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アステラス製薬報道に思う:中国事業の切り離し

アステラス製薬の社員の方が逮捕されたという報道がありました。理由はどの関係者からも公表されず、様々な憶測が出ていますが、アステラスさんが中国事業から撤退しない限り、公になることはないでしょう。社員の方の身の安全を願うばかりです。

今後、日本企業は一様に、駐在員が突如として身柄を拘束されるリスクがより高まると考えて良いでしょう。少なくとも拘束リスクが低下することはこの先50年くらいの単位では無いだろうと私は見ています。レアアースなどの材料取引や情報技術の開示、外資政策の変動に関するリスクもあり、中国事業の難易度は、日本企業がそろって中国市場に進出した1990年代~2000年代とは違う次元にあると考えられます。
これに対して、外交・政治が絡むゆえに、日本企業が日本本社でできることはほとんどありません。また、日本政府ができることも「遺憾の意の表明」と「大使館を通じた折衝」のほかにはありません。中国政府なりの統治の仕方ですから、郷に入っては郷に従え、とならざるを得ないでしょう。

中国事業を営む日本企業が、中国市場から撤退しないままに日本人駐在員を守るには、経営を現地化するのが唯一の方法です。中国拠点の役職員が現地の方々であれば、逮捕する事案があればそれは国内問題にしかなりません。日本政府との駆け引きに社員の逮捕が使われることはないとも言えます。

日本企業は経営を現地化することが苦手です。本社から日本人を派遣して支配することへの拘りが強く、その割には現地の方々を上手くマネジできません。反対に、「現地に任せる」と方向に振ると、監視ができず、業績悪化や不祥事を見逃して巨額損失につながることもあります。日本郵政の豪トール社の4,000億円の減損や、LIXILの中国孫会社の不正会計はM&Aアドバイザー界隈ではよく知られているところです。統計的に見ても、日本企業の海外投資は他の先進国企業と比べて収益率が低いことが分かっています。

日本企業は、アジアにおいて上から目線で海外拠点を支配する思考をしがちです。沈みゆく日本が勃興するアジアを下に見る経営センスはもはや化石的ではあるのですが、それから抜け出せない企業は大手の上場企業でも見受けられます。こと、中国市場は、市場規模の点でも、製品やサービス、技術の点でも日本を上回るペースで成長しています。経営人材も、粒はバラバラですが、海外とのコミュニケーションにも慣れた優秀人材の総数が特に若手・ミドルの方で圧倒的に多いと言えます。中国市場は日本市場よりも上にあると考えた方が良いくらいでしょう。

日本企業が経営の現地化を進めながら、日本本体の財務リスクも回避し、それでいて株主としての利益を得たい場合、可能な方法は中国子会社を上場させ、50%超の株式を保有する親会社として残るか、50%以下の株式を保有する一投資家となるかです。その方法論と日本企業の事例はKPMGさんがわかりやすく整理されていますので、こちらこちらをご紹介しておきます。

このやり方は日本企業も海外企業との関係でかつては通った道です。分かりやすい例はマクドナルドでしょう。日本でのマクドナルドは、米マクドナルドと故・藤田田さん率いる藤田商店の折半による合弁でしたが、2002年に合弁を解消し、現在は、日本マクドナルドホールディングスとして東証スタンダードに上場しています。

もっとも、中国子会社をこのようなスタイルで自立させていく判断をすることは日本企業にとっては難しいでしょう。なぜなら、中国子会社の事業が、当該企業のバリューチェーン、サプライチェーンの中に深く組み込まれてしまっており、中国事業を切り離すとグローバルレベルでのビジネスモデルが変わってしまう可能性があるためです。
経営を任せ、株式による拘束力も弱くなれば、日本本社をコントロールタワーとして、日本からの指示で開発から生産、販売まで動かすモデルは回り難くなります。中国拠点から日本、アジア周辺国や米国に輸出するモデルを見直し始め、中国事業のスタンドアローン化を目指している企業も少なくありませんが、言うは易く行うは難しです。

「日本本社が中心となって支配せねばらならぬ」という発想を捨てられるかどうかも課題です。ゼネラル・エレクトリックの著名経営者であったジャック・ウェルチは「GEグローバルでの共通目標は利益追求のみ」と割り切っていたそうです。様々な国・地域に進出し、多様なバックグラウンドをもつ従業員・組織からなる多国籍企業では、誰から見ても分かりやすい目標でなければマネジできないから、というのがその理由でした。その目標に対して、マトリクス組織の導入や、それを運営するための報告・モニタリング体制の構築にGEが力を入れてきたことも筋が通っています。

中国市場に対してどのような目標を設定し、その達成のためにどのような体制を(再)構築するか。これまでの日中ビジネスは、日本から中国への輸出(中国事業1.0)、日本本社による中国現地法人・合弁の設立(中国事業2.0)によってその規模を拡大してきました。日本企業の「中国事業3.0」は、「経営を任せながら、投資利益を第一にする」ことになると私は見ています。日本企業にとって中国事業環境が難化する中にあっても、日本企業の新しい中国市場戦略に私は期待しています。

(写真:香港の漢方店・春回堂薬行)

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