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『エンタツ・アチャコの新婚お化け屋敷』(1939年・齋藤寅次郎)その2

 僕にとって「エンタツ・アチャコ映画」のベスト作品であり、齋藤寅次郎の戦前のナンセンス・コメディの最高峰でもある『エンタツ・アチャコの新婚お化け屋敷』は、他の「エンタツ・アチャコ映画」同様、敗戦直後、新作が圧倒的に足りない時に、東宝系の映画館で再上映されて大人気となった。このナンセンス・コメディは、いつの世にも人々を魅了する。ウエットな人情話になりがちな喜劇映画にあって、ここでの横山エンタツは徹底的にドライ。

 アチャコと三益愛子の家に転がり込んで、自分が原因で、怒った女房・しん子(三益愛子)が家を出ようとすると「堂々と出て行ったらいい。堂々と。あなた好きなところへ行きなさい。」としれっとしている。 親友はかけがえがないが、女房はいくらでも変えられる。というロジックで、人の家庭に土足で踏み込んでくる。
 
 正体不明なところも含めて、エンタツが演じる石田という男は、他者とコミュニケーションが成立しない。そのドライさが、なぜか爽快である。『ニッポン無責任時代』(1962年・古澤憲吾)の植木等のように、他人の思惑など関係なく、自分の目的のために動く「無責任男」と同じなのである。それでは前回の続きから・・・

【エンタツ・アチャコ・三益愛子のトリオ漫才】

 雨も止み、夜空にはお月さまが出ている。結局、しん子は家に止まることになり、藤木(花菱アチャコ)と石田、しん子の3人が食卓を囲んでいる。

藤木「ええ、お月さんやな」
石田「ええな」
藤木「(抜けた屋根から月を見上げて)これで電灯代も助かる」
石田「国策に沿う」
藤木「何が得になるかわからん」

 昭和14(1939)年である。前年に国家総動員法が国会に提出され、制定された。泥沼化する日中戦争のために、庶民も「総力戦体制」に入っていた。なので、自分が屋根を打ち抜いたことは「国策に沿う」というロジックのエンタツ。これがギャグになる時代。この頃はまだ、誰も本気でなかったことがわかる。同時に、こういうメッセージを台本に入れておくことで、内務省の検閲で「国策に協力している」とアピールすることが出来たのだろう。

 ずぶ濡れだった石田は、女物の着物を来てくつろいでいるが、しん子には相当嫌われて無視されている。藤木と石田が楽しく話していても、冷ややかな目線を送るしん子。酒を酌み交わす藤木としん子。いくら石田が盃を出しても相手にされない。エンタツの仕草がおかしい。所在なげで、でもなんとか酒が飲みたい。藤木としん子の間に、盃を持って入ったりするが、それも虚しく、一杯もありつけない。この冷ややかな三益愛子は、二人の漫才に対する、存在としての辛辣なツッコミである。一種の批評というか、憮然とした三益愛子が、この場にいることで、エンタツ・アチャコの漫才的会話のナンセンスさが、より際立って見える。これも、かなり新鮮である。ここでまた漫才が始まる。

藤木「いっぺん、僕がな、東京見物に連れてってやる」
石田「ありがとう。しかしな、僕は丸ビル、今日行ってきたよ」
藤木「丸ビル行ったか。えらい人やろ」
石田「あそこへ流れ込む人はすごいね」
藤木「ああ、大勢の人や。あんだけの大勢の人がな、朝の8時になるとな、ちゃんと、活動を開始するね」
石田「そうか。8時か」
藤木「はいな」
石田「さすが、東京やな。8時から、何か、活動写真が始まるの?」
藤木「何を聞いてんねんな。事務を取るのんや。早い話がな、仕事をすんのや」
石田「ああ、金を誤魔化すとか。あるいは持ち逃げをするとか」
藤木「ちょっと待て、キミはね、会社員いうたら、そんな悪いもんやないで」
石田「だけども、毎日、新聞には出てるよ」
藤木「なあにを言うてんねん。そらキミ、誤魔化したりするかいな。ちゃんとお前、重役がついて毎日帳面を調べてるやないか」
石田「なるほど、帳面、いちいち重役が窓際で透かしてみてね」
藤木「はあ、透かす? なんで透かすねん」
石田「ひょっとしたら、帳面に穴が空いてやったら、大変やから」
藤木「なあにを言うてんねんキミ。穴開いたり、そんな不正な会社やったら、潰れちまうやないか」
石田「だけど、丸の内界隈の会社は、ちょっと潰れんな」
藤木「なんで潰れんねん」
石田「そらキミ、鉄筋コンクリートやないか」
藤木「鉄筋・・・ハハハハハ」
石田「ハハハハ」

