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1937年東宝オンパレード『楽園の合唱』(1937年9月1日・P.C.L.・大谷俊夫)

 ハリウッドでも『パラマウント・オン・パレイド』(1930年)のように、スタジオ専属のスターをズラリと並べたオールスター映画を製作していた。第1作『ほろよひ人生』(1933年)から四年、創立5周年を迎えたP.C.L.映画製作所は、J O、東宝と合併して東宝映画となるのを記念してオールスター映画を製作した。それが1937年東宝オンパレード『楽園の合唱』(1937年9月1日・P.C.L.・大谷俊夫)

 東宝マーク、P.C.L.マークの後「1937年東宝オンパレード」とサブタイトルが晴れがましく出る。岸井明と江戸川蘭子のデュエット「独身のせいだわ」(作詞・佐伯孝夫 作曲・鈴木静一)の映画テイクが流れるなか、星のデザインにスターの顔写真と共に出演者のクレジットとなる。役名は筆者が追加した。

 藤井貢(東京発声・清正)、丸山定夫(伯父さん)、岸井明(小田)、大川平八郎、佐伯秀男(箱根の二枚目)、嵯峨善兵(助監督)、市川朝太郎(映画スタッフ)、北澤彪(本人)、御橋公(医師)、小林重四郎(本人)、大日向傳(東京発声・本人)、入江たか子(本人)、高田稔(本人)、岡譲二(映画監督)、竹久千恵子(本人)、椿澄枝(フミ子)、英百合子(看護婦長)、梅園龍子(フミ子の姉)、神田千鶴子(本人)、山縣直代(箱根のお嬢さん)、江戸川蘭子(操縦士)、霧立のぼる(お見合いのお嬢さん)、清川虹子(スクリプター)、伊達里子(マダム)、高峰秀子(半玉)、武智豊子(東宝・花嫁学校の校長)、逢初夢子(東京発声・本人)、横山エンタツ(医師)、花菱アチャコ(医師)、永田キング(怪人)、古川緑波(文豪の先生)、榎本健一(牧師) 

 お屋敷で父(藤井貢・二役)が大嫌いなカエルに遭遇してショック死。父は女嫌いの息子・清正に早く結婚してもらい跡をついで欲しかった。肝心の清正(藤井貢)は少年たちと野球に興じている。伯父さん(丸山定夫)の命を受けた、大勢の女中たち(東宝の若手女優陣!)が自転車で野球場へ。ホームランをかっ飛ばした清正、そのまま屋敷にかけてゆく。さすが陸の王者、『大学の若旦那』(1933年・松竹蒲田・清水宏)だけのことはある。スポーツマン・藤井貢を強調する演出。走る自動車を追い抜いていく、まるで8マン!

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 道端で自動車に轢かれそうになったフミ子(椿澄江)を助けるも、「女は嫌いだ!」と突き放す。極端な性格! カフェーで伯父さん、遺産の半分を相続できると、意中のマダム(伊達里子)に鼻の下を伸ばして、ベラベラ喋っている。このマダムを演じているのは、本邦初のトーキー映画『マダムと女房』(1931年・松竹蒲田・五所平之助)でマダムを演じた伊達里子さん! つまり「6年後のマダム」というわけか。そこで伯父さん、兄の遺言を開陳する。「1.蛙はお玉じゃくしのうちに撲滅すべきです」「2.女嫌ひの倅清正を速やかに結婚せしめよ。そは清正の叔父の畢生の大事業なる事」「3.清正を結婚せしめ得る場合に於いては叔父は余が残せる全財産の半分を得ることができる」。この遺言に従って、伯父さんの奮闘努力が始まる。演じる丸山定夫さんは、築地小劇場の第1期メンバーで、創立直後のP.C.L.と契約、『妻よ薔薇のやうに』(1935年・成瀬巳喜男)など数々の名作に出演。昭和20(1945)年8月6日、広島に投下された原爆で壊滅した「さくら隊」の隊長を務め、8月16日に亡くなった。

 舞台はアールデコのデザインの小さな喫茶店となる。和服姿の姉(梅園龍子)が女手一つで経営している。そこへ妹・フミ子(椿澄枝)が帰ってくる。店には怪しい男が、ずっとフミ子を待っていた。グルーチョ・マルクスのようなメイクをしたその怪人(永田キング)は、自称「ハラタチア国」の要人だという。永田キングは相方・ミスエロ子と「スポーツ漫才」で「吉本ショウ」で人気となり、この年『唄の世の中』(8月11日)にゲスト出演、主演作『かっぽれ人生』(10月21日)の公開を1ヶ月後に控えていた。この映画でも和製マルクス、永田キングの怪演が延々と楽しめる。

