戯曲「国王と私」

登場人物
ローポッツォ(ローと表記)
国王
マーチェラッタ(マーと表記)
田中
真由美
※ローポッツォ以外、同一人物が演じる。二人劇。

第一場 国王の城

国王、たたずんでいる。
そこにローポッツォ、入ってくる。

ロー 国王! 国王!
国王 おお、ローポッツォではないか、どうしたんだ。そんな息せき切って
ロー 国王! 
国王 すごい剣幕ではないか
ロー 国王、また増税とはどういうことですか!
国王 先の戦争で国の財政も傾いてきた。仕方のないことだ
ロー そんな、これまでの税を納めるだけでも領民は苦しみを隠せなかったのです
国王 ローポッツォよ、何もお前の領にだけ税を増やしているわけではない。それにほかの領主たちはしっかりと税を納めている
ロー しかし、国王。私の領は他の領主たちの治めている領地に比べ、耕す田畑も少なく、栄養の少ない土地です。他の領地と同じ税を課せられても到底……
国王 何を言っているのだ、ローポッツォ。それは領主である君の責任ではないのか? 
ロー それは、どういうことですか?
国王 私は国王、国王とは国を治めなければならない。そして国民、領民は税を納めなければならない。では、ローポッツォ、君のような領主は何をしなければならない?
ロー りょ、領主は、領主は……
国王 納めた税を届けなければならない、わかるか、私にだ。いわば領主は私と民の間の中間管理職、板挟みになっている、その心中はお察しする
ロー そ、それなら
国王 それはできない。ローポッツォ、お前の領主としての活躍は耳にしているぞ。心優しい領主様、領民の味方となあ。それでうれしいか、それで満足か
ロー どういう意味です
国王 貧しい領民を守り、慕われ、民のために権力にも立ち向かう。まるで英雄のようだ。小さな領内で英雄扱い。それはさぞ満足だろうな
ロー なにが言いたい
国王 私に言わせれば君は悦に浸っているだけだ。自分の領内に帰れば口を開けてエサをただ待つ間抜けな鯉のように領民はお前を迎え入れる。その池でお前は貧しき領民の英雄という肩書に満たされているのだ。さぞ、住み心地がいいだろうな
ロー なんですと
国王 何を怒っている、図星であったか
ロー そんなことはない。私は……
国王 そうか、そんなことはない。君はそういうのだな。では、君にいい話がある。あのタバサ領領主である君にしか頼めないことだ
ロー な、なんでしょうか
国王 タバサ領には、貧しくはあるが、子供がたくさんいると聞く。それは確かか
ロー ええ、わが領内の家族は皆、子宝に恵まれています
国王 その子供たちを国に提供しろ
ロー 今、なんと
国王 貴様の領内の子供を提供しろと、そういったのだ
ロー なんだと
国王 我が城下町では、労働力が不足していてな。使い勝手のいい子供が特にほしいのだよ。君の領内の子供を提供してくれるのなら、その子供の働いた利益はその親に行く。そしてその親から君は税を徴収する。どうだウィンウィンではないか。素晴らしい。その税を君が私に納めれば、この国はもっと繁栄する
ロー 国王、貴様、国民を、人をなんだと思っている!
国王 これも国王である私の務め、国の繁栄のためだ。なに、使えなくなったら領に戻してやるさ
ロー 貴様!

ローポッツォ、剣を抜こうとする。

国王 ほう、抜くか! 貴様、中間管理職の分際で私に剣を抜くか
ロー 人を人とも思わぬものの、なにが国王か!(抜く)
国王 ひっとらえろ! ローポッツォが剣を抜いた。直ちにひっとらえろ!

ローポッツォ、捕まり跪く。

ロー くっ、離せ!
国王 ふんっ、国王である私に剣を抜いた。これは立派な反逆罪だな
ロー くそ
国王 貴様の首をこのまま落としてやることも一興だが、そうすると、タバサの民が何をしでかすかわからん。何せお前は小さき英雄なのだから。そうだな、貴様はアジアにでも島流しにするか
ロー なんだと
国王 心配するな、表向きはアジアへの文化見学ということにしてやる。ただし、帰りの船は自分で用意するんだな、ハハハハッ! 連れていけ!
ロー 国王、貴様覚えていろ! 俺はなんとしてでもこの国に戻り、必ずやお前を叩きに来る。国王、国王!

