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『男の怒りをぶちまけろ』(1960年・松尾昭典)

 トニーこと、赤木圭一郎がスクリーンで演じたキャラクターは「拳銃無頼帖シリーズ」(60年)と遺作となった『紅の拳銃』(61年2月11日)をのぞいて、ほとんどが“堅気の青年”である。ボクサー、マドロス、新聞記者、大学生と、役柄はさまざまだが、いずれも暗黒街には属さない。ごく普通の青年が、何かの事件に巻き込まれるか、逆に飛び込んで行くことで、暗黒街の敵と対峙することになる。ダイヤモンドライン参加第二作『打倒(ノックダウン)』(60年3月20日)で、数ある日活ボクシング映画でも、最もインパクトのある試合を展開した松尾昭典監督作品『男の怒りをぶちまけろ』(60年6月18日)のトニーもまた新聞記者である。

 夜空を飛ぶ旅客機のショットから映画が始まる。二人の悪漢、橋場(土方弘)と有本(内田良平)がハイジャックするオープニングは、作品のスケール感を広げ、期待を膨らませる。ハイジャッカーが、機長たちを襲い、乗客からダイヤモンドを奪ってパラシュートで脱出、そこでタイトルバック。西部劇のテーマ風のイントロが印象的なトニーの主題歌が流れる。が、肝心のトニーはまだ現れない。

 パラシュートで降下した強奪犯は、東京への陸送トラックを襲撃。ハイジャックに続くトラックジャック。まるでハリウッドのアクション映画を見る思いだが、こうしたケレン味が本作の魅力である。やがてトラックが検問で停止。警官の頼みで、東京まで同乗することになる毎超新聞社会部記者・三沢十郎としてトニーがようやく登場。暗黒街の陰謀が進むなか、堅気の主人公が事件に巻き込まれて行く。滑り出しの快調な娯楽作である。

 このミステリアスな展開。主人公が事件に巻き込まれるプロット。そして、ところどころにインサートされるキャメラの主観による移動ショット・・・は、当時「ヒッチコックマガジン」やテレビの「ヒッチコック劇場」でブームだったアルフレッド・ヒッチコック監督作の風味。宣伝部が作成したプレスシートにも「ヒッチコック風の味を挿入しつつ〜」と謳っている。

 それはあくまでも“風味”。やはり日活アクションの本領は、ディティール豊かな悪役たちのキャラ造型にある。この作品、実に悪役が多い。主要なキャストはほぼ悪役ばかりなのである。まず、ダイヤを奪う土方弘と内田良平、キャバレー「トレモロ」の支配人で彼等のボス・稲上勇二(金子信雄)。その元情婦で、今は大ボスの愛人である礼子(渡辺美佐子)。ダイヤを奪われる側の中国人ボス・陳(嵯峨善兵)、そして対立する二つの組織を自在に動き回る武器密売人・リャン(藤村有弘)。さらにはドラマの後半になってその正体が明らかになる黒幕・筧順造(西村晃)・・・。日活ギャングスター勢ぞろいの感がある。

 特に、黒ずくめの金子信雄の屈折したキャラクターが印象的。かつては自分の恋人だった渡辺美佐子を、ボスに召し上げられ、そのボスに服従する男の苦悩はクライマックスで一気に爆発する。

 彼等が、欲望をむき出しにしてダイヤを奪い合う。ハイジャックとトラックジャックの証拠隠滅のために、トニーはトラック運転手・小泉(木浦佑三)たちと共にトラックごと海中に捨てられる。そこで、トニーを救い出す事件屋・村西三次に扮した、二谷英明の圧倒的な存在感もいい。

 赤木の映画の特徴の一つに、個性派俳優との共演がある。「拳銃無頼帖」での宍戸錠、『俺の血が騒ぐ』(61年1月9日)の葉山良二、そして本作の二谷英明と、いずれも先輩格の俳優が好敵手的な役割で登場。ナイーブなトニーをがっしりと骨太な男性スターが受け止める。その図式は他の作品でも見られる。二谷英明の事件屋が、金の匂いを嗅ぎ付けて、トニーと事件に首を突っ込んで行く。その相棒=バディ感覚は、堅気の新聞記者と暗黒街との結びつきへのいいクッション役を果たしている。

 殺された木浦祐三の妹・小泉章子(浅丘ルリ子)のヒロインぶりも魅力の一つ。浅丘ルリ子がダンサーという設定も珍しいが、ヒッチコックの『裏窓』(54年・米)のグレース・ケリーのように、単身敵に潜入していく姿も可憐。彼女が、ビル屋上でレッスンしたりフロアで踊る姿は、他の映画では見かけない。

 そのルリ子が、嵯峨善兵たちの組織に拉致されるシーンのカーアクションは、新宿三丁目で隠し撮りされたもの。交差点で車から死体が落とされるショットで、現場は大騒ぎとなったという。路地から伊勢丹会館の駐車場まで車が疾走するシーンは本作の見せ場のひとつ。

 登場人物も多くプロットも二転三転するが、1時間を過ぎると物語は松尾監督得意のハードなアクションに集約されていく。佐谷晃能の美術によるキャバレー、そして屋上のセットは、クライマックスのアクションのために設計されたもの。悪漢一人一人が自滅していくシーンのさばき方は、松尾演出の白眉。ラストまで目が離せない娯楽アクションの快作である。

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