物語に音楽をつける意味

物語に音楽をつけるということは不思議なものです。2300年ほど前に生きたアリストテレスの「詩学」においても音楽は当たり前のように演劇の友として登場していますが、(最近のことは別として)日常には決してつくことがない「BGM」すなわち音楽という存在は演劇にとって必ずしも自明とは言えないように思います。もっとも、直感的には、音楽がないと寂しいとは多くの人が感じることでしょう。

演劇に音楽がなぜ必要なのかということは、演劇の起源から推理することも可能でしょうし、効果という側面から考えることもできると思われます。ここでは演劇(特に「語り」もの)における音楽の「役割」に関することについて、思うところを書いていきたいと思います。

演劇に対してつけられる音楽にはいろんな役割が想定できます。舞台の中身に対してつける音楽の効果としては、例えば以下のようなことが考えられます。

・当て振り(音と役者の動きの一致)の気持ちよさ
・役の感情を強調する
・その場の空気や環境を描く
・物語全体の運命を強調する

以上のように積極的に舞台上の表現に加担していく役割が、まずは第一に重要ですし、おそらくこうした観点からの論考は数多くあるのではないでしょうか。

一方、舞台上の表現としては見えづらい別の役割が音楽にはあると思っています。それは音楽で物語全体の呼吸を作り出すことです。

物語全体の呼吸というのは、誤解を恐れずに言い換えると、観ている人の意識のありようの変化と言えます。

生で舞台に音楽をつけているとよくわかるのですが、音楽が入ると客席の空気がふと変わることがあります。

この空気の変化にはいくつか理由がありそうです。非常に即物的には、音楽が鳴り始めた瞬間に座席を直すなど音の出る可能性があることを行うため。
より無意識的な効果としては、 舞台上の表現のフェーズが変わることにより、お客さんの集中する対象が変化するためです。それまでずっと意識を集中して観ていた舞台上の物語が音楽によって相対化され、少し俯瞰した視点から物語を眺めるよう誘導する役割が音楽にはあるように思います。

そんな感じで、舞台上で起こっていることにある意味では入り込んで音楽をつけるという視点に加えて、舞台と客席をつなぐ役割も音楽は担っていると僕は考えています。ですから、意義を感じる舞台で音楽を務めることは、非常にやりがいのある仕事となるわけです。

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