ローポッツォ、連れていかれ、去る。

国王 ハハハッ、これで目障りなやつはいなくなった。タバサ領も私の思い通りになる。あそこは隣国に一番近い領。あそこを燃やし言いがかりをつければうまく戦争に持ち込める。ハハハハッ! おい! タバサに火を放て!

国王、去る。

第二場 船上

ローポッツォ、船べりから海を眺めている。
そこにマーチェラッタ、出てくる。

マー おや? ずいぶんと身なりがきれいだな、お前何者だ?
ロー こ、国王! 貴様、なぜここに
マー おい、急に襟首つかんで何するんだよ、息ができないだろっ
ロー 何? (目をこする)はっ、誰だお前は
マー 失礼な野郎だ。お前から突っかかってきたのに
ロー あ、ああ、すまない。人違いをしてしまったようだ
マー おいおい、酔ってんのか?
ロー あいにく、酒は飲んでいない
マー じゃあ船酔いだな、情けない。ちょうど、酔い止めのいい薬があるんだ
ロー あいにく、金は持っていない
マー 同じ船に乗り合わせた仲間から金をとろうなんざ思っちゃいないさ
ロー そうか、それはありがたい
マー ただし、船が到着するまでの間、俺の話し相手になってくれ。この船に俺の好みの女は積まれていなかったんでな
ロー ふっ、わかった
マー 俺はマーチェラッタだ
ロー 俺はローポッツォだ

