行う場合であっても、企業はやはり規制のサンドボックスを利用したがる。したがって、日本で規制のサンドボックスの利用が進んでいないのは、既存の規制法令に違反する場合に制度の利用が認められないからではないーー

このような反論を封じないといけないと思ったのです。

古今東西、あらゆる政策にには目的があるはずで、それは日本の規制のサンドボックスも例外ではありません。

では、日本ではどのような目的で規制のサンドボックスが導入されているのでしょうか。

日本の制度をもう一度読み込む

というわけで、所管官庁である内閣府が規制のサンドボックスについて最も細かくまとめている以下の資料に戻ることにしました。

※ 画像からもPDFのリンクに飛べます。
ttps://www.cas.go.jp/jp/seisaku/s-portal/pdf/underlyinglaw/sandboximage516.pdf

読み進めてみると、2ページに早速それらしい記述が出てきました。

2頁目 - 赤枠はぼくによるものです。

この後3, 4頁にも詳しい趣旨の説明がありますが、赤枠の部分に、行政側の思うところがよく表現されています。

日本では、市場との対話・実証による政策形成のために、規制のサンドボックスが設けられているように思われるのです。

これって、企業側にとってメリットになのでしょうか。しいて言うなら、規制当局との対話を通じて、自らのビジネスに有利なように規制を変更できる可能性があるということは言えそうです。

しかし、前回、前々回で触れたように、規制のサンドボックスへの参加者として想定されるのは、主にスタートアップ企業です。規制の変更には基本的に長期間を要するところ、彼らのように、常に資金繰りの問題に直面し、胃が灼けるような状況下で、一刻も早く商品・サービスを市場に投入したいと考えている企業にとって、規制当局と対話できることに大きな価値を見出すとは、ぼくは思えませんでした。

もちろん、実際に問題にすべきは、制度の目的それ自体ではなく、その目的実現のために設計された実際の各規制ですが、アブストラクトもどきの段階では、制度の目的に触れるだけで足りるだろうと考えました。

文献も探してみる

ここまで書いたようなことだけでも、日本の制度が企業にとって魅力に乏しい可能性は説明でき、「日本において規制のサンドボックスの利用が進んでいないのは、既存の規制法令に違反する場合に制度の利用が認められないからではない」という論への反駁は一応可能だろうと思いました。

もっとも、実際に企業の声を拾い上げている資料があれば、強力な補強材料となると思い、文献を当たってみます。

なお、KCLでは、大学図書館のWEBサイトでの文献の検索が可能であり、かつ、大多数の文献はウェブ上での閲覧可能です。そのため、調べものでわざわざ図書館に足を運ぶ必要はなく、家のパソコンの前ですべての作業が完結しました。

検索ワードに「regulatory」「sandbox」を含めたいくつかのパターンで検索を行い、正確な数は覚えていませんが、100個以上の論文のアブストラクトを確認したと思います。

そして、ようやく、使えそうな論文を見つけました。これは、イギリスのフィンテック企業に対するアンケートとインタビューを行い、新技術をめぐる規制の意思決定における利害関係者の参加の促進要因についてまとめたものです(*1)。

この論文によれば、イギリスの規制のサンドボックスの利用に前向きな回答をした企業のうち、当局の政策に与えることを目的として参加をしようと考えている企業はゼロであったとされています(*3)。

調査のサンプル数が少ない点、日本の制度についてのアンケート・インタビューに関するものではない点は、補強が必要だと思うもの、ぼくのアブストラクトもどきの助けになってくれると思えました。

Thesisの改良

ここまで書いたように、研究計画のアブストラクトもどきの構想の過程で、日本の規制のサンドボックスの制度趣旨が企業にとって魅力的ではないという事実が主張できそうなことが分かりました。

これをどのようにthesisに組み込もうか迷ったのですが、研究計画の段階では、次のように、thesisを改良することにしました。

Thesis(仮)改良版:
日本において規制のサンドボックスの利用が進んでいないのは、イギリスと異なり、(i)テストの実施が既存の規制法令に違反する場合には制度の利用が認められないし、(ii)市場との対話・実証による政策形成という制度目的が企業にとって魅力的ではないからである。

政策の目的が市場のニーズとアンマッチであるというのを、日本で規制のサンドボックスの利用が進んでいない第二の理由に据えました。

なお、書き忘れていたことに気づいたのですが、イギリスの規制のサンドボックスの当初の主たる目的は、革新的なビジネスの市場投入に要する時間とコストの削減です(*4)。その後、市場との対話による政策形成も意識されるようになっています。

2023年2月27日:研究計画の提出

こうして、改良されたthesisに基づきアブストラクトもどきである研究の概要を準備して、これに利用する主要な情報源の注釈と、その他情報源のリストを作成して、研究計画をまとめました。

字数の上限が1500 wordsであったところ、全部で1000 wordsぐらいに収まりました。下限は設定されていなかったので、多少短くても良いだろうと思い、そのままポータル上で提出を済ませました。

結局、期限ぎりぎりに提出したと記憶しています。

小括

今回も長くなってしまいました。
さすがに次回で、最後の修士論文提出のところまでまとめるつもりです。

当時の自分の思考過程をたどってみたら、色々と突っ込みどころがありますね。あのときは、非の打ち所のない研究計画だと思っていたのですが、、(笑)

とはいえ、「このような流れで修士論文を書きました」というありのままの記録の方が皆さまの役に立つだろうと思い、そのまま書き連ねました。ぜひ、参考になりそうなところだけ、参考にされてください!

このエントリーがどなたかのお役に立てば、嬉しいです。
また次回もよろしくお願いします!

追記:次回はこちら


【注釈】
*1 一応、"thesis"には「主張」という訳を当てていますが、ぼくは英語でしか修士論文の書き方を教わったことが無いので、この訳で果たして正しいのか分かりません。もし、相違あればご遠慮なくお知らせください!
*2 Lauren A. Fahy, 'Regulator Reputation and Stakeholder Participation: A Case Study of the UK’s Regulatory Sandbox for Fintech' (2022) 13(1) European Journal of Risk Regulation 138
*3 ibid 150
*4 FCA, 'Regulatory sandbox lessons learned report' (2017) para 1.1


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このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


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