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【英国判例紹介】Autoclenz v Belcher ー労働者の契約の合目的的な解釈ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Autoclenz v Belcher事件(*1)です。

この事件は、労働者の契約に関して、英国の裁判所における契約解釈の基本的なルールに例外を設けたものです。この例外的な解釈手法は合目的的アプローチ(purposive approach)と呼ばれています。

今回のケースは、最高裁事件の割に判決文が簡素で、論旨も分かりやすいと思うので、気楽に読んでもらえればと思います。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

オートクレンツ社(被告)は、自動車小売業者などに自動車のクリーニングサービスを提供する会社です。同社は、とあるカーオークション企業との間で、さまざまな場所での車両清掃に関する契約を結んでいました。本件の原告は、ダービーシャー州の客先の拠点で自動車清掃サービスに従事していた20人の清掃員です。

清掃員たちは、オートクレンツ社との間で契約書を交わしており、清掃員がオートクレンツ社の下請負業者であることが明記されていました。それだけではなく、一般的に自営業者に見られるような特徴、例えば、必要な資材は自身で用意すること、業務の遂行のために代理人を提供してもよいこと、清掃員はオートクレンツ社に役務を提供する義務はなく、逆にオートクレンツ社も清掃員に対して仕事を提供する義務もないこと、などが定められていました。

しかし、実際には、オートクレンツ社は、清掃員に対して仕事の進め方を指示しており、清掃用具を提供し、賃金を決定し、請求書を作成し、かつ、清掃員が休む時は事前の通知を要求していました(*2)。

このような状況を背景に、清掃員たちは、請負業者ではなく「労働者」であり、最低賃金以上の賃金の支払いを受け、また、有給休暇を取る権利があると主張して、労働審判所に申立てを行います。

事件は控訴審判所、控訴裁判所へと進み、最終的には最高裁判所へと持ち込まれることになります。

争点:本件の清掃員は「労働者」か?

オートクレンツ社の意図

詳しく書くまでもないかもしれませんが、なぜ、オートクレンツ社は、清掃員たちを下請負業者の地位に置こうとしたのでしょうか。

理由は、端的にコストや義務の回避・削減だと思われます。

本件で、清掃員が最低賃金の話を持ち出していることからすれば、オートクレンツ社は、最低賃金未満で、清掃員たちを使っていたことが推測されます。

"Employee", "Worker", and "Self-employed"

英国法の下では、契約の相手方に役務を提供する者について、その形態を上記の3つに分類することが一般的です。

従業員(employee)は、雇用契約の下で労務を提供する者であり、雇用主は、社会保険の負担や出産手当金を支払う義務を負うことになります。

他方で、自営業者(self-employed)は、発注者との関係で独立した当事者であり、いつ、どこで、誰のために、どのように稼働するのかを自由に決定できる立場の者です。指揮監督を受けない代わりに、社会保険は自らが負担することになりますし、各種手当金を要求する権利もありません。

その中間的な位置づけにあるのが、労働者(worker)であり、従業員よりも保護に劣る面はありつつも、最低賃金の適用があり、また、有給休暇もあります。本件では、清掃員たちがこの労働者に該当するのかが、中心的な争点となりました。

裁判所の判断

裁判所は、オートクレンツ社の主張を退け、清掃員たちが「労働者」であると認定しました。

判決では、次のように述べられています。

状況によっては、労働審判所は、書面による合意の条件を無視し、その代わりに文書が当事者の真意を反映していないという認定に基づいて判決を下すことができる。

Paras 17-19

本質的な問題は 「当事者間の真の合意は何であったか」であり、書面による合意内容が合意内容を表しているかどうかを判断する際には、当事者の相対的交渉力を考慮する必要があった。裁判所は、本件の控訴審判決で示されたような、合目的的なアプローチを採用すべきである。

Paras 29, 35

考察

合目的的アプローチの採用を明言

注目したいのは、裁判所が、労働者の契約の解釈に当たり、合目的的アプローチ(purposive approach)を取ることを明言したことです。

つまり、裁判所は、オートクレンツ社と清掃員の間で交わされた契約の真の合意は何であったか、という観点から契約の内容を解釈することを選択したのですが、判決ではこのように述べられています(太字はぼく)。

… [T]he true agreement will often have to be gleaned from all the circumstances of the case, of which the written agreement is only a part. This may be described as a purposive approach to the problem. If so, I am content with that description.

Para 35

太字の部分を訳すなら、「これは合目的的アプローチと言えるかもしれない。もしそうなら、わたしはその言い方に満足している。」と言う感じでしょうか。少し、含みのある言い方じゃないでしょうか。

書面で合意した条項と矛盾する条項を契約に含めることは不可能である

もし、裁判所が契約の解釈に当たり、合目的的アプローチを当然に採用することが出来るのであれば、上記のような言い方をする必要はありません。黙って合目的的アプローチに従って解釈を行い、その結果を判決で述べればいいだけです。

ぼくも持って回った言い方をしてしまっていますが、要するに、合目的的アプローチは、裁判所にとってイレギュラーな解釈手法です。

では、なにがレギュラーな手法かと言うと、裁判所は、基本的に契約書の記載を前提に、当事者の契約内容を解釈します。「契約書にはAと書いてあるが、当事者の合意は(Aと矛盾する)Bである。」という風には解釈しないというわけですね。

その理由は、契約書の記載(=当事者が明示的に合意した条件)と矛盾する内容を契約に含めることは論理的に不可能だからです。もし、そのようなことがあるとすれば、契約書の内容が当事者の真の意思を反映していない場合だけです。

本件の判決の中で、裁判所は、このような真の意思を明らかにしようとする試みを合目的的アプローチを表現しています。

なぜ合目的的アプローチが取られたのか?

判決文の34段落では、このように書かれています。

仕事の提供に関する契約を締結する場面は、対等な力関係にある当事者間で商事契約が締結される場面と大きく異なることが多い。

企業は、個人に対して、基本的に強い立場にあり、仕事を貰わなければいけない個人が、不利な条項を押し付けられることがしばしばあります。

このような力関係の不均衡のもとでは、契約書の内容が当事者の真の意思を反映していない場合があり、それゆえに、裁判所は、合目的的アプローチを積極的に採用したのだと思います。

まとめ

いかがだったでしょうか。

本日は、労働者の契約に関する裁判所の解釈に関する判例を紹介しました。

以下のとおり、まとめてみます。

・ 労働者の契約については、当事者の真の合意を、事件のあらゆる状況から導き出さなければいけない(合目的的アプローチ)
・ 裁判所が合目的的アプローチを採用する背景には、当事者の力関係の不均衡がある

ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Autoclenz Ltd v Belcher and others [2011] UKSC 41
*2 これらの事実は、争いのない事実と言うよりは多分に裁判所の事実認定を含んでいます。そのため、もしかしたら、事案の概要でこのような説明をするのは不適切なのかもしれませんが、ここを厳密に書くと、かえって分かりづらくなると思いましたので、事案の概要のところで先出ししてしまいました。ご容赦ください。
*3 ここで清掃員が主張する「労働者」とは、1999年全国最低賃金規則(National Minimum Wage Regulations 1999)及び1998年労働時間規則(Working Time Regulations 1998)における労働者を意味します。


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