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【英国法】パッシングオフ ー不正競争防止法がない国のブランド保護ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日は、パッシングオフ(passing off)について、書きたいと思います。

コモンロー特有の概念であり、聞きなれない単語かもしれません。しかし、パッシングオフは、日本のとある法概念とよく似ています。

海外が関わる法律事務を担当していると、単に言葉の翻訳ではなくて、「日本のこの制度は、この国ではこういう制度に該当します。」といったような概念の翻訳が必要になる場面がよくあります。

パッシングオフは、その一場面だと思いますので、本日ご紹介します。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


パッシングオフとは?

実は、パッシングオフに確立した定義はないと言われています。かわりに、この法概念の根底にある原則として、しばしば言及されるのは、Perry v Truefitt事件(*1)におけるLangdale卿のコメントです。

人は、自分の商品を他人の商品であると偽って販売してはならない。そのような欺瞞を行うことも、その目的に資する手段を使用することも許されない。したがって、自分が販売する商品が他人の製造物であると信じさせるような名称、標章、文字その他の表示を使用することは許されない。

不正競争防止法を見てみよう

どうですか、上記のLangdale卿のコメント、日本の不正競争防止法を思い出さないでしょうか。特に、第2条1項1号の周知表示混同惹起行為の定義を見てください。

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二(以下略)

冒頭では勿体ぶってしまいましたが、パッシングオフは、英国などのコモンロー国家における、不正競争(特に周知表示混同惹起行為)に非常によく似た概念です。

実は、イギリスには、日本でいう不正競争防止法に相当する制定法がありません。日本のほか、ドイツなどのEU諸国の中にも、不正競争を定義して、制定法により一般的にきんししている国がそれなりにあります。

このような背景から、似たような機能を営むパッシングオフが、不正競争防止に関する一般法になりつつあるという議論があったようです(*2)。

古典的三位一体(The classical trinity)

先ほどパッシングオフの確立した定義はないと言ったものの、パッシングオフが成立するための一般的な要素は確立しています。その要素が三つあることから、古典的三位一体などと言われることがあります。

パッシングオフの三要素:
① 請求者がグッドウィル(goodwill)を有していること
② 相手方が公衆の誤認を惹き起こす不実表示(misrepresentation)を行ったこと
③ 請求者のグッドウィルが不実表示によって損害を被ったこと

やはり、周知表示混同惹起行為の成立要件に似ていますね。

ちなみに、goodwillをどう訳すか迷いました。会計では、のれんと訳すという理解ですが、それもパッシングオフの文脈だとちょっと違うように感じたため、そのままグッドウィルとしています。

カタカナにすると分かりづらいですが、とある事件(*3)での判決文から引用して、ビジネスの良い名前、評判、つながりがもたらす利益と利点であり、顧客を引き寄せる魅力などと説明されることが多いです。

外国企業がイギリスでパッシングオフに基づく請求を行う場面

日本の不競法の周知表示混同惹起行為に基づく差止めや損害賠償が、商標権侵害のそれらと競合する場面が非常に多いように、パッシングオフに基づく差止め請求や損害賠償請求も、商標権侵害に基づく請求と競合することが多いです。

たとえ世界的にはブランドを確立している大企業であっても、様々な理由でイギリスでの商標登録が十分ではない状況はありそうです。

このような状況の下で、外国企業が、イギリスでブランド価値を貶めている業者を発見したものの、商標権侵害に基づく請求が立たないことが見込まれるゆえに、パッシングオフに基づき法的措置をとることが考えられます。

その外国企業が、まったくイギリス進出の見込みがないならまだしも、将来的に又は近いうちにイギリスでの事業開始を予定している場合には、法的措置を取るべき緊急性は高いように思われます。

もっとも、そこで問題となるのは、イギリスでのグッドウィルを立証できるか否かです。

以下では、世界的なグッドウィルを有している外国企業が、パッシングオフに基づき差止め請求などをする際に、イギリスでのグッドウィルを立証できそうか否かを、いくつかの場面ごとに考えていきたいと思います。