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 さて、女嫌いの清正をどうやって結婚させるか? そこでマダムが紹介したのは、呑気なブローカー・小田(岸井明)。初登場シーン。キャバレーの階上で、岸井明自ら作詞した「僕は二人前」(作曲・三宅幹夫)をワンコーラス、朗らかに歌う。ジャズ・シンガー岸井明の歌のうまさが堪能できる。伯父さんから、清正の嫁を探して欲しいと頼まれた小田は、早速「明日、箱根にいきましょう」と話が早い。

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 翌日、箱根に、清正を無理矢理連れてきた伯父さん。小田(岸井明)の旧知の箱根のお嬢さん(山縣直代)と清正を見合いさせようとするが、お嬢さんには恋人(佐伯秀男)がいてうまくいかない。清正は偶然、芦ノ湖畔で、フミ子と再会するが、なんと永田キングさんが、フミ子の姉の喫茶店の窮状を救ったので、無理矢理、遠出に誘っていた。

 とまあ、こんな感じでお話が進んでいく。オールスター映画なので次々とスターの出番を用意している。次に、小田が仕組んだお見合いは、良家の子女の和装美人(霧立のぼる)だったが、フミ子以外に眼中にない清正は、酒に酔って虎造節の「清水次郎長伝」のサワリをひとくさり。で見合いはパー。

 もう少し遊びを覚えていた方がいいと、小田と伯父さんが清正を連れて行ったのが、大阪の「心斎橋のそごう」デパートの屋上遊園。タイアップとはいえ、ここだけ大阪ロケーションの贅沢さ。「衣裳指導・大阪そごう」とクレジットにある。つまりタイアップのロケーション。で、この屋上遊園でモギリをしていたのが、なんとフミ子! 清正は元気百倍、フミ子と睦まじくなる。そこへまたまた怪人(永田キング)が登場。清正とフミ子の仲をさこうと一計を案じて、小田に協力を持ちかける。「衣裳指導・大阪そごう」

 そんなことは知らずに、どうしたものかと伯父さん、思案にあぐねて、馴染みの料亭へ小田を誘う。ところが小田は、さらに高額で怪人(永田キング)からフミ子を取り持って欲しいと頼まれ、清正と三角関係になるからと伯父さんの話を断る。その料亭の隣の座敷には、芸者衆を連れて縁日で遊んできた文豪の先生(古川ロッパ)が上機嫌で歌っている。なんとその歌は、ライバルのエノケンさんの十八番「洒落男」。歌詞は「文豪バージョン」で、ロッパの恩人で芸能界に入ることを勧めてくれた文豪・菊池寛の真似をしているのがおかしい。文豪の先生の隣にいる可愛らしい半玉は高峰秀子さん!

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  ♪僕は文壇でいちばん 
 流行(はやり)っ子と言われる男
 小説でも 脚本でも 流行歌でも
 原稿は 羽根が生えて 売れる

  ♪朝から電話や面会人 
    身の上相談や座談会
 自動車の 中で 髭を剃り
 飯を 食うのは 風呂の中

  ♪麻雀に 競馬に ゴルフ
 なんでも かんでも ござれ
 酒と 女も ・・・・・
 だけど こりゃ君 内緒だよ

 そこで文豪の先生、清正に恋愛を教えるために、自分の原作「蝶々夫人」が映画化され、現在A B C(P.C.L.)撮影所でクランクしたばかりだから、見学に行ってきなさいと口を聞いてくれる。で、ここから舞台は、成城のP.C.L.撮影所となる。第8ステージの前に集まる東宝スターたち。小林重四郎さんと竹久千恵子さんが談笑し、ステージの中では岡譲二さんが映画監督役で、アメリカ帰りの阿部豊監督そっくりに「シュート!」と声を張り上げている。やたら英語混じりなのがおかしい。助監督は嵯峨善兵さん、スクリプターは清川虹子さん。

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  映画『蝶々夫人』の主役・ピンカートンには高田稔さん、マダム・バタフライには入江たか子さん。この年の大ヒット『良人の貞操』(4月1日・山本嘉次郎)のゴールデン・カップルである。岡譲二監督「ここで芝居、ここでミュージック」と力が入る。阿部ジャッキー監督はこうだったのかと、カリカチュアされた形態模写で感じる(笑)で、その悲恋に感極まった清正が撮影中に大声で叫んで、撮影は中断。たちまち撮影所に噂が走る。第8ステージの前にあるサロンでは、北澤彪さん、神田千鶴子さん、大日向傳さん達がその話題でもちきり。「女嫌いが撮影中に発狂」と穏やかではない。北澤彪さんが「女嫌いなんて病気、本当にあるのかな?」すると大日向傳さん「あるさ、医学用語でラメンチョン・プレコックスっていうんだ」。ほんとかよ、おい!

