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『喜劇 負けてたまるか!』(1970年6月13日・東宝=渡辺プロ・坪島孝)

深夜の娯楽映画研究所シアターは、東宝クレージー映画全30作(プラスα)連続視聴。プラスα作品として、1970年6月13日『日本一のヤクザ男』(古澤憲吾)と二本立て公開された、谷啓さん主演『喜劇 負けてたまるか!』(坪島孝)をスクリーン投影。久しぶりに見直して、これは面白かった。坪島監督&田波靖男脚本+谷啓さんらしい「被虐的主人公による戦後マスコミ史」ともいうべき快作。タイトルの『喜劇 負けてたまるか!』は少し弱いというか、あまりにも予定調和すぎるけど。かなり面白い。ストレートだけどブラックでエネルギッシュ。『奇々怪々俺は誰だ!?』(1969年)も然り、こうした谷啓さん主演、坪島孝監督の異色コメディをもっと観たかった。

原作は野坂昭如さんが、ワニブックス創業者・岩瀬順三氏をモデルにした戦後マスコミでのし上がっていく男を描いた小説「水虫魂」(週刊朝日連載)。映画では、主人公・寺川友三をかなり野坂昭如さんのキャラクターに寄せて、岩瀬順三氏とミックスさせている。映画の主人公の出立ちやキャリアはむしろ野坂昭如さんをモデルにしている。つまり谷啓さんが野坂昭如=阿木由起夫さんの青春時代からマスコミの寵児になっていく姿を、かなりの自由脚色で面白く演じていく。同時に昭和30(1955)年から、この映画が作られた時点での現在、昭和45(1970)年までの「マスコミ現代史」が描かれていく。これが滅法面白い。植木等さんの『日本一の裏切り男』(1968年・須川栄三)とともに、「クレージーの現代史」、メタフィクションとして楽しめるのだ。谷啓さんのキャラは、これまで通り、植木さんのイケイケの無責任男とは正反対の、被虐的キャラ。何をやってもダメ、奥手で、恋愛にも結婚にも仕事も「受け身」。それが最大のチカラとなって、CMソングの時代、テレビの時代、そして売れっ子マスコミ人となっていく。

谷啓さんの「野坂昭如」化!

カリカチュアされているが、何者でもない誰もが成功することができた「あの頃」を時代へのノスタルジーと、高度成長のエネルギーとともに描いていくのが楽しい。ヒロインは「日本一の男」シリーズで植木さんの相手役を演じてきた浜美枝さん。意外なことに谷啓さんの相手ということでは『西の王将 東の大将』(1964年・古澤憲吾)以来となる。さらに、谷啓さんの初恋の相手、文字通りの深窓の令嬢に柏木由紀子さん。とにかく可愛い。女学生からお嬢さんへ。まさに憧れのマドンナにピッタリ。そして後半に登場する高橋紀子さん。伊豆の芸者で実は学生運動の闘志というゲバルト芸者をチャーミングに演じている。

柏木由紀子さんの清純さ、浜美枝さんのお色気、女房となってからの猛女ぶり、そして高橋紀子さんのコミカルな可愛さ! 女性陣のバランスがいい。特筆すべきは、谷啓さんが最初に弟子入りする流行歌の作詞家の俗物を、クレージー映画ではお馴染みの人見明さんが快演。すけべで小心者、弱い立場の人には居丈高になる典型的な「ダメ師匠」である。しかもかなりの尺登場する、映画の対空時間としては『日本一のゴリガン男』(1966年・古澤憲吾)と双璧。

クレージー映画的には、犬塚弘さんがゲイの放送作家の先生をノリノリで演じ、小松政夫さんが若手作曲家の青年として谷啓さんをサポートする。そして浜美枝さんの元亭主で、二枚目だけが取り柄のいい加減な男を平田昭彦さん。なんと谷啓さんのビジネスパートナーとなって、マスコミで甘い汁を…というキャラクター。

