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『喜劇駅前開運』(1968年・東京映画・豊田四郎)

 「駅前シリーズ」第22作!

 昭和43(1968)年2月14日、池内淳子の「東芝日曜劇場」の人気シリーズの映画化『女と味噌汁』(五所平之助)と二本立て公開された「駅前シリーズ」第22作。前作に引き続き、名匠・豊田四郎が監督。五所平之助作品との二本立てとは、なんとも贅沢。脚本は前作に引き続き、広沢榮のオリジナル。東京北区赤羽の再開発をテーマに、開かずの踏切で分断されている東口と西口商店街の争い、北区清掃工場建設をめぐる住民反対運動を描いてい。

 東宝マーク明けはモノクロ映像の回想シーン・敗戦直後、東北線で闇物資を運ぶ闇屋の伴野孫作(伴淳三郎)は、汽車のなかで押しの強い娘・さだ(沢村貞子)と知り合う。満員の列車の網棚には学生服の闇屋の仲間・坂井次郎(フランキー堺)。そこへ経済担当の警察官・松木三平(藤村有弘)が手入れに入る。敗戦後「食糧管理統制法」のもとに、こうした闇取引の一斉摘発がしばしば行われた。エノケン・ロッパの『新馬鹿時代』(1948年・山本嘉次郎)は、エノケンの闇屋とロッパの警察官の追いつ追われつの喜劇だった。

 慌てて逃げ出す孫作たち。飛び降りたのは北区赤羽の対岸、埼玉県川口市だった。彼方の赤羽をみて孫作「よし、俺はここへきっとここへ住みついてな、ここの住人になってやるんだ!」。そして次郎「くそったれめ、俺の運は、てめえで切り開いてみせらあ!」。戦争でなにもかも失った庶民が再び立ち上がる。戦後23年目、昭和元禄と呼ばれる繁栄を築いた世代のスタートが描かれている。

 孫作はさだと結婚、西口商店街で格安の店を経営していた。「宝くじ踏切」の異名を持つ開かずの踏切で分断された東口商店街では次郎のスーパーが大繁盛。孫作と次郎は何かにつけていがみ合う、犬猿の仲となっている。実際にあった清掃工場建設、地下鉄南北線計画、などが折り込まれて「商店の喜劇」である「駅前チーム」対「体制」という図式は、七十年安保を前に学生運動、市民運動が過熱化していた時代を反映している。

 赤羽には戦時中、陸軍の東京兵器補給廠があり、その工兵連隊長だった森田徳之助(森繁)は、いまやいささか怪しいが経営コンサルタントとなっている。東西商店街の悩みを解消しようと、代議士・花村九太郎(山茶花究)に袖の下を渡して、清掃工場建設の反対、踏切解消のために地下道建設を陳情する。

 どう考えても、山茶花究の代議士に袖の下を渡したところでロクなことにはならないのだが・・・ アパート住まいで、手元不如意の浪人風の徳之助のスポンサーは、娘のような若いホステス・ノンコ(野川由美子)。代議士を紹介したのもノンコということが次第に明らかになる。この頃、元軍人で怪しげなコンサルタントや、儲け話をもってくるフリーランスの中年が多かった。そうした時代を反映して、森繁はシリーズで初めて得体の知れない人物を演じている。とはいえ、赤羽には陸軍時代から慣れ親しんで愛着があり、住民のために本気で動こうとしている。

 さて、フランキーは「スーパーサカイ」の店長だが、資金繰りに苦しい時に助けてもらった原田せん子(森光子)に頭が上がらない。せん子は大衆居酒屋「染せん」の女将でもあり、銭湯の主人でもある。森光子が銭湯の「おかみさん」! TBS「水曜劇場・時間ですよ」が始まるのが二年後だが、この頃、すでにTBS「日曜劇場」枠で「時間ですよ」が放映されていた。森光子のお茶の間でのイメージが固まりつつあった頃だが、本作では、亭主と別れて、色も金銭に対しても貪欲。酒を飲んで、若い次郎の肉体を迫ったりと、なかなか強烈である。

「スーパーサカイ」で売り出し中のエースコックの「ラーメン太郎」と新商品「駅前ラーメン」が、懐かしい。後者は袋麺の容量が80gの時代、増量で100gということで人気だった。「駅前シリーズ」にあやかってフランキー堺が広告に登場。ぼくが幼稚園の頃、お昼ご飯は、母にこの「駅前ラーメン」をよく作ってもらい、シェアして食べていた。

