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『喜劇駅前番頭』(1966年・佐伯幸三)

「駅前シリーズ」第16作!

 前作『駅前漫画』は、日本中を席巻した「オバQ」「おそ松くん」をフィーチャーした、ファンタジックなファミリー向け「駅前」だったが、今回の第16作は、シリーズの原点に立ち返ろうと『駅前旅館』(1958年・久松静児)以来の「番頭もの」となっている。

 同時上映はテレビで大人気のコメディ「てなもんや三度笠」の映画化第3作にして、東宝では初製作(全2作は東映)となった『てなもんや東海道』(松林宗恵)。脚本はいずれも長瀬喜伴だが、第二作『喜劇駅前団地』(1961年)以来シリーズを支えてきたシナリオ作家の長瀬は、本作の執筆中に、舞台となる箱根の温泉旅館・清光園で急死。53歳の若さだった。この二本立てが遺作となった。

 長瀬は昭和10(1935)年、松竹蒲田脚本研究所に第4期生となり、齋藤良輔門下として松竹大船でシナリオ修行。昭和12(1937)年に齋藤良輔と共同脚本で『さらば戦線へ』(清水宏・恒吉忠弥・原研吉)でデビュー。松竹ホームドラマ、喜劇を執筆。昭和30(1955)年にフリーとなり、東宝傍系の東京映画で『鬼の居ぬ間』(1956年・瑞穂春海)、『恋は異なもの味なもの』(1958年・同)などの風俗喜劇を手掛けてきた。

 「駅前シリーズ」は毎回、佐藤一郎、金原文雄、両プロデューサーから「今回の題材はこれでいきましょう」という提案があり、リサーチを重ねてオリジナルシナリオを執筆。唯一の例外は、渋谷実監督『本日休診』(1952年)のリメイクである『喜劇駅前医院』(1965年)で、師匠・齋藤良輔のシナリオをリニューアルしたこと。

 さて『駅前番頭』の舞台は、箱根登山鉄道の「強羅駅」「箱根湯本駅」。老舗の温泉旅館「一心亭」に、アメリカ留学帰りの青年・坂井次郎(フランキー堺)が番頭の面接に来るところから物語が始まる。

 ユニークなのは、フランキーのキャラクターが、これまでのように押し出しの強い溌剌としたものから一転、物静かで冷静、だけど優柔不断。アクの強い登場人物に振り回されて神経に混乱をきたしてしまう。今までのフランキーとは違う、引きのキャラがおかしい。それが作品のトーンをシックにしている。

 森繁は「一心亭」の主人だが、アイデアマンでいつも夢を追い求めていて、いつものように浮気道も怠らない。伴淳の伴野孫作は、ガンコ一筋の「一心亭」の番頭で、徳之助の方針に対して反発しながらも昔のスタイルで温泉旅館を切り盛りしている。『駅前旅館』における森繁的なポジションである。

 孫作は男やもめで、しっかりものの娘・由美(大空真弓)と二人暮らし。実は、かつて「一心亭」で働いていた女中・藤子(中村メイコ)との間に小さな男の子がいて、休みのたびに藤子が働いている横須賀の佐島に出かけている。

 藤子は、これまで淡路恵子の役まわりだが、淡路は中村錦之助との結婚引退をしたために、中村メイコが演じている。

 今回はほとんど狂騒曲は展開されないが、次郎の神経質と対照的に、徳之助の女房で「一心亭」の女将・森田圭子(淡島千景)が、夫の浮気に対して敏感で、嫉妬深く、それが原因でヒステリー気味。いつもの落ち着いたお景ちゃんではなく、勘違いから嫉妬でおかしくなるのがおかしい。

 そして「一心亭」のライバルのホテルの社長・山本久造(山茶花究)が、徳之助がご執心の芸者・染子(池内淳子)に懸想していて、二人で染子を取り合う。といった程度の事件しか起こらない。森繁の芝居も抑制気味で、フランキー、伴淳ともにいつもの悪ふざけはない。

 コメディリリーフとなるのが、ハワイからフラダンスのチームを連れてくるブローカーのトム・一ノ瀬(三木のり平)。「社長シリーズ」におけるフランキーの外人バイヤーの役回りで、ダンサーに鼻の下を伸ばしている徳之助に乗じて、宿賃をタダにしてもらおうとあの手この手。その軽薄さが笑いを誘う。

 孫作も徳之助も圭子も、自分のメリットのために、次郎に様々な頼み事をする。人間関係でヨレヨレになって、次郎がおかしくなっていく。1940年代のダニー・ケイの喜劇のようなシチューションで「神経症の笑い」を目指しているのだろう。少し気の毒なほど、次郎の心は混乱してくる。

 お色気のパートは、次郎にぞっこんの女中・雪子(北あけみ)。酒癖が悪く、酔って次郎の部屋に押しかけて猛アタックをする。「駅前シリーズ」らしい欲望の喜劇で、妙になまめかしい。
 
 長瀬喜伴を失った「駅前シリーズ」は、次作『喜劇駅前競馬』では、川島雄三門下で直木賞作家となる藤本義一が脚本を担当。ギラギラしてエネルギッシュなテイストで、シリーズの新たな展開が始まることとなる。



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