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【英国判例紹介】King v Dubrey ー死因贈与の法理ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、King v Dubrey事件(*1)です。

本件は、donatio mortis causaと呼ばれる例外的な事情の下で認められる死者の財産の移転に関して、詳細な検討を加えた判例です、この相続は頭文字をとってDMCとしばしば呼ばれるのですが、このエントリーでは、死因贈与と呼びたいと思います。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

ロンドン郊外に一人暮らしをしていた動物好きの老人

ジューン・マーガレット・フェアブラザーは、長年にわたり警察官を勤め上げた後、ロンドンの北にあるパーペンデンという街で一人暮らしをしていました。ジューンは、何年も前に離婚しており、子供はおらず、多くの猫と犬を飼いながら暮らしていました。

ジューンは、1998年3月20日、遺言を作成します。その内容は、自宅(評価額£350,000)を含む遺産の大部分を、7つの動物愛護団体に遺すというものでした。

刑期を終えた甥の来訪

2007年夏、ジューンの甥であるケネス・ポール・キングが彼女の家に身を寄せることになります。彼は、破産宣告を受けて取締役になれない状況あったにも関わらず、とある建設会社の取締役として活動を行ったことから禁固12か月の有罪判決を受けて、出所したばかりでした。

この頃、ジューンは加齢により痩せ衰えていました。ジューンは、ケネスとの間で、彼が必要に応じてジューンの世話をする代わりに、彼に対して住む家と生活費を提供するという約束を交わします。

新たな遺言(?)

ケネスの主張によれば、2010年11月頃、ジューンは彼に対して、自宅不動産の権利証を渡して、「私がいなくなったら、これはあなたのものになる」と言いました。これを聞いたケネスは、権利証をタンスにしまいます。

また、ジューンは、2011年3月、ケネスがインターネットからダウンロードした書式を使い、遺言書を作成しました。ここには次の内容が含まれていました。

私は甥のケネス・ポール・キングに、ハーペンデン、キングクロフト・ロード12番地にある私の財産、および私の全財産を絶対的に与える
私の愛犬ティンカー、ボニー、パッチと愛猫ブラッキーとケイティの世話を、彼らが死ぬまでしてくれることを望む。

もっとも、この「遺言書」は、法定の要件(*2)を具備しないものでした。

ジューンの死

それから1か月もしない内に、ジューンは亡くなります。

ケネスは、ジューンの犬たちの世話をすることはありませんでした。他方で、ケネスは、彼女の不動産については権利を主張します。そのため、当初の遺言に基づき財産を相続する予定であった動物愛護団体らとの間で紛争が生じます。

第一審では、ケネスの主張が認められます。そこで、動物愛護団体らが控訴しました。

争点:死因贈与の成否

遺言は有効ではなかったが、、

前述のとおり、ジューンが亡くなる1か月前に作成した遺言書は、法定の要件を具備していませんでした。

日本の自筆証書遺言などと具体的な要件は違えど、英国法の下で有効に遺言を行うためには、いくつか要件があります。重要な要件の一つに、遺言の作成者が、二人以上の証人の面前で、遺言書に署名するかその署名が自身のものであることを認めなければならないというものがあります。判決文に明記はされていませんが、この要件を欠いていたのではないか思われます。

ケネスに全財産を相続させることを書いた遺言は無効であり、1998年3月20日に作成された遺言に基づいて相続財産の譲渡が行われることになります。

死因贈与の要件

遺言が無効であるにもかかわらず、ケネスはどのような論理構成て不動産についての権利を主張し得たのでしょうか。お気づきのとおり、彼は、死因贈与に基づき、不動産に対する権利を主張しました。

判決の一部先出しになってしまいますが、死因贈与は次の要件のもとで認められ得ます。

死因贈与の要件:
① ドナーが間近に迫った死を予期していること
② ドナーは贈与の目的物に対する支配権をレシピエントに引き渡したこと
③ ドナーが予期していた死亡が発生したこと

つまり、ケネスは、「ジューンが、2010年10月に、その死を予期して(①)、自宅不動産の権利書をケネスに引渡し(②)、その後死亡した(③)」ものとして、自宅不動産について死因贈与が成立したと主張したのです。

裁判所の判断

裁判所は、ジューンの死因贈与を認めませんでした。

次のように、上記①の要件が充足されていないと説明しました。

ジューンが当時、死期が迫っていたとは言えない。彼女は致命的な病気に苦しんでいたわけではない。危険な手術を受けようとしていたわけでも、危険な旅に出ようとしていたわけでもない。もしジューンが既存の遺言に不満があり、突然すべてを請求者に遺したいと思ったのであれば、彼女がすべきことは、弁護士に相談し、新しい遺言を作成することである。ジューンは聡明な元警察官だった。彼女がそのような手段を取るべきでなかった理由は微塵もない。

考察

死因贈与の認定の厳格性

ジャクソン判事は、次のように述べています。

死因贈与の原則は、3つの要件が満たされた場合にのみ適用される。この法理は濫用される可能性があるため、裁判所は、これらの要件が満たされていることの厳密な証明を求めるべきである。裁判所は、この法理をこれ以上拡大することを許すべきではない。

これは多くの人が頷ける説示だと思います。例えば、もし死因贈与が簡単に認められるとすれば、遺言のように2名以上の証人の同席を必要とせずに、内密に遺言をひっくり返せてしまいます。

その意味で、本件で、ジューンが年老いて弱っていたとはいえ、安易に①の要件を認めなかったのは賛成できます。

死因贈与の多寡は認定に影響するのか?

ケネスが死因贈与を受けたとして争っていたのは、ジューンの遺産の大部分を占める高額な不動産です。

もし、本件で安易に死因贈与を認めてしまうと、適式な手続を踏んだ遺言が覆滅されることに対する懸念が大きい事案でした。死因贈与の要件認定を厳格にすべしという考えは、この懸念があるからこそ、説得性が更に増していると言えます。

もし、本件の事情とは異なり、ドナーの死因贈与が、全体の遺産に比して僅少だった場合はどうでしょうか。

もちろん、厳格は認定にすべきと言う点は変わらないのですが、ドナーが死因贈与を行うことの不自然さは緩和され、死因贈与を受けたと主張する者にとって事実上、有利に働くようにも思います。

ドナーが予期していた死に方である必要はない

本件に関連する事件として、ドナーが予期していた不治の病ではなく、肺炎で死亡したというケースがあります(*3)。

この場合であっても、上記③の要件は満たされます。ドナーが差し迫った死亡を予期して行われる限り、予期されていた特定の方法で死亡するかどうかは問題ではないと一般に理解されています。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、死因贈与に関する近年の判例を紹介しました。

以下のとおり、まとめてみます。

・ 遺言によらずとも、死因贈与によって、死亡した者の財産が移転する場合がある
・ 死因贈与の要件:
 ① ドナーが間近に迫った死を予期していること
 ② ドナーは贈与の目的物に対する支配権を引き渡したこと
 ③ ドナーが予期していた死亡が発生したこと
・ 死因贈与の認定は厳格になされる

ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 King v Dubrey and others [2015] EWCA Civ 581
*2 S. 9, Wills Act 1837
*3 Wilkes v Allington [1931] 2 Ch 104, 100 LJ Ch 262


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