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『新婚うらおもて』(1936年12月20日・P.C.L.・山本嘉次郎)

 今宵の娯楽映画研究所シアターは、じゃがだらコンビ(岸井明・藤原釜足)の『新婚うらおもて』(1936年12月20日・P.C.L.・山本嘉次郎)『唄の世の中』(8月11日)でニッポン・ミュージカルの先端を行った、岸井明さんと藤原釜足さんが、ゲスト出演した『東京ラプソディ』(1936年12月1日)に続いて出演したサラリーマン家庭劇。監督の山本嘉次郎さんは『エノケンの青春酔虎傳』(1934年)からP.C.L.の都会派コメディを牽引してきた人。

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 『新婚うらおもて』は、京橋の玩具会社に務める若きサラリーマン・藤原釜足さんと恋女房・神田千鶴子さんの新婚夫婦の元へ旦那と大喧嘩して転がり込んできた妾・竹久千恵子さんと、その愛人・岸井明さんの四人の喜劇。お互い、相手を想うあまりに、どんどんボタンを掛け違えて、大騒動となる。

 岸井明さんは、藤原釜足さんの務める会社の若旦那。竹久千恵子さんは、神田千鶴子さんの幼馴染み。それゆえ、誤解が誤解を呼んで・・・ウィットに富んだ山本嘉次郎監督の演出が楽しい「他愛のないコメディ」。岸井明さんの新曲「あゝ、つまらんぞ」(作詞・佐伯孝夫 作曲・佐々木俊一)は映画公開日の12月20日にビクターからリリース。そして、そのカップリングのA面曲で小林千代子さんの「何んでもいいから解ってね」(作詞・佐伯孝夫 作曲・佐々木俊一)を大々的にフィーチャー。レコード屋や、ラジオからレコードが流れる。岸井明さんが小林千代子さんに肩入れするあまり、竹久千恵子さんが嫉妬するのがトラブルの大元となる。

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 タイトルバックに流れるのはジャズソング「マイ・ブルー・ヘブン 私の青空」。音楽監督・谷口又士さんの編曲で、P.C.L.管弦楽団の演奏で、藤原釜足・神田千鶴子さん夫婦のモチーフとして本編でも随所に使われている。そして竹久千恵子さんと岸井明さんの音楽モチーフが、"I've Got a Feelin' You're Foolin'" (作曲・ナシオ・ハーブブラウン)。MGMミュージカル『踊るブロードウェイ』(1935)のナンバーでロバート・テイラー、フランセス・ラングフォードが歌った曲がインストで流れる。谷口又士さんのアレンジがいい。さらに岸井明さんを「デブ公!デブちゃん!」と揶揄う子供たちのモチーフには、ディズニーの短編漫画映画シリー・シンフォニーの『三匹の子ぶた』(1933年)「狼なんか怖くない Who's Afraid of the Big Bad Wolf」(作曲・フランク・チャーチル)が使われている。いずれの曲もフルサイズで、延々と流れている。このBGMにより、本作をモダンな都会派喜劇として印象付けてくれる。

 クライマックスは、小林千代子独唱会。なんと村山知義脚本・演出とある!ステージに組まれたアールデコの凝ったセットで、「涙の渡り鳥」「何んでもいいから解ってね」を小林千代子さんが独唱。ラストは、ビクターの歌手・久富吉晴さんと小林さんのデュエットで「マイ・ブルー・ヘブン」となる。最新のビクターの流行歌と、じゃがだらコンビの笑い。昭和11(1936)年の年の瀬には相応しい。

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 東京中央区京橋。玩具会社・山崎商店の輸出部に外国人バイヤーが商談に来ている。英語を駆使して玩具を売り込む通訳と番頭。なかなか値段の折り合いがつかない。番頭がブリキの機関銃を進めると、バイヤー「何を弾にするのか?」。番頭「小豆かささげ豆」と答えるが通訳、少し困って「Beans」。そこでバイヤーが連射すると、生真面目そうな会計係の社員に銃弾が打ち込まれる。本編の主人公・小島太郎(藤原釜足)である。

 太郎は、店のすぐ近くの蕎麦屋「京橋・増田屋」の娘・花子(神田千鶴子)に押し切られて結婚。目下、新婚世帯だが、すでに尻に敷かれている。世田谷区太子堂の文化住宅でつましく暮らしている。

 その太郎に「五百円都合つけてくれ」と無理難題を持ちかけるのが、山崎商店の若旦那・山崎清吉(岸井明)。道楽者でノンシャランな清吉、今度はビクターの歌手・小林千代子に入れ上げて「玩具のコマーシャルソング」を歌ってもらうために、記念品の時計を送りたいとの無心だった。

 仕方なく銀行で、店の金を下ろして、若旦那・清吉に渡す太郎。その前の蓄音器店の店頭ではビクターの新譜、小林千代子さんの「何んでもいいから解ってね」をデモンストレーション中。早速、妻の実家の増田屋の小僧(大村千吉)が出前途中、歌詞カードを手に「もう覚えちゃったよ」。感化された太郎、家に帰って、妻・花子に披露するが、音痴すぎて、間違いを正される始末。そこへ、花子の幼馴染で魚屋の娘、今はモダンガール・ゆき子(竹久千恵子)が酔っ払って現れ、太郎宅へ泊まることに。

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 ゆき子は、清吉の愛人で、清吉が小林千代子に贈る高級時計が、間違ってゆき子のアパートに届いたために大喧嘩して家出してきたのだ。新婚家庭に転がり込んだ居候が、会社の若旦那の愛人なので、太郎は無下にもできずに、妻・花子はそれが面白くない。

 ただそれだけのストーリーなのだが、岸井明さんと藤原釜足さんのキャラが立っているので、眺めているだけでも楽しい。後半、それぞれの彼女・妻と大喧嘩して、飲みに行った清吉と太郎が、深夜二時、酔っ払って、銀座の路上(P.C.L.のセット)で唄うのが主題歌「あゝ、つまらんぞ」。映画では藤原釜足とのデュエットで、二人の芸達者ぶりが味わえる。

ああ、楽しき哉! P.C.L.のモダン喜劇!


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