二人、握手をする。
マーチェラッタ、薬をローポッツォに渡す。

マー 効いたか?
ロー まだ飲んでない

ローポッツォ、薬を飲む。

マー ローポッツォだったな
ロー ああ
マー お前は身なりや言葉遣いから察するに貴族の出じゃないのか
ロー そう思うのなら少しは敬語でも使ったらどうだ
マー いや、俺はそういうのはごめんだ。きぞくだろうがこじきだろうが同じ三文字、俺は平等に扱う。なんせ俺は商人だからな。お・か・ねさえもらえりゃ誰でも大事なお・きゃ・くだからな
ロー ふっ、その口もお前の商売道具のようだな。 確かに、俺は貴族だった
マー だった?
ロー そうだ、数日前まで、俺はタバサを治める領主だった
マー そんな人間がなぜ今この船に乗っている
ロー 話すと長くなる
マー ちょうど薬が効いてくるさ
ロー そうか、それもそうだな。ふう、俺はビタカビタの農民の父と母から生まれた
マー おい、そこから話すのか
ロー 長くなるといっただろ、ちゃんと途中はしょるさ
マー そうか、続けてくれ
ロー 農民で収入も少なかった両親だが、俺を大学にまで通わせてくれた。俺も勉強が好きだったしな。何不自由なく育ててくれた両親に俺は出世して恩返しがしたかった。だから、官僚を目指したんだ
マー じゃあ、公務員試験を受けたのか
ロー ああ
マー うちの公務員試験はイギリスのオクスフォードに入るより難しいって聞くぜ
ロー 卒業するより簡単さ
マー そうか、それで?
ロー 俺は無事、官僚になり、三年間農林水産省にいた
マー 農林水産省か。これは友人の叔父の叔母に聞いた話なんだが
ロー それはほんとうに知り合いか?
マー 農林水産省には、省内で秘密裏に開発した、食べても食べてもなくならないズッキーニがあるって本当か?
ロー 嘘に決まってるだろ
マー やっぱりそうか
ロー ジャガイモだよ
マー まじで?
ロー 冗談だ
マー じゃあなんだ、キャベツか?
ロー そんなものはない。いや、俺も三年間しかいなかったからもしかしたらどこかにあるのかもしれないが
マー ということは、三年後、お前はいきなり領主になったということか
ロー ああ、そうなる
マー お前はいわゆるエリートってやつか?
ロー 周りから見ればな、俺はただ、早く恩返しがしたかっただけだ
マー そうか
ロー 俺が任されたタバサ領はいいところだった。ビタカビタによく似てる。水がきれいで田畑もこれから栄養を帯びていいものになるところだった、しかし
マー しかし?
ロー お前もあの国にいたら一度は耳にしたはずだ。あの国王の噂を
マー 国王? 国王ってのはさっきお前が俺と間違えたやつのことか?
ロー そうだ、あまりにも一瞬お前の顔がやつの顔に見えてしまったんだ。すまない、気にしないでくれ
マー 相当やつのことを憎んでいるようだな。まあ、あの暴君の噂を一度も聞いたことのないやつはよほどのニートだ。民から金を巻き上げ、親から子を奪い、戦争を仕掛け土地を略奪し、私腹を肥やしている
ロー そうだ、タバサもあの国王の無茶な増税に苦しんでいた
マー あんな増税、どこの領主も納められるはずはなかった
ロー そして、俺は国王に直談判しに行ったのだ。だが、やつは俺の言葉など聞いちゃいなかった。あいつは自分の欲を満たすことしか考えられない愚か者だったのだ
マー 俺も会ったことはないが、碌なやつじゃないと思っていた
ロー そして、やつは俺に反逆罪を言い渡し、こうして島流しに
マー なるほど、それでお前はこの船に
ロー ああ、だから、俺はこの船が着いたら、いち早く国を帰る手立てを探さなければならない
マー そういえば、お前、荷物は?
ロー 俺は罪人扱いだ。荷物はない
マー じゃあ、お前は手ぶらでこの船に乗ってるのか
ロー さっきからそういってる
マー どおりで薬代もないわけだ
ロー ああ
マー ああって、お前文無しでどうやって国に帰る気だ?
ロー どうやっても帰って見せるさ
マー 気合いだけで海を渡れるとでも思ってるのか
ロー 最悪泳いででも帰って見せるさ
マー 冗談にしては面白くない。アジアから、国まで泳ぐ? それもバタフライで?
ロー 泳法までは言ってない
マー それにしたって無理だ。金がないなら船も飛行機も動かない
ロー じゃあ、俺はどうすれば
マー ここで会ったのも何かの縁だ。俺が用意してやる。アジアには昔商売してたコネがある。用意するのはお手のもんだ
ロー 本当か。でも、お前もこの船に乗っているということは、罪人で文無しではないのか
マー 違うさ。何もこの船は全員島流しにされた奴が乗っているって訳じゃない。俺はあの国王のせいで商売がやりづらくなったからアジアに行くだけだ
ロー そうだったのか
マー お前があの国をよくしようってんなら俺は協力をする。俺の故郷でもあるからな。ただし、俺も商人だ。金は用意してもらう
ロー だが、その金が
マー 稼ぐんだよ。お前の手でな。用意されたものより自分で用意したものに価値ってのはあるんだ
ロー なるほど。ありがとう、マーチェラッタ。急いで金を用意し君に届けよう
マー そう焦るな。まだ船は着いちゃいないんだ。それにあんた丸腰だ。加えて初めてアジアに行くのだろう。どうやって金を作るつもりだ
ロー どうやって、いったいどうやって金を稼げばいいんだ
マー ふっ、お役所仕事しかしてこなかったから、金の作り方がわからないか。よしっ、お前にいくつか情報を教えてやる
ロー 恩に着る
マー お前は、この船がどこにつくか知ってるか?
ロー アジアだろ
マー アジアのどこだ?
ロー …… 右上あたりか?
マー お前は本当にエリートだったのか?
ロー 地理は苦手なんだ、世界史受験だったから
マー いいか、この船はお前の刑である島流しの通り、アジアの島国、日本に着く
ロー 日本?
マー ああ、別名ニッポンだ
ロー 別名なのにあまり変わらないな
マー ああ、不思議な国だ。日本は就職率の低い国なんだ
ロー 大丈夫なのか? そんな国
マー 俺たちが他国の心配をしてる暇はないさ。それに就職率が低い方が俺たちにとっていいこともある
ロー どういうことだ
マー 日本は就職率が低い代わりに、非正規雇用が多いんだ
ロー つまり、アルバイトか
マー ああ、確かに正規雇用の方が給料もいいし、保険や福利厚生、その他諸々しっかりしている。しかし、お前は国に帰る目的がある。日本に骨をうずめる気はないだろ
ロー 当たり前だ
マー となるとやはり、狙いは日雇いのアルバイトだ
ロー 日雇いのアルバイト
マー 給料が時給ないし日給で、その日働いた分の金がその日に払われる取っ払いの仕事をするんだ
ロー なるほど、それをするにはどうしたらいいのだ
マー 日本に着いたらまず、蒲田に行け
ロー 蒲田?
マー 日本のスラム街の一つだ
ロー なんでそんなところに行かなければならない
マー スラム街といってもちゃんと法律はある。それにこの船は大井ふ頭に着く。蒲田にはすぐ行くことができるだろう。それに蒲田には俺の知り合いがいる。蒲田に着いたら、ハローワークを訪ねるんだ
ロー ハローワーク? 酒場か?
マー 職業安定所だ
ロー スラム街にそんなものがあるのか
マー スラム街とはちょっと言い過ぎたかもな、日本は治安がいい
ロー そうか
マー ああ、良すぎるってもんだ。まあいい。蒲田のハローワークに田中という男がいる。そいつを訪ねろ。俺の名前を出せば分かってくれるはずだ。割のいいアルバイトを紹介してくれるだろう
ロー 蒲田のハローワークの田中だな
マー そうだ。よしっ、一旦、話はこれくらいにして少し体を休めるか。船旅はまだ長い。俺の取った三等室のベットが一つ空いている。そこを使うといい
ロー 何から何まですまない
マー 気にすることはないさ。一日でも早く国に戻るために、今は休もう

