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エンタツ・アチャコの『心臓が強い』(1937年・大谷俊夫)

 吉本興業=P.C.L.提携のエンタツ・アチャコ映画、第4作『心臓が強い』は、昭和12(1937)年1月14日に公開された。今回、秋田實は原作、脚本はP.C.L.文芸部、演出はこの作品で日活多摩川から移籍してきた大谷俊夫。日活多摩川ではオムニバス『わたしがお嫁に行ったなら』(1935年)の一編や、杉狂児と星玲子のヒット曲の映画化『のぞかれた花嫁』(1935年)などのコメディや家庭劇を得意とした人。本作を機に、ロッパの『ハリキリ・ボーイ』(1937年)、『エノケンの風来坊』(1938年)などP.C.L.のコメディ路線を担っていくことになる。

 さて『心臓が強い』は、上映時間72分とこれまでのエンタツ・アチャコ映画では、一番の長尺だが、残念ながら現存するのは戦後、再上映した際に、なんと39分に再編集した短縮版。なのでこの作品の輪郭がなんとなくわかる程度。現存するフィルムは『美人島探検「心臓が強い」より』と改題されている。

 エンタツ・アチャコは、「八足(ハッタリ)新聞」に特派されて、太平洋上にある、女性だけのパラダイス「美人島」への探検調査に出発する。冒頭「東京を離れること800海里。つまりこの点が、今申し立た美人島であります」と美人島の解説から始まる。ハート型の島は、横から観ると、美人の顔だちになっている。マットペインティングというか、絵で描かれた美人島の全景は、のちの東宝特撮でおなじみ『モスラ』(1961年)のインファント島みたいな感じ。

「この島には千々花咲き、鳥笑い、この世からなる地獄、いや極楽を現出しているのであります」「なお、その上に良いことは、女ばかりしか住んでいない」ということであります」「この美人島は男子絶対禁制でありまして」と、美人島の様々なヴィジュアルが展開される。

 昭和12年に、このセンス!まだ男尊女卑の時代。殿方の憧れ「女護が島」をテーマにした南海喜劇を企画するとは! ちなみにこのナレーション(おそらくは新聞社の会議のシーンと思われるが)の声は、おそらく嵯峨善兵。ノンクレジットというか、改題再上映版にはクレジットされていない。

「東京八足新聞」の号外。「本社美人島探検隊の快ニュース」「特派員 横山エンタツ 花菱アチャコ 謎の美人島へ第一歩を標す」と見出しが踊る。この映画では、エンタツ・アチャコの役名は、そのまま(笑)で、探検隊スタイルのエンタツ・アチャコが2ショット写真を撮影しているところで、二人登場。で、島の中へ早速探検へ。エンタツは腰から大きな目覚まし時計をブラブラと下げている。そのことをアチャコが指摘する。

エンタツ「これか? 奥さんの心尽くし」
アチャコ「奥さんの心尽くしは、わかってるがな。何をやるんだ君?なんの役に立つんだ、そんなもの」
エンタツ「(あたりを見渡して)時計はね、時間がわかるんだよ」
アチャコ「なるほど・・あたり前やないか! 時間がわかるもんやないか」
エンタツ「ハハハハ」
アチャコ「笑いごとじゃあらへんで。何いうとるんじゃ君」
エンタツ「しかしね、お互いにこうして旅に出てね、まず先立つものは何か?」
アチャコ「そら君、言わずとしれた金やないか」
エンタツ「金?金?(時計を得意げに持ち出して)時は金なり。ま、奥さんの心尽くし」
アチャコ「今、何時や?」
エンタツ「10時30分五分前」
アチャコ「10時30分五分前・・・午前か午後か?」
エンタツ「それはわからない」

ただ、これだけなのに、二人の絶妙な間(ま)がおかしい。特にエンタツさんのボケと動きは、もう絶品である。

 やがて二人は、いよいよ「美人島」のメインゲートへ。『ジュラシックパーク』のように「美人島」と描かれた(木の枝で文字を組んでいる)アーチ。入り口には検問所があり、宝塚の「玩具の国」の衣装のような出立の女子警備兵が立っている。この島の造形、ほとんどが東宝撮影所のセットなのだが、なかなか良くできている。

 美術はのちに『ゴジラの逆襲』(1955年)、『宇宙大戦争』(1959年)など東宝特撮映画の本編を手がける安倍輝明。特に『モスラ』(1961年)のインファント島のイメージの原点は、本作の「美人島」にあるだろう。島の入江のロケ地も同じである。

 「美人島」警備隊には「男子入るべからず 美人局」と看板がある。「美人局」というのが笑わせる。この島の警備セクションは「つつもたせ」と書いて「びじんきょく」と読ませる。

 で、この島は、男性に酷い目にあった女性たちが、自立を目指して「女だけのパラダイス」を作っている。昭和12年にこの感覚、かなり先進性がある(そこまでは考えていないだろうけど)。「男性は女性の敵」がこの島のスローガン。

 キャストも豪華(当時として・笑)。美人島のリーダーに、女装した石田一松。「のんき節」で知られる演歌師で、この頃吉本興業東京専属のコメディアン。エンタツ・アチャコとは戦後最初の正月映画『東京五人男』(1945年・齋藤寅次郎)でも共演。戦後初の参議院議員選挙で代議士となる。タレント議員第一号になる石田一松が、この島での「女性革命」のリーダーというのがおかしい。

