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『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962年・日活・蔵原惟繕)

無垢な魂と人間の孤独・・・ ひたすら求めるジョニーの面影
芦川いづみのベスト・オブ・ベスト

     数ある芦川いづみ出演作のなかで、ご本人がベストに選ばれたのが、この『硝子のジョニー 野獣のように見えて』。北海道を舞台に、生活のため、身売りされた少女・みふね(芦川)と、彼女を売り飛ばした女衒の秋本(アイ・ジョージ)、そして若き競輪選手を育てる夢にかけている予想屋のジョー(宍戸錠)・・・ 重い過去を持ち、閉塞した現在にいる三人の男と女のドラマが繰り広げられる。

 主題歌「硝子のジョニー」は、1961(昭和36)年、アイ・ジョージが自ら作曲(作詞は石浜恒夫)して大ヒット、年末の紅白歌合戦でも唄われた同名曲をフィーチャーした歌謡映画として企画された。アイ・ジョージは、香港生まれ。 日本人の父とスペイン系フィリピン人の母を持ち、戦後の苦労の日々を経て歌手として成功。そのエキゾチックな容貌で、日活『ある恋の物語』(60年・中島義次)で映画デビューを果たし、自らの半生をドラマチックに演じた『太陽の子 アイ・ジョージ物語』(62年東映・近藤節也)に主演。映画俳優として、日活、松竹、東映各社の映画に出演していた。

 そうしたブームのなかの「硝子のジョニー」の映画化を企画したプロデューサー、水の江滝子が指名したのが、『銀座の恋の物語』(62年3月8日)『憎いあンちくしょう』(62年7月8日)で、“異色の裕次郎映画”を成功させた、監督・蔵原惟繕と脚本・山田信夫のコンビだった。エキゾチックな容貌に見え隠れするアイ・ジョージの持つ翳り、彼の「硝子のジョニー」がもたらすイメージ、蔵原=山田コンビがどう映画にしていったのか? その答えが、映画『硝子のジョニー 野獣のように見えて』にはある。

 ヒロインのみふねには、清純派として活躍してきたトップスター、芦川いづみ。蔵原作品には、『憎いあンちくしょう』に引き続きの出演だが、前作では「純粋愛はあるのか?」と、裕次郎と浅丘ルリ子にテーマを提示する、清楚でひたむきな、これまでの日活映画のイメージの延長にあるキャラクターを演じている。この時、27歳を迎えていた芦川にとっても、本作への抜擢は大きなチャンスでもあった。

 芦川は「すごくお洒落で、女優さんたちにすごく人気があったんです。どんなマフラーをしても似合う、カッコいい監督さんの一人」と、女性を描かせたら、微妙な心の綾まで描くフェミニスト蔵原の印象について筆者に語っている。シナリオを受け取って、即座に「やります」と引き受けたほど、芦川はみふねに共感して、ヒロインを演じている。ファーストカットが、函館の旅館で、セロリをかじるアップのショットだったという。それまで、芦川がスクリーンで見せた事のない“変顔”は、ヒロインの天使のような無垢さ、彼女が背負っている悲しみを、ストレートに表現したものとなった。

 芦川は撮影のとき、みふねの心象を“色”で表現し演技に臨んだという。芦川が抱いている、その場面の“心の色”が、蔵原によってすくいとられ、みふねに生き生きとしたチカラが与えられていく。女優と監督の理想的なリレーションによって、この映画が作られていったのだろう。

 みふねが売り飛ばされ、故郷と離別するタイトルバックの悲しみの表情。ジョーの後を仔犬のように追うみふねが見せる笑顔! 旅館のお風呂でのヘの字口! ジョーの真似をして競輪の予想屋の口上をする可愛らしさ!そうしたみふねの表情の豊かさが、主演三人のそれぞれの孤独や心象風景と重なって、哀切のラストへと繋がっていく。こうした細かいディティールが、実に素晴らしい。また、元板前のジョーが、なぜ競輪の予想屋になっているのか? 秋本がなぜ女衒になったのか? それぞれの過去が垣間見えるエピソードの数々。

 後半、秋本が警察に逮捕されて、折角の逃げるチャンスをフイにしても、傷ついた秋本を看病するみふねの健気さ、魂の純粋さ。ジョーも最初は、みふねに欲望を抱くが、その無垢さの前に我が身を振り返る。かつて妻・千春(桂木洋子)に裏切られた喪失感から女衒となった秋本も、みふねによって癒され、魂が浄化されていく。ジョーと腐れ縁のおかみ・由美(南田洋子)、そして秋本を裏切って、今は小樽にいる元妻・千春。二人の大人の女性と、みふねの対比も実に鮮やか。ちなみに桂木洋子は音楽家の黛敏郎夫人。函館の娼家・花乃家の女将の武智豊子も、こういう役をやらせたら右に出るものはいない。

 ジョーが肩入れする競輪選手・宏(平田大三郎)と恋人・和子(松本典子)の逃避行の顛末、秋本に売り飛ばされて自殺してしまった女の兄(玉村駿太郎)の狂乱ぶり、などのエピソードも深い印象を残す。

 みふねの故郷は稚内という設定だが、道南の八雲町黒岩海岸で行われている。名手・間宮義雄のキャメラが、どこまでもクールに北海道の厳しさを捉えている。アイ・ジョージが中盤に唄う挿入歌「さいはての海」は、『憎いあンちくしょう』の主題歌同様、作詩は助監督の藤田繁夫(敏八)、作曲は六條隆(黛敏郎)。

 みふね、ジョー、秋本の三人の関係は、フェデリコ・フェリーニの名作『道』(54年・伊)で旅芸人に売り飛ばされるジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)、粗野な曲芸師・ザンパノ(アンソニー・クイン、無垢な青年・マット(リチャード・ベイストハート)の関係ともとれる。リメイクや引用ではなく、インスパイアではあるが、両者の味わいの違いを見比べるのも一興だろう。

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