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【英国法】株式会社の組織・運営に関する日英比較#1 ー基本的事項、株式ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日は、株式会社の組織・運営に関する日英比較について、書きたいと思います。

日本は大陸法(シビルロー)、イギリスはコモンローというそれぞれ異なるバックグランドを持った法制度を有していますが、会社法に関しては、土地法や信託法に比べると、かなり似通っています。おそらく、日本の会社法が多分にアメリカを参考にしているからだと思います。

とはいえ、両者には細かなところで違いがあり、その細かな違いが、意外と英国の現地法人の担当者を悩ませているかもしれません。

そこで、今回は、日本及びイギリスの会社の大多数を占める非公開の株式会社を念頭において、主要な点について両者の比較をしていきます。

当初は簡潔にまとめる予定だったのですが、書き始めると意外とボリュームが嵩んでしまったので、まずは、第1回として「基本的事項」と「株式」に関して紹介したいと思います。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


イギリスの株式会社

2006年会社法

イギリスにおける会社法に関する主要法令は、2006年会社法(Companies Act 2006)(以下「CA 2006」)です。

会社の設立に関する基本的事項は、第2章(s. 7~16)に規定があり、定款(Articles of Association)に関する第3章(s. 17~38)に続きます。会社の機関設計に関する事項のほとんどは、この第2章と第3章に書かれています。

Private Limited Company by Share

日本の非公開株式会社と似た特徴を持つイギリスの会社形態は、非公開株式有限責任会社(private limited company by share)です。

日本企業がイギリスにおいて別個の法人格を有する拠点を設立する場合、ぼくの感覚として、ほぼ全てのケースで非公開株式有限責任会社が選択されます(*1)。

今回は、日本の非公開株式会社との相違点を見ていくにあたっては、この非公開株式有限責任会社(以下では、単に「非公開会社」と表現します)を念頭に置きたいと思います。

モデル定款

CA 2006は、モデル定款を定めており、会社の設立時に別段の定款を置かない限り、このモデル定款が会社の定款となります(*2)。

イギリスの非公開会社のほとんどは、モデル定款を採用しています。日本企業が子会社として非公開会社を設立するときも同様です。

したがって、以下の日本の非公開会社との比較は、基本的に、モデル定款の規定を念頭に置いていますので、その点ご了承ください。

なお、モデル定款は、こちらのイギリス政府のサイトに載っています。

日本公証人連合会の定款記載例

日本には残念ながら、イギリスのモデル定款のようなデファクトスタンダードとなっている定款のテンプレートはありません。ここでは、比較的多くの企業が採用していると思われる日本公証人連合会の定款記載例をベースにしたいと思います。

なお、こちらの定款記載例は、非公開株式会社の規模に応じて三つのひな型が置かれていますが、ここでは、「2 中小規模の会社」を念頭に置いて話を進めていきます。

基本的事項

商号

イギリスにも、会社の商号に関するルールがあります。基本的には日本と同様の趣旨(例えば、不正な目的や誤認の防止、公序良俗に反する等)でルールが定められています。

既存の会社に酷似した商号は認められませんので、会社の設立や名称変更の際は、こちらで確認しておくべきです。例えば、「ABC Ltd」という商号の会社を設立したい場合、ABC Ltdを入力すると、酷似した商号の有無を教えてもらえます。

目的

日本では、会社は、定款に定められた目的の範囲内でのみ、有効な法律行為を行い得ます(*3)。この制限は、定款の規定ぶりを工夫したり、判例で柔軟な解釈が行われたりすることを通じて、事実上かなり緩和されているものの、会社の目的の範囲外の行為が無効となるという結論は変わりません。

他方で、イギリスでは、このような制限はなく、たとえ定款に目的が記載されていようとも、その記載を理由として会社の行為の有効性が問われることはありません(*4)。

なお、モデル定款には目的の記載はなく、CA 2006の下では、会社は目的を特に定めません。会社は、設立の際に、SIC Codeと呼ばれる業種コードを最大4つ選んで登録する必要がありますが、この業種と異なるビジネスを行っても、会社の行為の効力に影響を及ぼしません(*5)。