このオチにエンタツ・アチャコ、そして観客は大笑いしているのに、三益愛子は憮然としたまま。これがまたおかしい。彼女は、昭和初期から浅草の「笑ひの王国」で古川ロッパと舞台に立っていた。ロッパの丸の内進出も一緒で、舞台、映画で共演。舞台や余興ではロッパと三益のコンビで漫才をやっていた。なので、彼女の恐妻ぶり、容赦ないツッコミが、洒落になるのである。

【石田、就職するも・・・】

 そして藤木は、無職の石田の就職の世話をすることに。「ハイ(ハエ)トリ紙」製造会社に10年勤務して、ようやく職長となった藤木の部下になるのはどうか? というと石田は「そいつはちょっと考えるなぁ。キミの下やったら、僕は職工やろ、職工はボクはダメだ。大体、ボクは職工はいけないんだ。ボクにはどうしても課長だな、ピッタリくるのは」と贅沢この上ない。翌日、結局「イマイのハイトリ紙」工場で、職工として生産ラインで働く石田。

 チャップリンの『モダンタイムス』(1936年)を意識して、エンタツが流れてくる紙にノリを塗っていくシーンが展開。最初は調子良いのだが、藤木の元に女性がきて、何か話しているのが気になるので、ついよそ見をして、結局生産ラインは滅茶苦茶に。齋藤寅次郎好みのヴィジュアル・ギャグ。結局、監視窓から、社長(山田長正)が顔を出して「君みたいなだらしのない監督は、今日限りクビだ!」と、あえなく藤木は解雇されてしまう。

 しばらくして、藤木は家でブラブラしている。石田が働いてくれてるから、自分はのんびりできると呑気に構えていると、しん子が辛辣な態度で亭主を叱咤する。「人を世話しておいて、あんたがクビになるなんて、そんな間抜けな話ってあるの?」ここで、エンタツに対するツッコミ役のアチャコがボケとなって、三益愛子に突っ込まれる。アチャコの立場が逆転するのだ。

【日本一の無責任男・エンタツ】

そこへ呑気に帰ってくる石田。

藤木「疲れたやろ」
石田「疲れたな」
藤木「ちょっと、その間に一浴びしておいで」
石田「おう」
藤木「一本つけておくから」
石田「一本だけか?」
藤木「(しん子に)おい、石鹸と手拭い出したれ」
しん子「(無言で無視)」
藤木「(仕方なく、石鹸と手拭いを用意)おう」
石田「おう。このへんは風呂賃はタダか?」
藤木「え? 風呂賃、六銭」
石田「六銭」
藤木「おい、六銭」
しん子「ありません」
藤木「ありませんなんて言わずに、出したりいな」

そこで、石田、衣紋掛けのしん子の着物に手をかける。

石田「おい、これ質屋に持っていけば、幾らほどかかるかな」
しん子「(あわてて)あ、風呂賃あげるわ」
藤木「それ、みいな」

ほとんど居直り強盗である。三益愛子の憮然とした表情が、尚更、エンタツの非常識ぶりを強調して「無責任だなぁ」とおかしくなる。

藤木「ほい、六銭」
石田「おう。続いて八銭」
藤木「八銭、何すんの?」
石田「ゴールデンバット」
しん子「(石田を睨みつける)」
藤木「おい、バット買うねん」
しん子「タバコ代までありませんよ」
藤木「そんなこと言わんで・・・」
石田「いい、かまわん、かまわん。じゃ、あそこで借りとくわ。キミの名前で相当借りてるから」
藤木「あ、そう」

