初めての試合。

小学校3年生頃からテコンドーを習い始めて1年も経たない頃、初めての試合に出ることになった。当時は2週間に1度しか練習が無かった。


現在の自分から思い返すと、この試合は初めてと言う事もあったのか印象深く、そして1番試合その物に集中出来てたと今でも思う。この集中の度合いはテコンドーを続けてきた今までの十数年を振り返っても、初めて出たこの試合に勝るものは無いと思ってる。


試合当日…


時間ではなく、トーナメント方式で試合が進んでいくこの過程で自分は試合の番までのカウントダウンを図っていた。


あと何分ぐらいだろう?とかじゃない。試合が消化されていくごとに何か後ろから足跡を鳴らして巨大な物が近付いてくる。そんか感覚だろうか。


結局はこれを緊張と呼ぶ。当時の自分が緊張をちゃんと経験していた訳も無く、ただある体の変化に戸惑うしか出来なかった。初めての事だらけ。他にも起こっている変化をただ浴びるだけ。そこに認識された名前の付いている物は体だけ大きくなった現在の自分と比べて圧倒的に少ないのは言うまでもない。


そして自分の試合が始まる。とにかく心臓の音が大きい。いつもはもう少し外に散って、広がっている意識が自分にギューっと集まってくるような感じ。


コートの上に立ち、審判にコートの中心へ呼ばれる。セコンドの先生に送り出されて相手と対面する。


正直、相手の印象なんか覚えちゃいない。緊張感は限界まで膨れ上がっていた。


そこから礼をして審判が声をあげて試合が始まる。


2週間に一度の練習。自分は白帯で相手の子は帯に色が付いていた。多分自分はこのトーナメントの中で1番の素人だ。


そんな自分が出来ることは出来ることを必死にやるだけ。言葉で見たら構文にしか見えないがこれが簡単には出来ないのだ。てかそれしか選択肢が無いとも言える。物事を分かってくれば慣れてくれば、そうなる程に小細工を使えるようになる。小手先の物に頼ってしまう。


その必死の状態が良いとは言わないが大人になるとか物事を分かってくる慣れてくれば必死を避けるようになる。でもその必死さは自分を時には押し上げてくれる。


必死になれとは言ってない。ただ自分が思うのは必死にならきゃいけない瞬間って必ずあって、自分がやるしかない、自分がどうにかするしかない瞬間は何度も繰り返すが自分がどうにかすると言う構文以外に立ち向かう方法は無いのだ。


そう言うある種の不測の事態に逃げてる場合じゃない。テコンドーならそれこそ痛みを伴う。ボゴホゴに蹴られて腹や顔を滅多打ちにされる。当たり所が悪ければ大怪我をすることだってある。


僕は初めての試合でそれをなんとなく知ったのかもしれない。今はそれを知れてて良かったと思う。大人になってからこれを知るのは色々な邪魔が入りすぎる。自分も自分以外も手を組んで邪魔をしてくる。こう言うことはある程度、変な物を持ってない子供の時に経験しておくのは人生を振り返れば自分の性に合っていたように思う。


そんな必死だった自分はとにかく蹴りまくった。連続で蹴る練習はそれなりにやっていたので1発で終わらず、2発、3発と蹴ったり、お腹を沢山蹴っておいてたまに顔を狙うとかも練習してたのでそれらを駆使して必死に戦った。


リズムを変えたり、駆け引きなんか出来ない。タイミングもクソも無い。自分が攻めたら止まらない。それだけ。カウンターなんか取れるわけが無い。だから相手が攻めてきたり距離を詰めてきたらとにかく有耶無耶にする。ガチャガチャする。もう泥試合。綺麗になんて戦えない。


当時の正確なルールはもう覚えてないけど1ラウンド1分半を2~3ラウンドやるぐらいの感じ。


もう1ラウンド終わって肩で息をしてた。当たり前だ。必死なんだから。ラウンドの間にインターバルがあり、先生のアドバイスとか聞けるのだが、もう何言ってるのか分からない。でも話してると言うことをしてることだけは分かるから頷くだけ。それほどに初めての経験は幼き日の自分を消耗させた。だけど次のラウンドも動けるの?とかは頭に浮かびすらしなかった。根っから、やるしかないを遂行してる。そう言う方向性の純粋さあったのだと思う。


2ラウンド目も蹴り続けて1ラウンド目と流れは大きく変わることもなく終わり、自分は気が付けば勝っていた。試合が終わったことで自分の中のスイッチが切れていつもの自分に少し近くなった安堵を感じた後に勝ったと言う喜びが少しばかり後を追いかけてきた。


