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二谷英明のクールで知的なダンディズム

 二谷英明といえば、「マイティ・ジャック」(68年CX)の隊長・当八郎や、「特捜最前線」(77〜85年ANB)の特命課の課長・神代恭介である。いずれも冷静沈着、頼もしいオトナのイメージがある。

 だから「特捜最前線」終了後に、製作にも関わった『片翼だけの天使』(1986年・舛田利雄)で、ソープランドにハマってしまう作家を演じた時は、驚いた。日活時代からの馴染み、舛田利雄監督のムッチリ、ネットリとしたお風呂の描写で、秋野暢子のサービスを受けるシーンは実に丁寧で、呆気なく果てる表情は実にリアル。

 舛田によれば『二谷英明のところで金を出して作るのに、二谷が遠慮して「僕じゃない人を」なんていうから、「何言ってるんだ、お前やれ」って。実は本人もやりたかったんですよ。遠慮しているんです。彼は、実に紳士的な男だからね』(『映画監督舛田利雄』ウルトラヴァイヴ刊)。

 “紳士的な男”。日活時代の仲間である宍戸錠も「エイメイさんはダンディだからね」と語り、芦川いづみも「二谷さんは紳士」と話してくれた。二谷は1954(昭和29)年にラジオ佐世保(現・長崎放送)に入社。アナウンサーとして活躍、その後1956(昭和31)年に、小林旭らと共に日活第3期ニューフェースとして俳優となった。だから声がいい。昭和30年代前半の日活作品や予告篇のナレーションを随分、ノンクレジットで二谷が担当している。例えば裕次郎の『嵐を呼ぶ男』(57年・井上梅次)の冒頭のナレーションなどで、その“イイ声”を聞くことができる。

 日活アクションでの二谷は、石原裕次郎や小林旭の作品で、クールな相棒や、冷酷非情な敵役を演じてヒーローを際立たせていた。裕次郎もアキラも、良い意味での子供っぽさがヒーローとしての体温を高めていて、その激情がカッコ良さに繋がっていた。しかも日活ではヒーローは次男という設定が多い。裕次郎がブラジルに行った兄を待つ『俺は待ってるぜ』(57年・蔵原惟繕)では、善良な裕次郎の兄弟とは対照的に二谷英明と波多野憲二の凶悪の兄弟が登場する。『赤い波止場』(58年・舛田利雄)では、二谷は裕次郎を裏切る兄貴分を演じている。裕次郎は「俺は悲しいんだ。貴様みたいな男を兄貴分と慕って」と怒りを爆発させる。日活的には、明確に兄=戦前、弟=戦後と世代間抗争を象徴しているのだが、二谷は“兄の世代”を演じ続けていた。

 一方、この頃の主演作では、松本清張の「声」を鈴木清順監督が映画化した『影なき声』(1958年)の新聞記者役が印象的。宍戸錠、金子信雄、芦田伸介らクセのある悪役がとにかくワルいので、事件の真相を追う二谷が実に頼もしい。これといった個性はないのだが、この頼もしさこそ、二谷英明の魅力!

 こうした小品に主演しつつ、日活アクションを名傍役として支えてきた二谷だったが、1961(昭和36)年1月に裕次郎がスキーで骨折、2月には赤木圭一郎が事故死、看板スター二人が日活ダイヤモンドラインのローテーションから離脱してしまう。その頃、宍戸錠とコンビを組んだアクション・コメディ『ろくでなし稼業』(3月12日・斎藤武市)が好評だったこともあり、舛田利雄監督の『生きていた野良犬』(3月26日)に主演。革ジャン姿のタフなヒーローをカッコ良く演じた。いささか生硬だが、バート・ランカスターのようなタフな元ヤクザは、豪快な舛田演出もあって、裕次郎にもアキラにもない魅力に溢れている。

 『生きていた野良犬』完成後、二谷は急遽、ニュー・ダイヤモンドラインに参加することになり、アクション・スターとして本格的にラインナップされた。“ダンプガイ”のニックネームで『ろくでなし野郎』(5月13日・松尾昭典)、『散弾銃の男』(6月14日・鈴木清順)と、ほぼ毎月1作ずつ、アクション映画に主演することとなる。『生きていた野良犬』のように、二谷の個性を活かしたものもあれば、裕次郎やアキラばりに主題歌を歌い、ショットガンやコルトをぶっ放す、無国籍と呼ばれても仕方ない作品も乱作される。