 いつの間にか、清正が撮影中に狂ってしまったと大袈裟なことに。で、病院に担ぎ込まれ、「ラメンチョン・プレコックス」の権威の医学博士(御橋公)が、看護婦長(英百合子)たちを従えて、清正の手術にのぞむ。御橋公さん、ボリス・カーロフみたいな不気味な表情なのがおかしい。そこで休憩していた助手の医者(エンタツ・アチャコ)に声がかり、手術が始まる。ところが、エンタツ・アチャコの二人は、例によって漫才を始める。

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ネタは十八番「僕の女房」

エンタツ「ニコニコ笑ってるが、君、どうかしたのか?」
アチャコ「いや、実はな、もろうたんや」
エンタツ「もろた?もろた?ほんとかい?」

 と延々と漫才が繰り広げられる。2カメ、フィックスで撮っているので、これも貴重な映像資料となる。その漫才に、看護婦、医者、伯父さん、清正たちが大笑い。それで手術前に、医学博士から「完治じゃ」とお墨付きをもらう。

 一方、怪人(永田キング)はアジトに、怪しげな外国人の手下、小田を集めて「フミ子を誘拐してこい」と命じる。「チョロマカ・オーケー」と手下たち。お礼の金が欲しい小田も加担することに。空港にフミ子を「小田が待っている」と拉致してきて、飛行機に乗せて母国・ハラタチアに連れ去ろうというのだ。小田はフミこの誘拐に成功するが、怪人は「謝礼の金、財布を見つけ次第払う」と誤魔化す。これこそ「チョロマカ・オーケー」である。結局、金にならないことに気づいた小田は、フミ子の一大事を病院の清正に伝え、二人は空港に急行。

 一方、伯父さんは小田の言葉を信じて、清正とフミ子を今度こそ結婚させようと、空港へ牧師(榎本健一)を連れてくる。空港で「チョロマカ・オーケー」の怪人たちと、清正と小田が大立ち回り。悪党どもをやっつける。飛行機に乗り込んだ女性操縦士(江戸川蘭子)が、離陸しようとするが、一向に飛行機は飛ばない。150キロの巨漢の小田が乗っていたからだ。結局、飛行機にはエノケンの牧師と新郎新婦だけとなり、無事離陸。空中結婚式と相成る。

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 レコードのウエディング・マーチに合わせてエノケンの牧師が歌う。これが楽しい。

♪たまにゃお拗ね ときにゃお妬き
  けれどもそれだって 時と場合
  月給日の朝なんか うっかり拗ねてごらん
  付き合いがはしごをかけて それからそれと
  もう十時 あらもう十一時 
   十二時 一時 二時 三時
   えー〜

「てなことになるから、それも程度問題、お前百まで、わしゃ九十九まで 共に白髪の生えるまで」

  ♪夫は妻を 騙してなるな
 けれどもそれだって 時と場合
 浮気や付き合い するならば
 すべからく決算期に まとめておやり
 今夜も居残り 明日も残業
 なんでも決算 決算 決算
 えー〜

 エノケンの牧師「これはお二人に対する教訓である」の言葉を残して、傘を手に飛行機から機外へジャンプ! その時のポーズ、スタイルが、バスター・キートンの「キートンの蒸気船」を意識しているのがおかしい。

  東宝特撮のルーツともいうべきミニチュアの飛行機が飛ぶショット。最後は、江戸川蘭子さの操縦士が「RED WING (An Indian Fable)」を歌って大団円。

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  なんて楽しい映画なんだろう。昭和12年の大阪そごう、東宝撮影所にタイムスリップして、東宝スターパレードを味わう。この『楽園の合唱』スクリーンでの上映を切望、そして高画質のソフト化も希望!

あゝ、楽しき哉、戦前のP.C.L.映画!


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。