① イギリスでの営業活動の実態がある

この場合、外国企業は、グッドウィルの立証に成功する可能性が高いです。

まあ、当たり前と言えば当たり前なのですが、この営業の実態については、かなり柔軟に判断されており、がっつりイギリスに根付いて営業を行っていることまでは、要求されていません。

例えば、Sheraton事件(*4)では、シェラトンホテルは、事件当時イギリスでホテルを営業していなかったものの、ロンドンに事務所を構えたうえで、イギリスの旅行代理店を通じて、海外のシェラトンの予約が頻繁に行われていました。

このような状況の下で、裁判所は、シェラトンホテルがイギリスでグッドウィルを有していることを認定しました。

② イギリスでの営業活動の拠点は無いが、顧客はいる

この場合も、外国企業は、イギリスでのグッドウィルが認められる可能性が高いです。

近年の著名判例であるStarbucks (HK) Ltd v British Sky Broadcasting Group事件(*4)において、最高裁は、請求者がグッドウィルの存在を主張する管轄区域において顧客を有していることを示さなければならない一方で、当該法域に事業所や事務所がある必要はないと判断しました。

つまり、外国企業がイギリスでのグッドウィルを立証するに当たり、イギリスに拠点を有してることは必須ではないということです。

③ イギリスに顧客もいないが、よく知られている

この場合は、残念ながら、外国企業はイギリスではグッドウィルを持っていないと判断される可能性が高いです。

なぜなら、前出のStarbacks (UK)事件で、最高裁判所は、管轄区域内において単なる評判を得ているのみでは、グッドウィルを認めるに足りないと判示しているからです。

この判例に従うと、イギリスに顧客がおらず、単によく知られているだけでは、グッドウィルは認められないものと思われます。

④ 周知商標に関する権利の侵害である場合

1994年商標法(Trade Mark Act 1994)のs. 56は、周知商標(well-known trade mark)の保有者に、同一又は類似の商品・役務に関して、同一又は類似の標章の使用を差し止める権利を与えています。

したがって、仮に③のケースのように、イギリスに顧客がいない場合であっても、上記s. 56に従って周知商標の侵害と言える場面であれば、同一又は類似の標章の差止請求が認められる可能性があります。

もっとも、周知商標に与えられる保護は例外的なものとされており(*6)、あまり利用されていません。

日本の不競法2条1項2号の著名表示冒用行為にちょっと似ているかもしれません。ただ、1994年商標法のs. 56は「同一又は類似の商品・役務に関して」という縛りがあるぶん、日本の方が保護の範囲は広いですね。もちろん、著名表示と周知商標のそれぞれの認定のされやすさ次第だとは思いますが。

おわりに

いかがだったでしょうか。
本日は、パッシングオフについて書きました。

以下のとおり、まとめます。

・ パッシングオフとは「自分の商品を他人の商品であると偽って販売してはならない」という原則が根底にある不法行為であり、日本の不正競争(特に周知表示混同惹起行為)と似た法概念である

・ パッシングオフの三要素:
① 請求者がグッドウィルを有していること
② 相手方が公衆の誤認を惹き起こす不実表示を行ったこと
③ 請求者のグッドウィルが不実表示によって損害を被ったこと

・ 外国企業がイギリスでパッシングオフに基づく請求を行う場合:
・・ イギリスでの営業活動の実態あり→〇
・・ イギリスでの営業活動の拠点は無いが、顧客はあり→〇
・・ イギリスに拠点も顧客もいないが、よく知られている→✕

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 Perry v Truefitt (1842) 6 Beav 66, 49 ER 749
*2 もっとも、この議論に、英国の裁判所は強く反対しています(L'Oreal v Bellure [2007] EWCA 968)
*3 Inland Revenue Commissioners v Muller & Co’s Margarine Ltd [1901] AC 217
*4 Sheraton Corporation v. Sheraton Motels [1964] RPC 202
*5 Starbucks (HK) Ltd v British Sky Broadcasting Group Plc [2015] UKSC 31
*6 Case C-375/97, General Motors v. Yplon SA [1999] ECR I–5421


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