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『吹けば飛ぶよな男だが』(1968年6月15日・松竹大船・山田洋次)

昨夜の娯楽映画研究所シアターは、山田洋次監督のアナーキーでパワフルな喜劇「ちんぴらブルース」改題『吹けば飛ぶよな男だが』(1968年6月15日・松竹大船)をスクリーン投影。本作の脚本仕上げのさなかに、フジテレビ「男はつらいよ」企画が立ち上がり、この年の秋に、車寅次郎が誕生。本作の主人公・三郎(なべおさみ)は、寅さんの若き日の放浪時代ともとれる。

共同脚本は、『なつかしい風来坊』(1966年)などで山田作品を支えてきた、脚本部にいた森崎東監督。本作のアナーキズムと哀感は、森崎監督によるところも大きい。ブルーフィルム撮影の裏話ということでは、今村昌平監督『エロ事師たち 人類学入門』(1966年・日活)に通じる。山田監督、森崎監督は意識していたに違いない。そういえば『人類学入門』には、佐藤蛾次郎さんがマコト役で出演している。

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なぜ、これを観たのかというと、7月18日(日)ラピュタ阿佐ヶ谷「蔵出し!松竹レアもの祭」で、佐藤蛾次郎さんと久しぶりにトークショーをするので。蛾次郎さんは、大阪の児童劇団で少年時代からテレビ、映画に出演。この頃の遊び仲間に、デビュー直前の和田アキ子さんがいた、という。

山田洋次監督が「ちんぴらブルース」のサブの弟分・ガス役の若い子を探していて、松竹大阪支社の社員とともに、蛾次郎さんの事務所に面接に行った。ところが、約束の時間になっても、現れない。肝心の蛾次郎さんは、オーディションをすっかり忘れていて、いつものように喫茶店で、仲間と駄弁っていた。

さすがに、気づいて慌てて事務所にいくと、山田監督が待っていて「どんな役をやりたい?」と訊かれた蛾次郎さん、足を組んでふんぞりかえりタバコをふかして「不良!」と一言。山田監督は、苦笑して蛾次郎さんのその態度を気に入り、抜擢されることになった。

大阪万博を2年後に控えて、騒然としている大阪駅前。家出娘を騙して、ブルーフィルムに売り飛ばしている、鉄(芦屋小雁)の手下のチンピラのサブ(なべおさみ)と子分・ガス(佐藤蛾次郎)たち。長崎の小島から仕事探しに大阪にやってきた少女・花子(緑魔子)を言葉巧みに引っ掛ける。

後の山田洋次作品には観られない過激さ、エネルギーで、不幸な少女・花子と、無鉄砲だけど気は優しいサブの、哀しくも切ない恋の物語を綴ってゆく。ユニークなのは、映画説明者・小沢昭一さんが活弁よろしく、サブと花子を待ち受ける運命を、名調子で説明していく。これが「額縁」となり、生々しい物語が、現代のファンタジーとなってゆく。ちなみに小沢昭一さんは、今村監督の『エロ事師たち 人類学入門』の主人公・ズブやんを演じている。

ブルーフィルムの現場で、花子のピンチを見かねたサブが彼女を逃がし、ガスとともに逃げ出す。とはいえ、金もないチンピラ、花子を使って美人局を企てる。まんまと引っかかる、中年の先生(有島一郎)は、良心の呵責から、彼らにビールを奢って、仲良くなる。

前半、気弱なサラリーマン(石橋エータロー)から巻き上げた一万円で、サブと花子、ガスが、生駒山に遊ぶシーンが楽しい。山本直純さんの音楽がリリカルで、ああ、この時間がいつまでも続けばなぁと思ってしまう。

しかし、金がなければ何も出来ない。サブは福原のトルコ風呂の女将・お清(ミヤコ蝶々)に、わずかの金で、花子を売り飛ばしてしまう。無垢な花子は、涙を流す。店で流れていた美木克彦さんの「花は遅かった」の歌詞を聴くと泣けてくると花子。ギャグなのだが、彼女の身の不幸を考えると、切なくなってくる。

サブとガスが住んでいるボロアパートの隣室に住む、マイホームやくざの不動(犬塚弘)が実にいい。お人好しで、40過ぎても幹部になれないことを罵る妻(石井富子)の尻に敷かれていて、休日には幼い娘への家族サービスをしている。

「シノギがあってこそ、一人前」と不動から言われ、発奮したサブは、花子のヒモに甘んじていてはいけないと、ガスとポン引きの仕事を始める。それが蛾次郎さんを女の子に仕立てての美人局で、それに引っかかるスケベな中年男を石井均さんが好演している。

サブが鉄に詫びを入れて指を詰めたり、イキがって敵対する組のやくざ(の尻を)差して、拘置所に入ったり。まさに典型的な「チンピラ映画」のパターンとなる。当時、全盛のやくざ映画、アウトロー映画のエッセンスを喜劇に転嫁させたパロディなのだが、神戸で撮影しているので、かなり生々しい。撮影の裏話は、犬塚弘さん、なべおさみさん、佐藤蛾次郎さんから伺ったことがあるが、それだけで映画になりそうな逸話が色々ある。

そして後半の花子の物語。あまりにも切なく、哀しい、後半の展開は何度観ても胸が苦しくなる。サブに対する彼女の愛情。カソリックがゆえに、どうすることもできない運命の皮肉・・・。ラスト、旅立つサブとお清の別れの後口の良さ。ミヤコ蝶々さんとなべおさみさんの関係は、テレビ「男はつらいよ」第11話で、寅さんと瞼の母・お染(武智豊子)との再会にシフトされ、それが翌年の映画『続・男はつらいよ』(1969年11月15日)でリフレインされる。

なべおさみさん、緑魔子さん、佐藤蛾次郎さん。それぞれの若さとエネルギーが、大阪、神戸の風景とともに作品に凝縮されている。1968年の空気を体感することができる。


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