 こうした主演作もさることながら、吉永小百合の『青い山脈』(63年・西河克巳)の校医や、浅丘ルリ子の『結婚の条件』(63年・齋藤武市)での不倫をしてしまう兄といった役柄に、二谷のうまさが光る。もちろん『太陽への脱出』(63年・舛田利雄)の新聞記者や、『赤いハンカチ』(64年・同)の元刑事など裕次郎映画での助演こそ二谷英明の真骨頂。やはりスクリーンの二谷英明はいつもクールで、頼もしい存在なのである。

これだけは観ておけ、二谷英明の3本
                                『生きていた野良犬』(61年・舛田利雄)

 『赤い波止場』(58年)で裕次郎のカッコ良さを引き出した舛田利雄監督が、赤木圭一郎の事故で急遽、二谷主演で撮ることになった作品。原作は舛田と親交のあった藤原審爾の「くたばれ」だが、プロデューサーの水の江瀧子から持ちかけられた企画で、舛田が一人で脚本を仕上げたことからも急遽の作品だったことがわかる。兄の身代わりで刑務所に入った武部次郎(二谷)が出所してくると、組織は大村(二本柳寛)が牛耳り、兄も殺されている。次郎は堅気となった二枚刃の浜やん(葉山良二)とともに、真の悪玉・坂崎(芦田伸介)に戦いを挑む。舛田らしい豪快なタッチで、主人公の復讐ドラマが展開されるが、悪役たちが一筋縄ではいかず、裏切りに次ぐ裏切り、二転三転する状況をタフな主人公が切り抜けていく。アメリカのハードボイルドを意識した展開と、クセのある共演陣が楽しい。殺伐とした“男の世界”のなかで、笹森礼子扮するヒロインと、ヤクザ予備軍の川地民夫の二人の描写が清々しい。

『散弾銃の男』(61年・鈴木清順)

 無国籍アクションと呼ばれた日活アクションのなかで、ファンタジックな和製西部劇は、赤木圭一郎の『幌馬車は行く』や和田浩治の『俺の故郷は大西部』などが作られて来たが、ニュー・ダイヤモンドラインに参加した二谷が主演した『散弾銃の男』はその極北だろう。巻頭、散弾銃を肩に、帽子を目深に被った主人公が、ヒロイン(芦川いづみ)のピンチを救う。そこでタイトルがバーンと出る。遠くを見つめて、不敵な笑みを浮かべる“散弾銃の男”が、荒涼たる原野を歩くショットが続く。これを西部劇と言わずに何と言うのか! 主題歌、挿入歌はもちろん二谷英明。「ショットガンの男」「夕日の立つ男」の二曲がまたスゴい。うまいのか、下手なのかではなく、スゴいの一言。小林旭の「渡り鳥シリーズ」で培ってきた、なんでもありの“無国籍アクション”のテイストが、ここではすでに“お約束”となっている。好敵手・小高雄二、ヴァンプ・南田洋子の存在も含めて、ワンダーな世界が繰り広げられる。

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『アジア秘密警察』(66年・松尾昭典)

 和製スパイ映画が次々作られた60年代半ば、我らが二谷英明も、和製ジェームズ・ボンドに挑戦。APSSのJ-9号・佐伯竜太郎(二谷英明)が密輸組織を殲滅せんと香港へと飛ぶ。ボンド映画を意識して、Mにあたる上司に三島雅夫、マネイペニーのような秘書に浅丘ルリ子。APSSの司令室は、洋品店から入るというのは「0011/ナポレオン・ソロ」のクリーニング店を意識したもの。香港のショウブラザースとの合作で、二谷のシーンをすべて王羽(ジミー・ウォング)に差し替えて撮影した『亜洲秘密警察』も同時に作られた。王羽の役名は楊明軒(ヤン・ミンシャン)この二本を比べて観ると、カットもセリフもすべて同じで、主人公にルリ子や宍戸錠が絡むシーンもすべて、ダブルテイクで撮影されている。尺が違うのはセリフ回しのテンポの違いから。同じ位置にキャメラを置いての撮影なので、ルリ子とのラブシーンやアクションでは、動きはともかく小柄な王羽先生に比べると、ダンディな振る舞いの二谷のカッコ良さが印象に残る。

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