風呂銭はせびるわ、タバコ代がなければツケで買うからと、傍若無人も甚だしい。これまでの「エンタツ・アチャコ映画」のエンタツとは、全く違う、図々しさ。それも当然の顔をしている「無責任さ」は、ここまでくると爽快さすらある。

藤木「おい、しかしまあ、ゆっくり温もっといで。なんてったって、キミはボクとこの大黒柱やからな」
石田「そりゃそうだ。ハハハ」
藤木「しかしあのう、実験はどうなった?」
石田「あっ、都合で、あの工場面白くないからな、やめた」
藤木「やめた?」
石田「いろいろ止めてくれたけどな、面白くないよ」
藤木「あそう」
石田「ああ、今日を限りに」
藤木「ホンマか
石田「その代わり、明日から3人、お互いに面白く遊べるで。ハハハ」

 おいおい。と観客もアチャコと一緒にツッコミたくなる。エンタツがポーカーフェイスなだけに、この無責任な言動と行動が笑いにつながる。友人の家に上がり込んで、仕事を奪った上に、面白くないからとやめてしまう。言うに事欠いて「お互いに面白く遊べるで」。全く、コミュニケーションの成立しない相手。この石田のキャラは、後年の植木等のクレージー映画でいうと『日本一の断絶男』(1969年・須川栄三)に匹敵する「他者と断絶して、自分の欲望のために行動する断絶男」なのである。戦前映画でここまでドライなキャラクターは、他にはいない。だから、いつ見ても新鮮な驚き(多分に呆れ返るけど)がある。

【日本一の断絶男・エンタツ】

 そんな石田になんとか出てってもらいたいと、しん子は一計を案じる。自分が腹を立てて、家財道具一切を持って家出をすれば、この家には何もなくなる。一文無しの藤木だけになれば、ちゃっかりしている石田は「うちに金目のものがなければ、さっさと出ていく」筈だとしん子の作戦である。

 このやりとりで、アチャコは「そんなんいやや」と手足をバタバタさせて赤ん坊のように駄々をこねる。この赤ちゃんの真似は、コメディでは「ダアダア」と呼ばれるものだけど、冷静なしん子がツッコミで、うろたえるアチャコがボケとなる。この夫婦の会話も漫才になっている。

 空っぽになった茶の間で、藤木がポツンと一人、寂しそうにしている。そこへ石田が帰ってくる。

石田「ああ、いい気持ちやったわ(部屋を見渡して)あ、おい、これは一体どうした?」
藤木「女房のやつがな、キミと暮らすのが嫌やというてな、今、道具全部ひとまとめにしてな、出て行きよったわ」
石田「ほう、じゃ、ボクと一緒にいるのが嫌やから、出ていったん?」
藤木「ああ」
石田「ホントかい。(にっこり笑って)あぁ、ちょうど良かったな。第一ボクも嫌いだよ。クヨクヨすんなよ。こりゃ実際おめでたいよ。ボクは心からお祝いするよ。もう、あんな女なんか相手にしないでね。その代わり、ボクがもっと立派な、奥さんを貰ってやるよ。安心せい」
藤木「女房か?」
石田「ああ」
藤木「もういらん」
石田「え?」
藤木「もう女房はいらん。しかしなぁ、二人とも会社クビになってんやろ」
石田「ああ」
藤木「ボクのようなこんな頼りない男にな、いつまでもついてたところでな、見込みがないわ」
石田「ああ」
藤木「で、キミに済まんけどもな、この家を出て行ってくれんか?」
石田「いや、出ていかん」
藤木「え?」
石田「出ていかん」
藤木「そんなこと言わんと、出て行ってくれや」
石田「そんなこと心配するなよ。ボクはそんな水臭い男じゃないよ。絶対にこうなったら、キミを見捨てるようなことはないからな、安心しておくれ」
藤木「どうあっても見捨てんか?」
石田「おう」
藤木「そこ、どないかして見捨てて貰った方が、都合がええんやがな」
石田「いや、見捨てんなあ」
藤木「そうか」
石田「どんなことがあってもな、ボクは男だから、キミを見捨てるようなことはないで」
藤木「そうか・・・」
石田「それは大丈夫だよ」
藤木「見捨ててくれたらええのになぁ」
石田「心配すんなよ、おい。大丈夫だよ」
藤木「そうか・・」
石田「見捨てないよ。男だから」
藤木「難儀やなぁ」
石田「え?」

