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『船出は楽し』(1939年4月1日・東宝映画京都・伏水修)

 長年観たいと思っていた伏水修監督、岸井明さん&徳山璉さんのビクターの売れっ子がコンビを組んだ、東宝映画・ビクター提携作品『船出は楽し』(1939年4月1日・東宝映画京都撮影所・伏水修)を娯楽映画研究所シアターでスクリーン投影。東宝京都撮影所製作なので神戸で前篇ロケーション。これが最大の効果を上げている。モダンな作風で、数々の音楽映画を手がけてきた伏水修監督は、モンタージュや、カメラワークにも凝っていて、いつもハリウッド映画のような味わいなのだが、今回は特に、港町神戸のハイカラさ、モダンさを強調している。

 主題歌「船乗りの唄」は作詞・佐伯孝夫さん、作曲・飯田信夫さん。タイトルバック、まずコーラスで流れ、劇中、徳山さんによって何度も歌われ、B G Mでインストが流れる。前半のメロディーは耳馴染み、はるかのちザ・ドリフターズのデビュー・シングルで加藤茶さんが歌う「ズッコケちゃん」(詞・曲・なかにし礼)とそっくり。つまり「チンコロ、カンコロ、学校サボって〇〇へ行けば〜」の俗謡として知られるメロディーによく似ている。

 これも長年疑問だったのだが、岸井明さんの歌で「親友の唄」(作詞・佐伯孝夫 作曲・飯田信夫)という曲。レコードのクレジットには何も書いておらず、単なる流行歌なのかと思っていたら、歌詞のストーリーが具体的すぎる。それを“ぐらもくらぶ”の盟友・保利透さんに伝え、映画を確認してもらい、この映画の挿入歌だとわかった次第。そしてようやく、数年前に放映された本篇を観ることができた。

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 港町神戸。外国航路の客船事務所に、顔を輝かせて松野和子(椿澄枝)が入ってくる。人事課の窓口で「シップガール」希望と告げる。つまり客船の客室係、世界中を船で回ることができる憧れの職業。しかし窓口の男・長田雅夫(木下陽)は横柄で、ぞんざいな態度。「保証人の判子が必要」と告げられ、和子は意気消沈。どうやら親に内緒で志願したようだ。

 その和子を箱入り娘として懸命に育てている父親・松野凡平(岸井明)。かつては「新世界パラダイス」というテーマパーク経営に乗り出したが、事業は失敗、経営は城熊五郎(三田進)の手に渡り、残ったのは借金だけ。今は神戸港近くでワインとコーヒーの店、外国人船員相手の酒場「ジョコンダ」を経営している。この「ジョコンダ」のセットが素晴らしい。神戸らしくシックでハイカラ、外国の港町にある酒場、という感じなのである。壁面には洋画のオリジナルポスターは貼ってあり、凡平の趣味の良さがわかる。髪の毛に櫛を入れながら鼻歌で歌うはタンゴの名曲「奥様お手をどうぞ」

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 しかし凡平、遊園地経営の失敗で作った借金で、店が抵当に入っている。今日も金貸し・満井秀雄(森野鍛治哉)と番頭(谷晃)が催促にやってくる。しかし満井の狙いは、和子と結婚すること。それが叶えば借金は棒引きとなる。吉本新喜劇でよくあるパターンである。

 ロッパ一座の森野鍛治哉がいやらしくておかしい。言葉尻が独特で、(大辻司郎(父)さんを少しまともにした感じといえば、わからないか(笑)谷晃さんは、戦後も喜劇映画などで活躍。『モスラ対ゴジラ』(1964年・東宝・本多猪四郎)で網元を演じた人でもある。

 そんな凡平だが、何よりの楽しみは親友・佐倉音造(徳山璉)が外国航路の長い後悔を終えて、久しぶりに帰ってくること。音造は、和子の叔父でもあり、凡平の無二の親友。それを知らせる電報を読んで、凡平は「ジョコンダ」で思わず嬉しくて「親友の唄」を歌い出す。ああ、これだったんだ! 岸井明さんのC Dで耳馴染みのこの曲は、やっぱり映画の挿入歌だったんだ! ダルマの目玉が入る思い。