試合が終わり、親の元へ行く。特に何か声をかけられた記憶は無い。


自分の試合は終わってもトーナメントは次々と進んでいく。その中で自分から見ても明らかに強い子が居た。


その子は熊本から来てる子だった。


その子は圧倒的だった。相手は泣きながら試合をしていた。それほどに殆どなにもさせずにこのトーナメントで唯一と言って良い程にちゃんとテコンドーをやっていた。競技になっていた。カウンターを取り、タイミングを見計らって、時には駆け引きをして、攻める時は攻める。先生達も勿論、その試合を見ていて実際に頭1つ抜けてると話していた。


このまま行けば自分が次の試合を勝っていくと熊本の子と当たる。でも大きな恐怖や不安は無かった。それが湧いてくるほどテコンドーを理解してないから、自分が試合をしてたらどうなっていたかを想像することが出来ない。それが余計な事を考えないと言うメリットを自分に与えた。


そんなこんなで自分の2試合目が始まった。2試合目の相手は1試合目の子とやった時と流れはあまり変わらず自分がひたすら蹴り続けて、時にはガチャガチャして有耶無耶して2試合目も勝つことが出来た。


そしていよいよ熊本の子とやることになった。


正直、先生達は心配をしてた。そして僕が勝てないことも分かってた。それをうっすら僕は感じていた。しかしまだやられた訳じゃないし先にも言ったけどテコンドーの理解が無いから想像も出来ない。だから実感を伴わないけど先生達の空気だけ、それは感じていたと言う事実だけしかそこには無かった。なので自分の中で勝手に反芻することもなかった。


そんな中で試合は始まった。開始早々に分かってしまった。1試合目と2試合目でやった子達との違いが。自分がやることは変わってない。てか変えられない。それしか出来ないから。それが全く通用しない。と言うことは過去2戦の2人とは明らかにレベルが違うと言うこと。


連続で蹴る。掠りもしない。今までは連続で蹴ればどこかで蹴りを当てれた。それが無い。それどころか蹴りが返ってくる。そこからは早かった。カウンターと言う概念が存在しない僕にカウンターを容赦なく放ってきた。駆け引きをされて(多分駆け引きにすらなってない。単調なこちら側に合わせてただけだと思う)タイミングをズラされて、カウンターに萎縮したら容赦なく攻めてくる。顔、お腹を面白いように蹴られる。僕が攻めても攻めなくても蹴りが飛んでくる。僕も試合中に泣いてしまった。もうなんの涙が分からない。顔を蹴られる度に「ゴツン!」と言う鈍い音を自分の体の中で何度も聞き、蹴られた方向に一瞬にして視点を飛ばされる。


スマホで動画を撮っている時にそのスマホを落としてしまった時のような感じで顔を蹴られると自分の視界が振り回されて自分の目に写る景色に理解が追い付かない。


もう何が起きてるのか分からないけど痛いところを意識で追い続けて自分がどういう攻撃を受けてるのかを認識する。そんな時間が続いた。


こうしていつの間にか試合時間は終わり大差で判定負け。


今振り返れば良く、死ななかったなと思う。後、熊本の子は底を見せてない。僕が外から見た試合も実際に戦った試合もずっと余裕があった。


そしてその後も危なげなく試合をこなし、優勝をかっさらっていった。


正直悔しいとは思わなかった。でも徹底的に敗けを感じた。突き付けられた。あの時こうしておけばとか全く思えなかった。自分の持っている物の少なさのせいかもしれないけど敗けた事実以外に自分の中には無かった。どうしようもなかった。これは勝てない。本当にそう思った。それは意外にも清々しい物だった。その清々しさは相手の圧倒的な強さと、自分が出来ることだけはしっかりやった結果の物だったのかな?って思っている。


自分は熊本の子には負けてしまったが2回戦までは勝てたので3位で銅メダルを貰った。


トーナメントのシステムを良く理解してる訳じゃなかったから会場のアナウンスで名前を呼ばれた時は驚いた。表彰台に上がり、銅メダルを首にかけられて、賞状を貰った。


表彰台から降りて自分は熊本の子に声をかけた。「強いね」って。なんとも上からな自分笑 でも嫌な顔1つせずに言葉を返してくれた。なんて言われたかは覚えてないけど「そんなことないよ」とかそう言う類いの言葉だった気がする。


強くて人としても良い人だった印象だけは残ってる。もはやテコンドーも人としても小学生で括るのが無理がある程だった。


現在、その子がどうしてるかは知らない。でもそれ以来試合では見かけたことは無かった。



初めての試合編。閉幕。

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