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『月曜日のユカ』(1964年・中平康)

 “映画は時代を映す鏡”といわれるが、この『月曜日のユカ』は、昭和39(1964)年という時代の匂いに溢れている。東京オリンピックに沸き立つこの年の空気や、時代の気分が、フィルムのなかに凝縮されている。この年、人々が何を観て、何を感じていたかが、感覚として共有することができるのである。

 『月曜日のユカ』は、当時も現在も、特別な作品である。ニュープリント上映には若い観客が集まり、ポップでクールなシネマとして認知されている。監督の中平康は、『狂った果実』(56年)や『街燈』や『誘惑』(57年)といった諸作で、その映画的センスを発揮したモダニストである。そのモダンな感覚は、が、いつの時代も、多くのファンに支持されており、現代と繋がっている稀有な作家でもある。

 何よりも、この映画が観客を引き付けるのは、ヒロインの加賀まりこのコケットな魅力。男を喜ばせることが生き甲斐のユカの可愛さであり、まるでお伽話のように綴られる物語のひんやりとした感覚でもある。どんなに相手に尽くしても絶対にキスはさせない。元米軍兵のオンリーだった母親(北林谷栄)から“男の喜ばせ方の指南”を受けるユカと、母親の関係は一見微笑ましいが、そこに横たわるユカのトラウマは、このドラマの影の部分でもある。

 オープニング。ユカについての様々な噂が飛び交う。原作者の安川実は、タレントとしてテレビやラジオで活躍したミッキー安川のこと。ユカの話も、横浜で語り継がれた実話だという。ユカの物語は、人々に語り継がれ、いつしかお伽話的なものとなり、安川実によって紡ぎ出されたエピソードが、中平康の映画となった。

 脚本を手掛けたのが、当時、日活のスチールマンだった斉藤耕一と倉本聰。斉藤監督によると昭和30年代後半の日活(に限らないだろうが)の若手監督や脚本家たちはヌーベルバーグの影響を強く受け、ヌーベルバーグ論議の明け暮れだったという。そうした一人である斉藤は “ユカの物語”の不条理性に惹かれて、倉本と脚本を執筆。彼等が目指したヌーベルバーグの作家たちに多大な影響を与えたとされるのが、中平康の『狂った果実』というのも不思議な話。

 先鋭的でリズミカルなカッティング。速射砲のような会話。中平康の映画は、技巧に溢れている。『月曜日のユカ』でも、そうした映画テクニックが織り成すリズムが生理的な快感をもたらしてくれる。しかし、斉藤=倉本によるシナリオの持つユカの不条理さが、それまでの中平映画とは違う肌ざわりにしている。この映画のムードと味わいは、この作品がきっかけで、『囁きのジョー』(1967年・松竹=斎藤プロ)で監督となった斉藤が、松竹で撮った佳作『小さなスナック』(1968年)などに受け継がれている。そういう意味では、日活で娯楽映画を連作してきた中平にとっても分岐点となった作品でもある。

 加賀まりこは、それからもユカの時代のイメージのまま、テレビなどで活躍しきたが、当時は松竹の専属スター。松竹ヌーベルバーグの旗手の一人である篠田正浩監督の『涙を、獅子のたて髪に』(62年)でデビューし、やはり篠田監督の傑作『乾いた花』(64年)に出演。しかし、その二作を除いては、松竹大船スタイルの作品ばかりで、彼女の持つコケティッシュなイメージを活かしきれてはいなかった。初の他社出演となった『月曜日のユカ』が、彼女のその後のイメージを作ったことになる。

 修を演じた中尾彬は、昭和36(1961)年、日活に入社。同期の高橋英樹の主演作『真昼の誘拐』で公式デビュー。その少し前、吉永小百合の『青い芽の素顔』、『東京ドドンパ娘』にもノークレジットながらテスト出演している。様々な作品での端役を経て、NHKの秀作ドラマ「魚住少尉命中」(1963年)で演技者として高い評価を得る。本作で、ユカの恋人役に抜てきされ、それまでの日活青春スターにはない陰影のあるキャラクターを演じた。

 日活映画の主要舞台ともいえるヨコハマだが、現代の寓話にふさわしく、山崎善弘によるキャメラは、フォトジェニックな味わい。オープニングの空撮。修とユカがいつも過ごす横浜港の赤灯台を捉えたロングショット。様々なヨコハマの風俗を捉えながら、街を歩くユカのショットで始まるスタイリッシュなタイトル。黛敏郎のピアノによる、印象的なテーマ音楽。時折インサートされる写真は、スチールマンだった齋藤耕一によるもの。

 快調な滑り出しの前半と、後半のショッキングな展開のアイロニー。修が出て行った後のユカの部屋をローアングルで捉えたショットの空虚さ。インサートされる夜の赤灯台の寒々とした空気感は、次に起こる悲劇を予兆している。誰にも唇を許すことのなかったユカは、修にだけはキスを受け入れようとしていた。しかしそのユカを受け入れられなかった修。

 そしてラストのシークエンス。パパからのたっての頼み、外国航路の船長と寝ること。パパを助けるため無垢なユカは、船に乗り込む。ユカの唇を奪おうとする船長。ユカのトラウマは一挙に爆発する。助けに来たパパとともに埠頭でダンスを踊るユカ。ラスト、ユカはパパを殺そうとしたのか? 現実でも誰もその真意がわからなかったように、ユカの本心は誰にもわからない。『月曜日のユカ』は、不思議な魅力にあふれた作品である。

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