 どんなに「見捨ててくれ」と言っても、全くわかってもらえない。アチャコが精神的に追い詰められていることなんか、一切わからない。この石田には全くコミュニケーションが成立しないのだ。ある意味、究極のボケ。お人好しのアチャコに、傍若無人なエンタツ。しゃべくり漫才で培ってきた、お互いの立ち位置が、齋藤寅次郎監督によって、ここまで断絶した関係になってくる。『新婚お化け屋敷』が、他の映画とは違うのは、この石田の徹底したドライなキャラクターのおかしさ。全くコミュニケートできない男とのコミュニケーション。

【いよいよ、別れの時・・・か?】

 工場地帯。石田と藤木が職を求めて彷徨っている。日中戦争が激化するなか、庶民の暮らしは不景気が直撃。職を失うものも多かったこの頃。なかなか職は見つからなかった。石田も藤木もヘトヘトに疲れている。二人一緒の職場で働こうとするのが間違い。こうなったら、別々な道を探そうと、石田が提案する。藤木にしてみれば、恋女房・しん子とよりを戻したい一心なので、その提案に大喜び。「二人、別れてくれるか!」「ちょっと待て、別れるっていうとバカに元気が出だしたなぁ」「そんなことはない、悲しい」

石田「キミが悲しいと言い出したなら、人情として別れるのは忍びない。どこまでも一緒に行こう」

 藤木の心、石田知らずである。とことんK Yな石田。あわててとりなす藤木。「キミと二人のままなら、ボクはドブの川にハマった方がマシやわ」。もうメンタルギリギリである。結局、別れの盃をかわすことになり、石田は家に戻り、藤木は準備と称して、しん子の新居に向かう。下町のしもた屋で一人暮らしをしているしん子。

 なぜか丸髷を結って、色町の自女性のようにお目かししている。亭主と別れて、せいせいして、自由を謳歌している。そんな感じであるが、この当時のモラル上、映画では彼女がどうしているかは、一切触れられていない。その色っぽい姿に、惚れ直してデレデレの藤木。B G M「あなたなしでは」が流れる。聞けば、この家、家賃が三十五円もする。当時の大学卒の初任給がおよそ百円だから、無職の藤木としては、二軒分の家賃は相当な負担となる。

 一方、石田は、家財一切なくなった藤木の家に帰ってきて、寒いからと部屋の中で焚き火をしている。薪がないので、窓の引き戸や玄関の戸をバラバラにして燃やして暖をとっている。なんたる傍若無人! 家の前で犬が骨を食べているのを見た石田「贅沢なものを食ってるぞ」と飛び出して、「コラっ!」と犬を脅かして、骨を奪う。「ほほう、相当なもんだよ、コイツ」と骨を食べ始める。とにかく石田の行動が、どうかしている。これを笑いにしようとする齋藤寅次郎と横山エンタツの「ナンセンス」は、相当、新しかった。この「ただのひどい男」が、喜劇映画の主人公というのは、やはり凄い! 

というわけで、ここまででちょうど映画が始まって28分ぐらい。まだまだ『エンタツ・アチャコの新婚お化け屋敷』続きます(笑) お化け屋敷まで、なかなか辿り着かないけど・・・

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。