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『晩菊』(1954年6月15日・東宝・成瀬巳喜男)

7月5日(火)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男特集として『晩菊』(1954年6月15日・東宝)をDVDからスクリーン投影。林芙美子の短編「晩菊」「水仙」「白鷺」をベースに、田中澄江さんと井手俊郎さんが脚色。

杉村春子さんが圧倒的にいい。戦前は売れっ子芸者として慣らした倉橋きん(杉村春子)は、かつては情熱の女性で、愛人・関(見明凡太郎)と心中未遂をした過去もある。さらに若き青年将校・田部(上原謙)に入れ上げて、戦時中、二度も広島まで逢いに行ったなどの「過去」が、語られる。

そんなおきんは、男に裏切られ、時代に裏切られて、子供もなく、今では「金だけが頼み」と金貸しをしている。その利息の取り立てで回るのは、芸者時代の仲間たち。小料理屋の女将・中田のぶ(沢村貞子)と仙太郎(沢村宗之助)夫婦。かつて美人仲居として浮名を流し、今では連れ込み旅館の女中をしている小池たまえ(細川ちか子)、そしてきんとはライバルだった売れっ子芸者で、今ではアパートの掃除婦をしている鈴木とみ(望月優子)たちの元へ取り立てにいく。

望月優子さん、成瀬巳喜男監督

そこで、彼女たち、それぞれのドラマが描かれる。きんが住んでいるのは本郷菊坂の一軒家。樋口一葉が住んでいたあたりでロケーション。たまえの勤めている連れ込み宿は鶯谷。ほとんどセット撮影中心だが、時折インサートされる東京風景が楽しい。後半、ブローカー板谷(加東大介)から売り物の土地があるからと検分に行くのが井の頭線・高井戸駅。ここで杉村春子さんが切符を探す芝居がいい。普段、この人は歩いて移動しているので、電車には滅多に乗らない、遠出をしないことがよくわかる。

かつて花柳界で浮名を流した三人の女性が中年となり、それぞれ「やるせない」日々を過ごしている。望月優子さんは「これぞ望月優子!」という感じで、だらしなく、その日暮らしで、借金をしてはパチンコや競輪で「儲けよう」と安易に流されている。その娘、岡田茉莉子さんは麻雀屋に勤めていて、客と結婚を決めてしまう。となると小遣いがもらえなくなると、望月優子さんは猛反対。

一方、細川ちか子さんは、息子・小泉博さんを溺愛している。息子も「ママ」と上品な呼び方をしている。とはいえ、若い頃は息子に「お姉さん」と呼べと強要して、男から男への日々を過ごしていた。この息子が、年上のお妾さん・坪内美詠子に可愛がられてヒモのような暮らしをしている。

いずれも「こんな筈じゃなかったに」である。後半、杉村春子さんと心中未遂した過去がある見明凡太郎さんが、金の無心に現れるが、彼女はケンもほろろ。それでも、心を焦がした上原謙さんから「久しぶりに会いたい」と手紙が届くと、心ウキウキ、ソワソワし始める。

クライマックスは、かつて美男子で男らしかった青年将校・上原謙さんが訪ねてくるシーン。17年ぶりの共演となる杉村春子さんと上原謙さんの芝居が実にいい。とにかく上原謙さんのダメ男ぶりは、これぞ成瀬映画! 

杉村春子さん、望月優子さん、細川ちか子さん、それぞれが素晴らしく、彼女たちの代表作の一つとなった。ラスト、細川ちか子さんが、北海道に行く息子を見送るシーンでの上野駅のセット!地下の食堂から駅に上がる階段の再現、さすが中古智さんの美術! 上野の跨線橋で列車を見送るシークエンスで、モンローウォークをしている洋装の女の子の真似をして、モンローウォークをする望月優子さん! このワンショットで映画の全てをさらってしまう!


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