物語としては、野坂昭如さんが早稲田大仏文科中退から、昭和30(1955)年に写譜屋をはじめ、三木鶏郎音楽事務所に入って冗談工房発足に参加。クビになったり、再びテレビ工房で阿木由紀夫と名乗ってCMソングを連発。時代の波に乗って作家・歌手・タレントになっていくサクセスストーリーをなぞっている。後半、時代の寵児となった主人公・寺川友三(谷啓)が、黒いサングラスをかけて週刊誌の表紙になったり、深夜のテレビショーに出たりするのだけど、谷啓さんが演じるだけで野坂昭如さんのパロディになっているのがおかしい。

野坂昭如さんは、歌手・クロード野坂としても活躍。1969年に「ボー・ボーイ」「松浦の子守唄」でレコード・デビューを果たしているが、これも踏襲している。劇中、寺川友三が、主題歌「水虫魂」(作詞:田波靖男 作曲:萩原哲晶)をレコード・リリースするシーンのモンタージュがおかしい。こういうパロディは、坪島監督も谷啓さんもワルノリするので『クレージーだよ奇想天外』(1966年・坪島孝)の主題歌「イヤダイヤダと云ったのに」の時と同じで、レコード発売のキャンペーンなどをモンタージュ。それがまた弾けていて楽しいのなんの!

完全に野坂昭如先生!
ロングコートにパンタロン、白いマフラーサングラスで「水虫魂」を唄う
さらには「大橋巨泉」化!も

基本は「日本一の男」シリーズのフォーマットに則って、大学中退→就職→恋愛→独立→成功、さらにはビジネスが絶好調の時に破産というプロセスがスピーディに描かれる。主人公の人生の支えとなるのが故郷の母親・寺川しの。演じているのは飯田蝶子さん。田波靖男脚本「若大将シリーズ」のおばあちゃん・おりきさんである。加山雄三さんの若大将にかける「雄一や〜」という声のイントネーションが印象的。で『喜劇 負けてたまるか!』でもラストに登場して、谷啓さんに「友三や〜」と声をかける。このシーンのための、飯田蝶子さんのキャスティングだったのか!と(笑)

萩原哲晶さんの軽快な主題歌「水虫魂」のインストにのせて、タイトルバックは戦後史。いきなり水爆実験のバンクフィルム→東京大空襲直後の両国橋の空撮→マッカーサー厚木に→闇市→吉田茂首相の国会答弁→銀座を闊歩する米兵→ストリップ→東京裁判の東條英機→フジヤマのトビウオ・古橋廣之進→血のメーデー事件→台風水害→国会の騒乱→力道山の空手チョップ→国会議事堂で、監督クレジットとなる。ニュースフィルムで綴る戦後史のモンタージュがなかなかである。

経済白書に「もはや戦後ではない」と書かれた昭和31(1956)年、寺川友三(谷啓)は(ロケは早稲田)大学仏文科を中退。しかし卒業式の記念写真には乱入してしっかり収まって、田舎の母・しの(飯田蝶子)に「大学を卒業した」と報告。何事も要領が悪い友三は、就職難で無職のまま。やっとありついた仕事が「香典返しのセールス」である。都電荒川線の線路側のオンボロアパートの部屋から、いつも高台のお屋敷の深窓の令嬢・左右田美智子(柏木由紀子)の姿を望遠鏡でのぞいては悦に入っている。

左右田美智子のネーミングは、もちろん昭和34(1959)年「世紀の御成婚」で皇太子妃となる正田美智子さんに因んでいる。昭和30年代の憧れのプリンセスは庶民から皇室に嫁いだ美智子妃だったのだ。柏木由紀子さんはほとんど台詞がなく「憧れのマドンナ」として、友三が映画の後半まで仰ぎ見る存在として登場する。

柏木由紀子さん!

で、友三がはじめた「香典返しセールス」。その第一号として飛び込んだのは、なんと左右田美智子のおばあちゃんのお葬式。厚かましくもお焼香をしてカタログを開陳。美智子の父(清水元)に一喝されて追い出される。そこへ美智子が追いかけてきて、謝意を評して「これ、召し上がってください」とくれた葬式まんじゅう。これが友三の「心の支え」となる。なのでカビが生えてもそのまま部屋に鎮座することになる。これも坪島監督らしい笑い。