 「染せん」に住み込みで働いている染子(池内淳子)は、一見おっとりしているが、なかなかしっかり者。孫作が鼻の下を伸ばして、毎日通ってきているので、おせんは染子を孫作の二号にして、追い出してしまおうと目論んでいる。

 と、それぞれのキャラクターは、いずれも「現代的」で、「駅前シリーズ」の持ち味である「色と欲」は健在である。顧客第一で、商売のことしか考えていない次郎は、女性に対して過剰な反応をしてしまう純情な男。若い女性が近くだけで身体が震えだす。

 マンモス団地として知られる赤羽団地の団地新聞の記者・西里由美(大空真弓)は、そんな次郎に対して積極的に交際していく。いつものメンバーによる、おなじみの騒動だが、見ていて、少し違和感があるのは、シリーズで必ず森繁の相手役をつとめている淡島千景が、スケジュールの関係で未出演であること。『喜劇駅前漫画』(1966年)は、「漫画はイヤ」と主演を辞退したとご本人から伺ったが、さほど気にならなかったが、沢村貞子、森光子、野川由美子だけだと、物足りない。

 警察署長・松木三平は、当初、三木のり平をキャスティングしていたが、急遽、藤村有弘がピンチヒッターを演じることに。その妻に『駅前漫画』以来の黒柳徹子。NHKのバラエティー「夢であいましょう」に出演していた二人を見ているとテレビのコントのようでもある。黒柳徹子が東北弁で、孫作の店で「白狐」の襟巻を格安で手に入れ、次郎の店で最新のファッションをデパートの正札がついたまま、またまた格安で手に入れる。警察官役で「てんぷくトリオ」がワンシーン出演して、笑いを誘う。三波伸介、戸塚睦夫、伊東四朗の三人組は、この頃、テレビ「九ちゃん!」のレギュラーでもあり、子供たちにも人気だった。

 この「格安商品」には裏があって、高級ホテルに住んでいる自称・デパートオーナーの令嬢・白坂珠子(佐藤友美)の甘い言葉に乗せられた駅前チームが、まんまと盗品をつかまされる。珠子は白浪お珠の異名を持つ、名うての集団万引きグループのボス。徳之助も、孫作も、珠子の色仕掛けでメロメロになる。演ずる佐藤友美は、俳優座養成所・第13期生で細川俊之や佐藤オリエと同期、この頃、松竹映画でセクシーなイメージで売り出していた。フランキー堺とは、『喜劇逆転旅行』(1969年・瀬川昌治)と共演。恒例、フランキーの「夢」にも登場した。

 そしてシリーズにしばしば登場している藤田まことは、移動車スーパーで赤羽団地で商売をしている藤田誠(笑)を演じている。赤羽の工兵連隊では徳之助の部下だったということで、徳之助には頭が上がらない。とはいえ、シナリオ上では本編と絡んでいないので、これといった見せ場はない。団地の奥様方に格安のオムレツをセールするシーンの自動オムレツ焼き機は、「トムとジェリー」の無駄骨装置や、齋藤寅次郎作品の「なぜかこうなる機械」のバリエーション。いまとなっては、爆笑というほどではないが、コメディ映画の伝統ということで、ぼくには楽しい。

 喜劇的には、メーカーの公定価格を破って、スーパーサカイと孫作の店がダンピング販売しているのに目をつけた、価格Gメン「メーカー連合」の調査員・カマキリ(小鹿敦)、黒メガネ(北浦昭義)が捜査にやってくる。小鹿敦の芝居は、今では文字で再現できないほどの危なさ。店に調査にやってきた彼らに、孫作は「いま流行りのゼロゼロセブンだな!」というのがおかしい。結局、彼らからの献金で、山茶花究の代議士がコロリと寝返り、商店街の陳情も袖の下も無意味になってしまう。

「メーカー&政治家」VS「庶民」という図式で、それにアゲインストする「駅前チーム」の反骨が後半の展開となる。とはいえ、いろいろ未消化で、前作『喜劇駅前百年』ほどのまとまりはないのが残念。最後は赤羽商店街の「バカ祭り」に、「駅前チーム」が参戦して大団円となる。



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