本店所在地

日本では、会社の本店所在地は定款記載事項です(*6)。そのため、定款の本店所在地の記載を変更する場合には、総会特別決議が必要です(*7)。

これに対して、イギリスでは、会社の住所は登記事項ではあるものの、モデル定款でこれを定める必要はありません。

なお、会社住所の変更方法についてもモデル定款には定めがなく、取締役会決議により可能と考えられています。

原始定款の認証

日本では、設立登記に際して添付する原始定款について、公証人の認証が必要ですが、イギリスでは、そのような定めはありません。

株式

発行可能株式総数

日本では、基本的に発行可能株式総数を原始定款で定めており(*8)、定款記載例もそのようにしています(*9)。

他方で、イギリスでは、会社が発行可能株式総数を定める必要はなく、それゆえに定款に記載する必要もありません。

株券

日本では、会社は、株券を発行することができる旨を定款で定めることが可能です(*10)。これは裏を返せば、会社は原則として株券を発行しないことを意味し、定款記載例も、念のためその旨を明確にしています(*11)。

イギリスでは、株式を発行した際に、原則としてShare Certificateを発行しなければならず(*12)、モデル定款でも、会社の発行義務を定めています(*13)。

もっとも、ぼくは、Share Certificateと株券は似て非なるものと考えています。というのも、イギリスの会社の株式の譲渡は1963年株式譲渡法(Stock Transfer Act 1963)に基づいて、所定の譲渡証書により行われます。日本の株券発行会社の株式譲渡のように、株券の交付により譲渡が行われるわけではなく、Share Certificateを交付したところで、株主の権利は移転しません。

その意味で、イギリスでは、株券に相当する制度は無いと言えるのではないかと思います。

なお、Share Certificateには、印紙税(stamp duty)はかかりません。

株式の譲渡

日本の非公開株式会社は、その定義からして全ての株式の譲渡について会社の承認が要する会社を意味します(*14)。そのため、定款記載例では、基本的に、株式譲渡について取締役の承認を要求しています(*15)。

イギリスの非公開有限会社のモデル定款でも、株式の譲渡は、取締役の承認が必要な建付けとなっています(*16)。

株式の払込み

日本の株式会社の株主になろうとするものは、株式の払込金額の全額を払い込まなければなりません(*17)。日本では当たり前のことであり、わざわざ定款記載例にも規定されていません。

他方で、CA 2006は、割当に際して株主となろうとするものが払込金額の全額を払込むこと要求していません。もし、全額が払い込まれないまま会社が倒産した場合、株主は払込むべき残額の限度で責任を負うことになります。

もっとも、モデル定款では、設立時の発行以外の株式発行について、全額の払込を要求しており(*18)、設立時の発行に関しても、多くの設立時株主が全額を払込んでいるのが実情です。

おわりに

いかがだったでしょうか。
本日は、日英の株式会社の組織・運営に関する比較を行ってみました。

今回は基本的事項と株式について、主要なトピックに絞って議論しましたが、他にも細かいところで論点となるものもあります。基本的には、イギリスの方が、柔軟な組織設計が可能ではあるものの、不安な場合は、相談できる専門家に確認されるのが良いと思います。

また、次回もよろしくお願いします。

追記:第2回はこちら

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 もちろん、その後、イギリスの拠点が成長してロンドンでも上場することになり、公開責任有限会社(public limited company by share)となることはあり得ます。
*2 S. 20, CA 2006
*3 民法34条参照
*4 S. 39A, CA 2006
*5 もっとも、金融機関は、口座開設の際にSIC Codeを重視しているという噂があり、選択したSIC Codeによっては、口座開設を拒否されたり時間がかかったりすることがあるようです。
*6 会社法27条2号
*7 会社法309条2項11号
*8 会社法37条参照
*9 5条
*10 会社法240条
*11 6条
*12 S. 769, CA 2006
*13 S. 24, Model Articles
*14 会社法2条5号
*15 7条
*16 Art 26, モデル定款。なお、これは私見なのですが、CA 2006は、株式の譲渡制限の有無で公開会社と非公開会社を区別していないのではないかと考えています。つまり、理論上は、英国法の下では、株式の譲渡制限のない非公開有限責任会社も設計し得るのはないかということです。というのも、CA 2006は、非公開会社が株式の募集(offer to the public)を行うことを禁止するものの(s. 755)、非公開会社と公開会社の区別に関して株式の譲渡制限に言及していないからです。もっとも、非公開会社の性質上、通常は譲渡制限を付けるはずなので、実益のない議論かもしれません。
*17 会社法35条、63条、208条
*18 Art 21, モデル定款


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