 歌が終わると、翌日の神戸港。豪華客船が入港し、パーサーの音造が下船してくる。凡平と和子と久々の再会、もちろん「船乗りの唄」を楽しく踊る。この船から神戸港、神戸の街、船会社のオフィスまでの一連のショットが、全てロケーション。昭和14(1939)年の神戸のハイカラな空気がイキイキと伝わってくる。ともかく、この映画ロケーションが素晴らしい。

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 歌ということでは、もう一人の主人公。和子と凡平のピアノと唄の先生・大津妙子(江戸川蘭子)。山手の洋館で音楽教室を開いている妙子は、有名な声楽家、今は夫を亡くし、幼い女の子を育てている。その音楽教室で、和子のピアノで水上怜子さんが「サンタルチア」を歌っている。和子がレッスンをサボったとき、代わりに凡平が習ってシューベルトの「のばら」を歌うシーンがあるが、岸井明さんの唄のうまさに仰天!

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 また「ジョコンダ」の女給・梅王メイリン(市原綾子)が出番は少ないながらいい。控えめで、和子と凡平のこと、店のことを心配している。南京街への和子との買い物シーン。街角のレコード屋の店先で、井田照夫のレコード「戦線春だより」が喧伝されている。ふと、戦地の思い人「王(ワン)さん」のことを思い出す。そんなさりげないショットに「時局」を感じる。よる、「ジョコンダ」でチャイナドレスを着た梅王が切なく歌う。歌い終わるとキャメラは窓際のポスター「何日君再来」に寄っていく。伏水修演出のうまさ、さりげないショットに込めた情報を重ねて「情緒」を生み出す。

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 というわけでドラマは、シンプル。外国航路のシップガールになりたい和子。それに猛反対の父・凡平は、借金棒引きのために和子を満井に嫁がせねばならない。一方、実は和子の本当の父親である音造は、娘の幸せを願って船で知り合った音楽プロデューサー・鳥辺英助(藤尾純)と結婚させたい。三者の思惑がこんがらかっていく。その鳥辺の「ポール・ホワイトマン楽団がね」などとスノッブなセリフ、キザな態度がおかしい。

 ちなみに怪しげなプロデューサーを演じている藤尾純さんは、森野鍛治哉さんと共にロッパ一座に在籍していて『歌ふ弥次喜多 京大阪の巻』(1937年・久保為義)で弥次喜多を演じている。舞台や映画でロッパさんと徳山璉さんが演じていた役である。

 中盤、鳥辺英助(藤尾純)とのお見合い、港が見えるクラシックホテルのガーデンでの見合い。戦前のおっとりした空気、コスモポリタンな雰囲気が画面から伝わってくる。続いて、満井(森野鍛治哉)宅で、無理矢理「食事でも」が実現。憮然としながら音造、和子がテーブルに出された支那料理をぱくつく。シューマイを口に放り込む和子。これも神戸ならでは。

 また凡平、音造、和子が、休日に遊びに行く遊園地「新世界パラダイス」。かつて凡平が経営してた時とは大違いの大繁盛。ロケーションはのちの宝塚ファミリーランド。「宝塚新温泉」の遊園地と動物園。神戸の雰囲気を出すために、エキストラで外国人船員とその家族が歩いている。黒いマスクをしている女性も多い。これまた時代を感じさせる。

 色々あってのハッピーエンドは、妙子の声楽家の復帰により、「ジョコンダ」の借金も急展開でクリアとなる。和子と船員になりたかった長田の希望が叶うそのあたりのご都合主義が気にならないのが喜劇映画の良いところ。みんなが幸せになり。凡平と音造の仲良しの親友二人組のにこやかな笑顔で幕を閉じる。

 この映画の素晴らしさは、1939年の神戸ロケーションがたっぷりと楽しめること。岸井明さん&徳山璉さんの歌声を存分に味わえること。あゝ、楽しき哉! 戦前の音楽映画!

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