二人、去ろうとする。
マーチェラッタ、途中で止まる。
つられてローポッツォ、止まる。

マー そうだ、お前の連絡先を聞いていなかった
ロー そうだった
マー LINEでいいか?(携帯を出す)
ロー そうだな(携帯を出す)
マー 俺がQRコードを出すか
ロー ん? どうやればいいんだ
マー 何をもたもたしてるんだ
ロー あまり携帯は使い慣れていないのだ
マー お前は古い人間だな
ロー なんとでもいえ
マー お前のこのアイコンはなんだ
ロー おしゃれだろ。コーラの瓶にハイビスカスを詰めたものだ
マー 自分で作ったのか?
ロー ネットで拾った
マー コギャルみたいなことをするな

二人、去る。

第三場 蒲田のハローワーク

ガヤガヤとにぎわっているハローワークの中、ローポッツォ、入ってくる。

ロー 失礼する。すまない、すまないっ。誰か! 誰かいないか! 訪ねたいことがあるのだ!

慌てて田中、入ってくる。

田中 はい、すいません、すいません。どうなさいましたか
ロー こ、国王! 貴様、なぜここに!
田中 はい? 国王?
ロー なぜ私よりも先に、蒲田にいる。どういうことだ
田中 どうされましたか? だ、大丈夫ですか?
ロー 触るな! 国王め
田中 あの、国王とは誰のことでしょうか
ロー 何を言う。(目をこする)はっ、誰だお前は!
田中 田中です。あの、本当に大丈夫ですか?
ロー す、すまない。取り乱してしまった。船旅の疲れが出ているのかもしれない
田中 は、はあ
ロー ところで、このハローワークに田中というものはいないか
田中 だから、いや、私が田中です
ロー 何! これは僥倖。田中さん、あなたはマーチェラッタという男はご存知でしょうか
田中 マーチェラッタ、はい、存じ上げています
ロー 私はマーチェラッタに、あなたを訪ねろと言われここに来たんだ
田中 なるほど、マーさんの紹介ですか。ということは、もしかして、訳ありですか?
ロー そ、それは
田中 深くは聞きません。マーさんからの頼みなら任せてください。とりあえず、座りますか
ロー ああ、よろしく頼む
田中 ええと、まず、お名前は?
ロー ローポッツォだ、よろしくお願いします。田中さん
田中 よろしくお願いします。今回は訳ありということで、日雇いの仕事をお求めですよね
ロー ああ、そうだ。なるべく短期間でとにかく稼ぎたい
田中 免許取りたい大学生みたいですね
ロー なんだそれは
田中 すいません。いくつか見繕ってみます。ただし、日雇いの仕事は肉体労働も多いです。耐えられますか
ロー 私には大義がある。どんなことでも耐えて見せる。その先に未来があるのだから
田中 少しだけお静かに願えますか
ロー あ、ああ
田中 ではまず、一つ目なんですが、こういうのはどうでしょうか

