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 今村昌平監督。その重厚かつパワフルな演出は、カンヌ国際映画祭二冠という栄誉で国際的に認められている。川島雄三監督に師事し、監督助手をつとめた傑作『幕末太陽伝』ではシナリオにも参加。人間観察力に優れた川島イズムを継承しつつ、独自の今村ワールドを作り上げた作家である。人間の持つ本質を見据えたドラマ作りは、同時多発テロをテーマにした国際オムニバス映画『セプテンバー11』の、第二次大戦の傷病帰還兵が「蛇」になってしまうエピソードまで一貫している。人間の欲望と、そのエネルギー。今村映画の「重喜劇」と呼ばれるスタイルが確立したとされるのが、この『豚と軍艦』である。

 『豚と軍艦』が作られたのは昭和35年(1960年・横須賀地区先行公開、一般公開は翌1961年)。日米安全保障条約が国民の反対をよそに締結され、敗戦国ニッポンの戦後体制が大きく転換期を迎えた時期である。所得倍増計画の名の下に、かつて「アンポ、ハンタイ!」と叫んでいたホワイトカラーや学生たちも、高度成長の幻影のなかで「レジャー」や「消費」への欲望をむき出しに邁進しはじめていた。

 日本映画はそろそろ陰りが見えたとはいえ、昭和30年代の黄金期を迎え、日活はダイヤモンドラインによる無国籍アクション映画を連作していた。いわば撮影所の時代。松竹ではヌーベルバーグの作家たちが、一般の観客には「やや難解な」作品を発表していた。しかし、我らが今村昌平は、明快にしてパワフル。そしてブラックな笑いに満ちたエネルギッシュな重喜劇を作り上げた。

 アメリカ軍の軍港がある基地の街、横須賀を舞台に、米軍放出の残飯で豚を飼育しようというヤクザたち。彼等には義理も人情もなく、ただただ豚が残飯にありつくように、米軍のおこぼれにしがみついているパラサイト。今村流にいえば、それはまさしく、安保体制下のニッポンそのもの。この映画の登場人物は皆、何かに寄生している。横須賀という特殊な土地柄の現実を、ユーモラスかつリアルなタッチで描写することによって、ニッポンそのものをカリカチュアライズするという企みが見事に成功している。

 長門裕之が演じた金太は、太く短く生きると粋がっている三下やくざ。軍横流しの残飯による豚の飼育がシノギ。組織から貰えるというボーナスをあてにしている。ただそれだけの男。金太に惚れて、堅気になることを願う吉村実子の春子の姉・中原早苗たちもまた、米軍のオンリーとなりパラサイトしている。この映画の登場人物たちは、監督の言う「必要悪」である基地に依存しながら生きている。「必要悪」に寄生し、外国人に翻弄されて自滅していく日本人が、この映画のヤクザ一家なのである。

 そして何より、長門裕之の金太のトッポさが、この作品のエネルギーである。様々な策を労した挙げ句、裏切り裏切られ、翻弄されてく親分をはじめとするヤクザたちの滑稽さ。人斬り銀次と恐れられた丹波哲郎の兄貴分が、自分が末期ガンだと早合点して恐れおののくエピソードもおかしい。

 小沢昭一、加藤武、西村晃といった個性派俳優たちが、それぞれ強烈なキャラクターを作り上げ、作品の「ごった煮」的ムード作りに貢献している。なかでもズーズー弁の大坂志郎や、丹波哲郎の弟役の組合運動にいそしむ佐藤英夫のうさん臭さなど、ちょっとした脇役までかなり強烈な個性を発揮している。

 狂想曲ともいうべき『豚と軍艦』のなかで、何よりもリリカルなのは、吉村実子のヒロイン春子が、金太に裏切られ、呆れながらも彼に惚れ抜くことである。二人の純愛は、どんなに泥まみれになっても汚されることはない。「川崎に行こうよ」と金太に足を洗うことを促す春子にとって、横須賀を離れることが人間として生きる最後の手段なのだ。

 金太のことをあきらめようと、米兵たちにレイブされてもなお、金太にかける春子の圧倒的な存在感もまた、この作品のエネルギーである。アメリカ兵の元から逃げ出した春子が、金太のもとへ帰ってきて行水をするシークエンス。さっぱりとした春子の表情は、若いエネルギーに溢れている。ここで金太が春子と交す約束は、この映画のささやかな光明でもある。

 そして、もはや伝説となっているクライマックス、横須賀のドブ板通りを占拠する豚の群れ。重喜劇の面目躍如である。春子に堅気になることを誓った金太が、ちょっとした間違いでそれも叶わず爆発するシーン。金太のエネルギーが一挙に炸裂するこのシークエンスは映画的カタルシスに満ちている。切なく、あまりにも愚かしい金太。否、愚かしいのは金太だけでなく、「必要悪」にしがみついて翻弄される大人たちなのだ。自らの金づるだった筈の豚に踏みつぶされるヤクザ一家。

 それに比べ、自らの肉体を武器にして生きて行く女たちのしたたかさ。春子が横須賀を後にするラストシーン。入れ違いに、米兵目当てに駅に降り立つ女たちの放つエネルギー。これぞ今村昌平の世界である。

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