何をやってもうまくいかない友三が、飛び込みで入ろうとするのが、なんとヤクザ・黒井組の事務所。なぜか親分・黒井仙吉(高品格)に気に入られて、売れっ子作詞家・奥田斗志夫(人見明)の「詩人芸術協会」へ弟子入り。ところがこの奥田というのがとんでもない男で、いきなり秘書・良子(浜美枝)に襲いかかるようなスケベ男。しかもアイデアは弟子たちに出させて、自分はそれを適当につないで歌詞にしている。早速、友三に「水虫みたいな顔をしているから、お前は今日から”水虫”だ」と嫌なニックネームをつける。しかも強妻家で、自分を一人前の作詞家にしてくれた雑誌記者の女房・奥田サト子(弓恵子)には頭が上がらない。浮気性のくせに嫉妬深い。人見明さんは、こうしたキャラを演じたら天下一。ワルノリ演技が楽しい。

人見明さんも抜群!

さてその夜、良子は、貞操の危機を救ってくれた友三を誘ってバーへ。カウンターだけのシーンだったがバックに流れるコーラスから「うたごえ喫茶」であることがわかる。そこでしこたま飲んだ友三は、良子がどうしても愛しの美智子さまに見えてしまう。同ポジで、浜美枝さんが同じ服を着た柏木由紀子さんにスライドしてしまうベタな演出だけど、ここは面白い。

で、結局、友三は飲みすぎて、意識を失って、目が覚めると事務所のソファーベッドで、横にはハダカの良子がいた。しかも良子は友三との夜にかなり満足しているようだ。というのも、亭主持ちの良子は、二枚目で浮気性のヒモ夫・高橋銀之助(平田昭彦)よりも、虫も殺さぬ気弱な友三の方が安心と、押しかけ女房になってしまう。

1970年代に入っているので、セックスについての描写も割とあからさま。良子の性感帯についての笑いなどもあり、クレージー映画も「艶笑コメディ」のエッセンスが入ってくる。というわけで、良子は友三の内縁の妻となり、友三はマドンナ・美智子と結ばれる夢が打ち砕かれてしまう。

仕事面でも、放送作家・大庭(犬塚弘)の口車に乗せられて「放送企画研究所」の専務取締役となり、CMソングを手がけることになる。そのきっかけを作ったのが、良子の元亭主・高橋で、なんと友三と高橋はビジネスパートナーとなる。若手作曲家・越井(小松政夫)と友三のコンビは、広告代理店の東妻部長(田武謙三)に「電気釜ソング」(CDクレイジートラックス等に収録)の売り込みをするも玉砕。CDで繰り返し聞いてきたこの曲の「カマカマカマ」のコーラスパートは小松政夫さんだったのか!

猛烈営業を重ねて、やがて「エロテープが欲しい」と東妻部長のリクエストに答えるべく、二人で腕立て伏せをして喘ぎ声を録音。それが功を奏して、化粧品メーカーのCMソング「セクシー・ピンク」を大成功させる。

この「セクシー・ピンク」のレコーディング場面も、かなりカリカチュアしているが、昭和30年代のCMソング業界の裏側を見るようで楽しい。スリーグレイセスのような三人娘コーラスの「セクシー・ピンク」のフレーズに、本物のコールガール(太田淑子)が喘ぎ声を入れるのだが、どうもうまくない。そこでプレイボーイの高橋が、彼女に寄り添い愛撫する。その声が大受けで、日本中で大ヒット。このヒットするモンタージュが楽しく、磯釣りをする釣り人(加藤茂雄)が一緒に歌ったり、最後には小学校の校門から出てくる子供たちが「♪セクシー・ピンク〜あ〜ん」と喘ぎ声でまねる。

というわけで、この後も成功→失敗→成功を繰り返していく。折角上向きになってきたCM制作会社も高橋に乗っ取られ、失職した友三は、これからはテレビの時代と、テレビ局へ。そこで、大庭が構成している歌番組の仕出しが足りないと聞いた友三、その場で「テレビに出たい若者」を集めてスタジオに送り込む。この歌番組のシーンで、奥村チヨさんが登場。新曲「くやしいけれど幸せよ」(作詞:山上路夫 作曲:筒美京平)を唄う。これがちゃんとPVになっているのがいい。これで信頼を得て、タレント斡旋事務所「青空プロダクション」を起業。まさに七転び八起きである。