二人、話をしている。

第四場 ローポッツォのアルバイト

ローポッツォ、法被を着ている。
法被には、真性器エ婆あんゲリオン(しんせいきえばばあんげりおん)と書いてある。

ロー お兄さん、どうすか? 60分4千円で

ローポッツォ、いろんな人にキャッチを試みるが、無視されている。
ローポッツォに電話がかかってくる。

ロー はい、もしもし、はい、ローポッツォです。お疲れ様です~

マーチェラッタと電話している。

マー ああ、俺だ、ローポッツォ
ロー ん、そ、その声は国王?
マー 違う、俺だ。マーチェラッタだ
ロー 本当か!
マー おいおい、俺は声まで国王に似てるって言うのか、あと、お前は国王ともLINE交換しているのか?
ロー はっ、そうだった。俺は国王とLINEを交換したことはなかった。すまない
マー だいぶ異国での生活で疲れているみたいだな
ロー そんなことはない
マー じゃあ、慣れてきちまったか?
ロー そんなこともないさ、それでどうしたんだ
マー 帰るための資金の進捗を聞こうと思ってな。どうだ、たまりそうか
ロー 確かに日雇いの金払いのいい仕事を田中さんに紹介してもらって必死に働いているが、金をためようにもなかなかうまいこと行かない
マー そうか、とりあえず、国に帰るためには30万円必要だといったが、国に帰ってからの資金も欲しい。お前は国外追放の身だ。国に帰ってからの資金調達は難しいだろう。円からの両替は俺がやってやるが、トータルだとまあまあな金が要る
ロー ああ、稼いだ金を丸々貯めることができればいいのだが、生きるためには食わなければならないし、寝床も必要だ。アパートを借りようにも、保証人もいないし、保証会社を使って家を借りても家賃が高すぎて金がたまらない
マー じゃあ、お前はどこで寝泊まりをしているんだ
ロー 近くのカプセルホテルというやつや、公園だ
マー 貴族がそんな生活をして耐えられるのか
ロー もともとは貧しい家だった。それに、国を変えるためならどんなことだって耐えられるさ
マー そうか、とにかく、節約できることは節約して、金を貯めるんだな
ロー ああ
マー じゃあまた。お前からの連絡を待ってるからな

マーチェラッタ、電話を切る。
ローポッツォ、携帯をしまい、仕事に戻る。

ロー いらっしゃーせー、どうすか、どうすか

ローポッツォ、客引きをしているが全然止まってくれない。
そこに、真由美、出てくる。

ロー 国王! 貴様! なぜここに!
真由美 ちょ、は? 何?
ロー なぜ貴様が新宿にいる!
真由美 仕事だからなんですけど、つうか、うちの客引きじゃん。なんなん? 
ロー 何をほざいているのだ
真由美 ねえ、さっきから何なの? 誰かと間違えてる?
ロー そんなはずは(目をこする)はっ! どちら様でしょうか
真由美 あんたのバイト先の嬢です。上の人に言っちゃうよ? 失礼なやつがいたって
ロー か、勘弁してくださいよ~
真由美 誰と間違えてたのか知らないけど、ちゃんとしてよね
ロー すいませんでした
真由美 まあ、いいけど。名前は?
ロー ローポッツォと申します
真由美 え、日本人じゃないんだ
ロー そうですよ、顔全然違うでしょ
真由美 滅茶苦茶日本人顔じゃん
ロー そんなことないですって、欧州出身の正真正銘の外国人なんですから
真由美 へえ~、めっちゃ日本人っぽいのに。それに日本語ぺらぺらじゃん
ロー 何言ってるんですか、俺は日本語なんてしゃべったことないですよ~
真由美 いやいや、じゃあ今しゃべってるのは何語なのよ、ウケる。面白いね、ローポッツォ君
ロー なに? どういうことだ。俺は確かに日本語なんて全くわからないのに。なぜ俺は日本語が喋られているんだ
真由美 あ、ローポッツォ君何時上がり?
ロー 2時上がりっす
真由美 じゃあ、私もそんくらいに上がるからさ、ご飯食べ行こ
ロー え
真由美 私さ、海外とか興味あんだよね。聞かせてよ、そういう話とか。ローポッツォ君面白いし
ロー 海外といっても、俺は自分の国の話しかできない
真由美 それでいいよ、私は、ここに居たくないだけだし
ロー すいません、聞き取れなかったんですけど
真由美 ううん、じゃあとりあえず、終わったら、あそこの喫茶店で待ってて。あそこ朝までやってるから
ロー わかりました
真由美 じゃ
ロー あ、えっと名前は
真由美 ああ、んんっと、まりん
ロー まりんさん
真由美 さんとかいいから、じゃね