 さて、美人島の「感謝祭」。ロングドレスを着て、バイオリンを手にステージに立つ石田一松。客席の美女たちが総立ちとなり「アー」とコールすると、一松師、左手を高く掲げて「イー」(ショッカーか・笑)。「ハイル、ヒットラー!」のもじりである。

 まだこの頃は、こういう笑いが許されていた。おそらく初上映版では「のんき節」などのネタを披露しているはずだが、バイオリンを手にステージに立つショットがあるのに、短縮版ではオミットされているようで、観ていてフラストレーションが溜まる。ここで「かの男性どもに、私たち美人がなんでも出来ることを、知らしてやりたいのであります」とアジテートする。いやはや、日本初の女性運動を描いたのはこの『心臓が強い』かもしれない。

 で、男性キャストは、エンタツ・アチャコ、石田一松の「吉本三人男」だけ。後は沢村貞子、堤真佐子、牧マリ、清川玉枝など、P.C.L .映画ではお馴染みの女優たち。特に若き日の沢村貞子と、バッチリ美人メイクをした清川玉枝の猛女ぶりがおかしい。男性が本当は好きなのに痩せ我慢をして「女性上位」を標榜している。若い娘の代表が「美人島」に疑問を抱いて脱出を目論んでいる堤真佐子。P.C.L .専属のトップ女優である。

 そこへ、エンタツ・アチャコの二人が潜入して、スキンヘッドで普段はカツラをかぶっている牧マリの、カツラと着物を盗み出して女装をする。もちろん牧マリのスキンヘッドもヅラなんだけど、彼女は妙に艶かしい。和装婦人のアチャコに、トルコ女性ということで、口をスカーフで覆い隠して、毛布を民族衣装風に着たエンタツ。二人が島の「記念祭」に参加して、大騒動となる。

 そのステージで、何かトルコの余興を、と請われてエンタツが、ラジオの音楽をかけて珍妙に踊るダンスは、エンタツの腰振り芸がいかに、人気だったかがわかる。とにかく「ヘン」なのである。で、この二人の女装がいつバレるかが、サスペンスとなるわけだが、まあ「8時だョ全員集合!」の探検隊コントみたいな展開で、しかもアチャコの女装! 昔から、こんなくだらないシチュエーション・コントがあったんだなぁと、不思議な感慨がある。

 音楽はトロンボーン奏者の谷口又士。大阪高島屋少年音楽隊から、井田一郎のチェリーランド・シンコペターズ、コロムビア・レコードの専属楽団を経て、P.C.L.管弦楽団に参加。紙恭輔ともに、P.C.L.映画にモダンなサウンドをもたらした。前作まで紙恭輔が担当していた「エンタツ・アチャコ映画」のテーマ曲のリズムを踏襲して、ジャズもさることながら、服部良一作曲、渡辺はま子の前年のヒット曲「とんがらかっちゃ駄目よ」(1936年9月発売)のメロディ・アレンジが延々と流れるシーンが楽しい。

 で、結局、囚われの身となったエンタツ・アチャコ。島の労働力となり、夜は檻の中。で、エンタツ・アチャコが島に持ち込んだ高感度ラジオで聴いているのは、小唄勝太郎・三島一聲・徳山 璉で昭和7(1932)年にヒットした「さくら音頭」。で、ニュースが始まり自分たちが行方不明となり、内地では大騒ぎになっていることが判明する。で、檻の中で、またまた漫才が始まる。

エンタツ「え? 僕たちを捜索中? おい、何をボンヤリしているんだ」
アチャコ「くにのことを考えているんだがな」
エンタツ「くに?くにとは?」
アチャコ「故郷やないか」
エンタツ「あ、君は故郷生まれかい?」
アチャコ「ああ」
エンタツ「そうか」
アチャコ「僕は故郷生まれ・・・何を言うとるんや君。頼りないこと言うなよ。君」
エンタツ「君、故郷のこと考える言うんは、何か心残りのことがあるんか?」
アチャコ「さいな。大事なお父つあんを残しているからな」
エンタツ「年寄りがいるの?」
アチャコ「さいな」
エンタツ「じゃ、君はまだお父つあんが健全ですか?」
アチャコ「お父つあんも、お母さんも達者や」
エンタツ「お父つあんとお母さん?」
アチャコ「はいな」
エンタツ「両親があると言うことは、心丈夫だね」
アチャコ「はい、君とこはどうや?」
エンタツ「僕とこの両親は・・・ありません」
アチャコ「そうか・・・」
エンタツ「初めからなかったらしいんですね」

 これがオチ。で、堤真佐子の手引きで、エンタツ・アチャコの逃走劇が始まるが、石田一松の会長の命で「銃殺隊」が編成され、物騒なことになってくる。で延々逃げる3人。バックに流れるのは「とんがらがっちゃ駄目よ」のマーチアレンジ。ここで短縮版の悲しさで、追い詰められたエンタツ・アチャコが、堤真佐子を、身を挺して守る決意をして、銃撃を浴びる。次のカットでは、エンタツ・アチャコの穴だらけの探検服が大写しとなり、あれれ?と思っていると、新聞社での二人の昇進パーティとなる。あれれ?

 ともあれ『心臓が強い』は、美人島というアイデアは良かったものの、エンタツ・アチャコの持ち味を生かし切れているとは思えず(短縮版なので)、なんとも言えないが、この映画も大ヒットして、この年の8月には次作『僕は誰だ』(岡田敬)が作られることとなる。

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。