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 日活第三の男、赤木圭一郎がスクリーンで本格的に主演として活躍したのがダイヤモンドライン参加後の『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』(60年2月14)から遺作『紅の拳銃』(61年2月11日)までのちょうど一年間。本数にして13本だった。トニーの愛称で親しまれた赤木の作品群は実に多彩。ムーディな『霧笛が俺を呼んでいる』(60年7月9日)などで、その魅力を振りまいているが、いっそうの輝きを放っているの、11月12日公開の『錆びた鎖』だろう。

 監督の齋藤武市は、前年の『南国土佐を後にして』(59年)で小林旭の新たな魅力を引き出し、和製西部劇とも呼ばれた「渡り鳥」シリーズで日活ダイヤモンドラインの牽引監督として活躍。アキラ専門の感のあった齋藤が「渡り鳥」ではない作品を模索していた時期でもあり、ジェームス・ディーンのような繊細さを持つ赤木の魅力に注目、その魅力を引き出したのが『錆びた鎖』だった。

 齋藤監督は、シリーズ最高作と誉れの高い『大草原の渡り鳥』(60年10月12日)完成後ということもあって、まさにキャリア的にもピークの時。『エデンの東』(55年・米)をイメージして、脚本が進められていたが、監督は気に入らず、何人か交代した後に、池田一朗(後の隆慶一郎)が完成させた。

 オープニング、屈託のない笑顔の大学生・長岡英二(赤木)が駆け出して船に乗り込む。そこに流れる主題歌「若さがいっぱい」の明るい旋律。「拳銃無頼帖」シリーズで見せた暗い影はみじんもなく、父親の会社の港湾労働者と共にバイトで働くお坊ちゃんぶりが爽快だ。

 ヒロインの冬木美枝(笹森礼子)は、兄・健一(小高雄二)の婚約者であり、赤木の家に同居している。本作はそれまでの暗黒街を舞台にしたアクションではなく、石原裕次郎の『陽のあたる坂道』(58年・田坂具隆)に始まる日活青春路線の要素が色濃い。しかし兄の人の良さが災いしての手形パクリ事件、父・康三郎(小沢栄太郎)の謎の死。そして会社に専務として乗り込んでくる、事件の黒幕でもあるワル・水原泰三(大坂志郎)。彼らをめぐるドラマは「渡り鳥」などにも見られる家族的会社経営の危機でもあり、社会派サスペンス的な要素も含まれている。

 杉山俊夫扮する“ハリー”こと松平政吉が“兄貴”と慕うトニーは、ドロドロした大人の世界に背を向けて、労働者たちと汗を流している。そうしたシーンの楽しさは、「渡り鳥」などには見られない感覚である。

 横浜の根岸屋という酒場で、焼酎をあおる豪快なトニー。鼻をつまみながら、ぐっと「チュー」をあおる笹森礼子の可愛さ。

 前半、「朱い星ロック」を軽快に歌っていたハリーが、水原専務の不当な労働条件で事故死してからの後半、弟分のパートを担当するのが西村晃の労働者ぐちりの平太。西村と赤木のコンビも喜劇的で楽しい。齋藤監督は『東京の暴れん坊』(60年)や『ろくでなし稼業』(61年)といったコメディで喜劇的センスを披露しているが、暗くなりがちなストーリーに、リリーフ的に登場する西村の存在感は大きい。

 家族をめぐるドラマは、中盤、兄弟の対立でピークを迎える。主人公の出生の秘密、異母兄弟の弟の苦悩は、まさしく齋藤監督が赤木に託したジェームス・ディーン映画の世界でもある。ほとんどNGを出さない齋藤監督だったが、この夜間の兄弟喧嘩のシークエンスでは二十数回ものNGを赤木に出したという。斎藤によれば、もっと何か違うことが出来るのではないか、という思いからのNGだが、これは齋藤が師事した小津安二郎監督を思わせるエピソードでもある。

 悪役の出番は、他のアクション映画に比べて少ないが、大坂志郎の狡猾さ、近藤宏のやくざ・松井保のしたたかさは強い印象を残し、クライマックスの倉庫での対決シーンのさばき方も鮮やかだ。父の仇を打つため、松井を追いつめ銃口を向けた英二が、「俺には出来ない!」と銃を捨て、ガラスをたたき割る。

 本作では赤木が銃を撃つのは、父親と海に出たときと、父の葬儀の日形見の銃を持って海に行くとき、そして射撃場の三回だけ。父の仇と思った男を前に苦悩する主人公。ここに監督の狙いがある。

 また、いつもながら高野由美の母親・時子、宮城千賀子のマダム・井上正緒。二人の母性が主人公を暖かく見守る構図が、ドラマにより深い印象をもたらす。

 ラスト、英二が正緒のキャバレー“スタンキイ”を訪れ、建築現場の男に絡むシーンは、トニーの繊細な魅力を充分に堪能できる。

 齋藤監督はこの『錆びた鎖』を機に、赤木とのコンビネーションでお互いの新境地を目指すつもりだったという。赤木の俳優としてのキャリアが花開き始めたのが、この『錆びた鎖』での演技であることは間違いない。
 主題歌「若さがいっぱい」の底抜けの明るさは、赤木圭一郎のもう一つの魅力であり、その墓碑銘には「若さがいっぱい」の歌詞が刻まれている。

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