見出し画像

『俺もお前も』(1946年6月13日・東宝・成瀬巳喜男)

敗戦後まもなく、エンタツ・アチャコをフィーチャーした風刺漫才喜劇『俺もお前も』(1946年6月13日・東宝)。横山エンタツ・花菱アチャコとしては、敗戦後初の正月映画『東京五人男』(1945年12月27日・東宝・斎藤寅次郎)からちょうど半年後、松竹蒲田では寅次郎監督と同じ釜の飯を食べていた成瀬監督のオリジナル脚本ということで、比べると両監督の喜劇演出の違いが味わえる。それが楽しい。

成瀬のタッチはモダンで、戦前の中川信夫や岡田敬、伏水修によるエンタツ・アチャコ映画のテイストに、GHQ奨励の民主主義啓蒙のフレーバーをまぶして、良い意味でのアベレージ作品。エンタツ・アチャコ映画のスタイルで、二人の会話はすぐに漫才となる。

山川工業株式会社。事務所でエンタツが、アチャコの席へ文句を言いに…

エンタツ「この計算、間違ってるぜ」
アチャコ「間違っている?そんなことあるもんか!」
エンタツ「そんなことあるもんか、って間違っとるんや」
アチャコ「間違ってないちゅうねん」
エンタツ「間違ってるよ」
アチャコ「間違うとるのは、君のアタマや」
エンタツ「僕のアタマ、間違ってる?」
アチャコ「ああ」
エンタツ「はは〜おい。あのね、いいか。1974にだね」 
アチャコ「ハー、ハ」
エンタツ「1805加えてだよ」
アチャコ「1805?」
エンタツ「ハーハ
アチャコ「1803や」
エンタツ「1803?」
アチャコ「1803」
エンタツ「これが3という数字ですか?」
アチャコ「はぁ」
エンタツ「ほぉ、呆れたもんだね」
アチャコ「はは、目玉の上ぇ、立派なメガネまでかけて、字が満足に読めんのか?はっきりせえ」
エンタツ「赤ん坊だって、もっと上手に書きますからね」
アチャコ「赤ん坊が字ぃ、書きますかいな」
エンタツ「気をつけたまえ」
アチャコ「君のこっちゃ」

エンタツ、忌々しげな表情で立ち去る。

 青野(エンタツ)と大木(アチャコ)は、戦前から同じ会社の同僚。戦時中も軍と結託して悪事を働いていた強欲な山川社長(鳥羽陽之助)に気に入られて、毎夜、お座敷で幇間よろしく宮仕をしている。歌舞伎と浪曲が好きな社長の座持ちで、アチャコが歌舞伎の声色、エンタツが浪曲を、同時に唸り出す。それがいつしかシンクロして、アチャコが虎造よろしく浪曲を、エンタツが歌舞伎の仕草をオーバーにやる。これはエンタツ・アチャコのネタで『東京五人男』(1945年・東宝・斎藤寅次郎)でもドラム缶ブロのシーンで、このネタを演じていた。

 さて、青野は妻に先立たれ、長女・初子(山根寿子)、次女・安子(河野糸子)、小学生の三女・美代子(落合富子)、小学生の長男・宏(水谷史郎)と5人の子供がいる。宏は眼鏡をかけて惚けたところがエンタツそっくり。

 一方の大木は妻(田中筆子)、大学生の息子・貞雄(篠原実)と三人暮らし。貞雄は、民主主義を謳歌して、演劇部で資本家の欺瞞を糾弾する芝居に出演している。いわゆる「アカ」なのだが、この頃は、GHQの指導で民主化が進んでいるので、貞雄の価値観は新時代のもの。社長に尻尾を振って、出世の機会を伺っている父親に対して批判的。

 青野の次女・初子は、会社勤めをしていて重役の坊ちゃん・菊池(岡部正)に求婚されている。その玉の輿に喜ぶ大木だが、その彼氏の情報によると大木の会社は、負債を抱えて近く大手に吸収合併するかもしれないという。

 最初はそんな話に取り合わなかったのだが、大木も青野も、社長の言いつけで闇物資の運搬や、娘の誕生パーティで余興を強要されたりするうちに、その欺瞞に気づき始め、やがて、社長に直談判をすることに・・・

エンタツ「君は何しに(社長室へ)来たんだ?」
アチャコ「僕は社長に言いたいことがあって来たんや」
エンタツ「僕もそうなんだよ」
アチャコ「君もか?」
エンタツ「うん」
アチャコ「そうか、今日はうんと言うてやるぞ」
エンタツ「(社長のデスクへ)何か、胸のすくようなうまい文句はないかな?」
アチャコ「ある。僕はな、ちゃーんとセリフを覚えて来たんや」
エンタツ「セリフ?」
アチャコ「うん、いやあの、社長に言うてやりたいことをやな、僕は稽古して来たんや」
エンタツ「僕にも教えたまえよ」
アチャコ「よし、そんならな、僕が先言うてな、それに似たようなことを、後からついといで」
エンタツ「あ、そうか、それはいいな」
アチャコ「よし、先、僕やってみようか」
エンタツ「うん」
アチャコ「後からついて来い!」
エンタツ「やろ」
(誰もいない、社長のデスクに向かって)
アチャコ「社長、あなたは戦時中、莫大な利益を得ましたね?」
エンタツ「どれくらい、得ましたか?」
アチャコ「そんな余計なこと、言わいでもええがな」
エンタツ「そうか」
アチャコ「社長!あなたは戦時中、莫大な利益を得ましたね?」
エンタツ「社長、あなたは戦時中、莫大な、莫大もない利益を得たですね?」
(そこへ社長が戻ってくる。振り向く二人)
二人「おはようございます(と平身低頭)」
(帽子を受け取り、背広のゴミをとっておべんちゃら)
社長「君たち、何してるんだ?」
二人「は(とペコペコして、社長室から逃げ出す)」

といった「資本家VSサラリーマン」の展開は、のちのサラリーマン映画の雰囲気もあるが、アジテーションの鼻息の荒さも含めて昭和21年、という感じである。こうしたストーリーの途中で、いちいち脱線してエンタツ・アチャコの漫才が入るのがおかしい。すでにコンビを解消して10数年だが、2人の呼吸は見事! 寅次郎喜劇のような破天荒さはないが、成瀬のスマートな演出は、エンタツ・アチャコが纏っているモダンさとピッタリ。

世評や、のちの評価は今一つの『俺もお前も』だが、東宝=吉本提携作品の戦後復活を感じさせる好篇となっている。


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。