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『陸軍中野学校 密命』(1967年6月17日・大映京都・井上昭)

  今回のカツライスは、市川雷蔵の和製ジェームズ・ボンド、いやハリー・パーマーが活躍する本格スパイ映画シリーズ第四作『陸軍中野学校 密命』(1967年6月17日・大映京都・井上昭)を娯楽映画研究所シアターでスクリーン投影。前2作を手がけた長谷川公之に代わって、今回のシナリオはベテランの舟橋和郎。監督は、森一生に師事して市川雷蔵、勝新太郎作品の助監督を務め、昭和35(1960)年『幽霊小判』(丹羽又三郎主演)でデビュー。雷蔵の『桃太郎侍』(1963年)『若親分乗り込む』(1966年)、『眠狂四郎多情剣』(1966年)などを手がけてきた。勝新太郎作品も多く、60年代中盤からの「カツライス」時代を支えた娯楽映画の監督である。

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 空前のスパイ映画ブームが、映画界を席巻していた。ちょうどシリーズ第五作『007は二度死ぬ』(1967年・ルイス・ギルバード)は、本作と同時公開。大映は、本家007の公開日に「陸軍中野学校」をぶつけたのだ。映画館では、ジェームズ・ボンドV S椎名次郎「英日スパイ映画」合戦が展開していたのだ!

  昭和15(1940)年秋、上海で謀略活動を続けてきた、陸軍中野学校第一期生で、辻井機関の特務将校・椎名次郎(市川雷蔵)は、憲兵隊にスパイ容疑で逮捕されてしまう。上海の憲兵大尉に、大映の悪役顔No. 1、お馴染み伊達三郎。憎々しげに雷蔵を罵る。椎名次郎は、東京へ送還され、特高警察により厳しい取り調べを受ける。特高課長(久米明)の突き放したような態度、執拗に殴られ自供を迫られるが、重慶のスパイから金を受け取って機密を漏らした容疑は、身に覚えのないこと。頼みの綱の上司・草薙中佐(加東大介)にも愛想が尽きたと突き放される始末。

 全ては同房の元外務大臣・高倉秀英(山形勲)の信を得て、接近するためだった。高倉は親英米派で、陸軍の強硬なやり方に批判的なリベラルな知識人。最近、ドイツ大使館、日本軍の機密事項がイギリス側に漏洩している事案が連続しており、イギリス情報部の凄腕情報部員・キャッツアイが日本に潜入してからのことだった。しかも高倉の身辺から日本の最高機密が漏れていたのだ。というわけで、007映画におけるMの役割を果たしている草薙中佐は、椎名次郎になんの説明もなく投獄、辛酸を舐めさせて、高倉の同情を買わせた。釈放された次郎は、陸軍中尉から一等兵に降格処分されてしまう。ならばと、最近右翼に狙われることが多い高倉は、ボディーガードとして椎名次郎を、箱根の屋敷に住まわせる。

 ここで高倉令嬢として、今回のヒロイン、高倉美鈴(高田美和)が登場。深窓の令嬢として椎名次郎にほのかな恋情を抱く。それを利用して高倉の身辺を探らせる次郎。スパイの世界は女も利用するのだ。さらに、リベラル文化人、反枢軸国のイギリス、アメリカ大使たちが集まる高倉家のパーティで、脇の甘そうな有閑マダム、浅井夫人(野際陽子)に目をつけた椎名は、酒に酔った夫人を籠絡。前三作では、ベッドシーンはなかったが、これも1967年という時代である。しかも夫人は、ベッドを抜け出し、モルヒネを射っていた。野際陽子の気怠い芝居に、子供のころ、観てはいけないものを観たような思いだった。

 そうこうしているうちにも、枢軸国側の情報がイギリス側にダダ漏れしていた。草薙中佐は、ドイツ大使館に呼ばれて、ウィンクラー大佐(フランツ・グルーベル)に叱責され、プライドを傷つけられる。ならば二週間以内に、英国側のスパイ、キャッツアイの正体を突き止めると、草薙中佐は宣言。椎名次郎、そしてその助手で、陸軍中野学校第3期生のホープ、狩谷三吉(山下洵一郎)が、必死の探索を続けることになる。

 椎名は、ナイトクラブでクラリネットを吹いている小柳(千波丈太郎)の顔をみて、一年前、上海で尾行していた怪しい男であると気づく。その身辺を、狩谷が調べていくうちに、イギリス大使館に出入りしている「サエグサコーヒー」主人・三枝(水原浩一)が浮かび上がってくる。浅井夫人がモルヒネと引き換えに、米英大使の情報を、ドイツ大使館に流していたことも判明するが、浅井夫人が「キャッツアイの正体がわかった」と椎名に電話をかけているときに、何者かに銃撃されて夫人は亡くなってしまう。

 さらに高倉が、リベラル系新聞の論説委員・坂上(北龍二)に、イギリス時代に会ったイギリス情報部員を日本で見かけたと話していることを美鈴が立ち聞きする。美鈴は高倉の日記でその記述を見つけ、椎名は直接、高倉から状況を聞こうとする。しかし、その時、青年将校(五味龍太郎)たちが高倉家に現れ、その凶弾で高倉は絶命。

 と、全て手詰まりになり、追い詰められていく椎名次郎。約束の期限まであとわずか。シリーズ最大のピンチ(毎回だけど)をどう乗り切るか? このクライマックスがなかなか面白い。今回も登戸研究所で作られたスパイガジェットが次々と登場する。第二作でも使った超小型スコープ(早い話が潜望鏡)などを、スーツ姿の雷蔵が使うとスマートに見える。

 京都界隈でロケーションをしているので、戦前のおっとりした東京の雰囲気が出ており、モノクロ画面ということもあって、ファンタジーの昭和15年の諜報戦が楽しめる。そしてクライマックス、キャッツアイの正体やいかに? 現実の日本が、対米英戦に突入していくまでのカウントダウンが始まった時代でもあるが、これは、これでフィクションとして楽しめる。


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