しかし、先にタレントプロを開業していた、かつての「詩人芸術協会」の兄弟子・小笠原(砂塚秀夫)が、仕事を奪われたと暴漢を使って襲う。労働省の認可を取ってない弱みもあり、これが運の尽き始め。家に帰れば、帰宅が遅い、浮気してるの? と女房に責められて大喧嘩。売り言葉に買い言葉で、友三は息子を連れて家を出る。

浜美枝さんが、最初は夫を支える糟糠の妻だったのが、息子が生まれて、子育てに疲れた母親となり、些細なことでも喧嘩する女房になっていくのがおかしい。これこそ「昭和女房史」でもある。坪島監督は、そのあたりをクローズアップするのが好きで、そういう意味でも本作の浜美枝さんは、クレージー映画よりも生き生きしている。この夫婦喧嘩で、夫に浴びせる罵詈雑言のシーンはお見事!である。

深夜のバーで、まだ6歳ぐらいの息子と一緒にカウンターで飲んでいると、今や売れっ子となった越井が「ワイドショーの生CMのネタがなくて」と相談してきて、友三は翌朝のワイドショーの電気洗濯機の生CMに出演。台詞が全部飛んじゃって、口から出まかせ、女房・良子への不満を、彼女に浴びせられた罵詈雑言をリフレインして叫ぶ。テレビ局はパニックとなるが、これまたケガの功名。家に帰ると、スポンサーの日立から最新家電一式が届き、専属契約を結んで、再び時代の寵児となる。

週刊誌の表紙に!
このワルノリぶりこそ坪島&谷啓喜劇!

ここからが、谷啓さんの「野坂昭如」化が始まる。黒いサングラス姿で週刊誌の表紙を飾り、深夜番組には文化人として登場。おまけにレコード歌手として「水虫魂」をリリース。やることなすこと大当たり。青空プロは時代の花形ビジネスの先端をいくことになる。

この時代の変化、波に乗っていくシーンに、必ず登場するのが東京タワー。窓の外から眺める東京タワーは、もちろん東宝特美スタッフが作ったミニチュア。高度経済成長の象徴であり、テレビの普及台数のテロップとともに、寺川友三の出世のバロメーターのアイコンとして機能している。

そして現在、1970年。会社のマネージメントを任せている越井から「税務署と接待麻雀してくれ」と頼まれ、堂ヶ島ホテルへ。税務署員(堺左千夫)を接待するはずが、ツキについて勝ちまくる友三。その商品が、なんと美人温泉芸者・竜子(高橋紀子)だから大ハリキリ。しかし、相手に気を悪くさせてまで勝ったものの、いざベッドインというときに、竜子はアルバイト芸者で、学生運動の闘志で、結局、朝までアジテーション演説を聞かされるはめに。これが最高におかしい。学生運動の口調で「われわれは帝国主義的なものに断固として反対する!」と浴衣姿の高橋紀子さんが演説するのだから。

で、ここからまた運命は急転直下。友三は税務署員を接待した罪で、逮捕され、仕事は干されて、青空プロは破産に… 女房・良子も去り、何もかも失った友三の「水虫魂」はどうなるのか?

コマーシャル時代を表現するモンタージュで、1970年当時の人気CMが続々登場するのも嬉しい。「水虫出たぞ!」のポリック森進一さんの8トラカセットのアポロンなどなど。寺川友作が大橋巨泉さんばりに「はっぱふみふみ」のパイロット万年筆CMのパロディを演じたり。

ラストシーン、日比谷の東宝本社前、芸術座(当時)の角を曲がる谷啓さんの張り切った姿でストップモーションとなる。その晴れがましさ。谷啓さんとともに駆け抜ける昭和30年代から45年にかけての「現代マスコミ史」は、もう一つの『日本一の裏切り男』として味わい深い。ソフト化されず、テレビ放映も数年前に日本映画専門チャンネルで放送されたきりなので、観る機会がほとんどないが、これは「見るべき作品」。まさしく1970年型クレージー映画である。後期、渡辺プロ作品とともにソフト化、配信を切望!

クレイジーのメンバーは犬塚弘さんしか出てないが、なんとナレーターは植木等さん! なので、個人的には「東宝クレージー映画」として認定します(笑)


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