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『地獄の波止場』(1956年3月4日・日活・小杉勇)

 今宵の娯楽映画研究所シアターは、日活アクション前夜のダイナミックなヴィジュアルによる犯罪映画、小杉勇監督『地獄の波止場』(1956年3月4日・日活)。これは初見だった。シンプルなストーリーだが心理描写がうまく、見応えがある。

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原作は陶山鉄「海霧(ガス)」。陶山鉄さんは日活多摩川時代から脚本家として活躍、新興キネマから、発足まもない大映、そして戦時中の昭和18(1943)年、松竹大船撮影所の文芸部へ。戦後は、川島雄三監督『深夜の市長』(1947年)の脚本、そしてプロデューサーとして『シミ金のオオ!市民諸君』(1948年)などを手掛けている。

 日活多摩川時代、小杉勇さん主演『土と兵隊』(1939年・田坂具隆)の脚本を笠原良三さんとともに執筆。小杉勇さんとは昔なじみである。なんといっても舞台となる製鉄所の描写が圧倒的。川崎市にあった日本鋼管工場で全面ロケーション。溶鉱炉の燃え盛る炎、巨大な工場、そして構内を走る蒸気機関車が実に効果的である。ヴィジュアル的にはワーナーのギャング映画のような雰囲気が楽しめる。

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 川崎の製鉄所・東洋鋼管株式会社。構内を走る溶鉄列車の機関士として30年、無遅刻、無欠勤のベテラン・田中万造(小杉勇)は、定年間近。同じ製鉄所の食堂に勤める長女・ふさ子(木室郁子)は、万造の若き助手・岡野信介(三橋達也)と結婚を前提に付き合っている。万造も二人の結婚を祝福しているが、貧しい工場勤め、組合の厚生資金を借りることが出来そうになり、新居に入る目処がついていた。

 深い霧の夜、夜勤の信介がふさ子に逢いに言っている間、万造は運河の岸壁で二人の男が争っているのを目撃。銃声がして、海中に人が落ちる音が聞こえる。万造が近づくと、現場には、紙幣がギッシリ詰まったボストンバッグが落ちていた。日頃から妻・貞江(北林谷栄)から収入のことや、定年後のことを口うるさく言われ、まだ中学生の男の子と小学生の女の子がいる万造は、そのお金をみて魔が差して、着服してしまう。

 翌日、岸壁に犯人の死体が浮いた。同時に、組合の金庫から厚生資金の三百万円が盗まれていることが判明。警察は、前科のある凶悪犯・笠井(安部徹)が主犯だと目して捜査を開始する。一方、万造は大金を手にして、気持ちが大きくなり、ふさ子に「新婚世帯の準備をしてやる」「金は心配いらない」と豪語する。

 ところが信介が夜勤に向かう途中、笠井に「金をどこに隠しやがった? 人の仕事を横取りしやがって」と襲われた挙句、拳銃で左手を撃たれてしまう。警察の取り調べに素直に応じた信介は、ふさ子との結婚で金が入用だったこと、一緒にいた万造と証言が食い違っていることから、横領犯と工場の連中から後ろ指を指されてしまう。

 誰もが、万造が虚偽の証言をするはずがない。悪いのは信介と思い込んでしまい、信介の立場がどんどん悪くなってくる。万造は良心の呵責に苛まれながらも、真実を隠し続けていく。

 安部徹さん演じる凶悪犯・笠井が本当の悪役なのだが、今まで馬鹿正直で通してきた小杉勇さん演じる万造の「出来心」が大変な事態を巻き起こしていく。小杉勇監督はその心理ドラマを、丁寧な描写を重ねて展開していく。観ているこっちが苦しくなるほどである。北林谷栄さんの演じる古女房も、やたら口うるさく、夫を罵り、子供たちに八つ当たりする。リアルといえばリアルなのだが、とても嫌な気分になる(笑)

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 犯罪映画、ノワールとしては、日本鋼管の工場の広大な敷地と、巨大な建物を効果的に使って、モノクロ映画ならではの「光と影」の画作りが素晴らしい。クライマックス、小杉勇さんに「真実を話してほしい」と三橋達也さんが詰め寄る、誰もいない古い工場でのロングによるツーショットは、オーソン・ウェルズ監督『市民ケーン』(1940年)のような、対角線を活かした構図で、日本映画離れしている。

 凶悪犯・笠井が、いつも子犬を抱えているのもアイロニカルでいい。笠井がどんな男なのかは一切描かれていないが、子犬を後生大事に抱いているだけで、観客はその孤独をイメージする。クライマックス、警官隊と工員たちに追い詰められた安部徹さんが、火柱が上がるなか、工場の階段を上がっていくショットもいい。ワーナーのギャング映画の傑作、ラウォール・ウォルシュ監督の『白熱』(1949年)で、化学工場で追い詰められたジェームズ・キャグニーがガスタンクの上に駆け上がっていくシークエンスを思わせる。

 万造が、良心の呵責に耐えかねて、飲み屋・喜楽亭で安酒をあおる。そこの酌婦で、借金で首が回らない路子(隅田恵子)と万造のちょっとしたやりとりにも味がある。泥酔した万造に、お勘定はいらない、どうせ借金だらけと、金を受け取らずに帰らせる。本筋とは関係ないのだが、小杉勇監督のうまさを味わえる。

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