真由美、去る。
ローポッツォ、客引きを再開する。

第五場 真由美の部屋

ローポッツォ、座っている。
真由美、お盆を持って出てくる。お盆には手料理が乗っている。

真由美 お待たせ
ロー いや、すいません。部屋に上がってさらには手料理まで
真由美 仕事終わって、空いてる店って牛丼屋とかしかなくて、結局家で食べたくなっちゃったからいいの。口に合うかわからないけど
ロー 美味しそうです
真由美 食べよっか、いただきまーす
ロー はい、いただきます

二人、食べ始める。

ロー えっと、これは
真由美 え、白菜
ロー 白菜なのにどうしてこんなに赤いんですか
真由美 え? 豚キムチだよ、豚キムチ知らないの
ロー 豚キムチ
真由美 ほんとに外人さんなんだ。てか、キムチも中国だけど、どこの国出身なの
ロー 俺は、バノリタから来たんだ
真由美 バノリタ? どこ?
ロー こんな島国じゃ、わからないか。欧州のこの辺だ
真由美 いや、どの辺よ
ロー 地理は苦手なんだ
真由美 まあ、どこでもいいけど
ロー 自国のこと以外なんて、皆そんなもんか
真由美 ねえ、食べてみてよ
ロー あ、はい(食べる)うまい、おいしいです
真由美 ほんと?
ロー 味見してないんですか
真由美 いや、したよ。もちろん。でも、人に食べさせるの初めてだったから
ロー そうなんですか
真由美 自炊してもさ、味なんかわかんないんだよね。最初の方はいろいろ工夫して、おいしいの作ってみようとかやってるけど、だんだん、何のためにこんなことやってるんだろうって、意味ないじゃんって
ロー なるほど
真由美 やだやだ、こんな暗い話。ほら、スープもあるから
ロー これも作ったんですか
真由美 これはインスタントだよ。古いやつだからお腹やっちゃったらごめんね
ロー そんな
真由美 多分大丈夫、私も飲んでるから、死ぬときは一緒だよ
ロー 大げさな
真由美 ねえ、そのバノリタってどんなところなの
ロー いいところだ
真由美 ど、どんな風に
ロー そうだな、水がきれいだ。自然が豊かで、日本よりはるかに空気がうまい
真由美 それはここが東京だからだよ、長野とかいったら全然空気は違うと思うけど
ロー それはそうか、確かに、バノリタも首都は汚れている。それも国王が
真由美 ねえ、国王ってもしかして、私と見間違えた人?
ロー あ、ああ、さっきはすいませんでした
真由美 国王って女性なの
ロー いや、男だ
真由美 はあ? 男と見間違えたの? そんなことある
ロー いや、すいませんでした、すいませんでした
真由美 そんなに似てるの
ロー 似てるというか、あの一瞬とても似ていたというか
真由美 ちょっとショックだ
ロー いや、そんなんじゃないんです。ちょっと疲れてるんですかね
真由美 そんなに疲れる? 客引きって
ロー 客引きはそんなにっすけど、他にもいろいろやってるんで
真由美 え、何してるの?
ロー 客引きのほかに、ファミレスのキッチンとビデオ屋でもやってます。空いた時間があればウーバーイーツも
真由美 そんなに働いてるんだ
ロー まあ、はい
真由美 大変じゃない?
ロー そっすね、でもやらなきゃいけないことがあるんで
真由美 え、何それ? 将来の夢的な?
ロー そんなんじゃないです。このスープおいしいですね
真由美 それインスタント
ロー あ、すいません
真由美 お金貯めてなにすんの
ロー 国に帰るんです
真由美 帰って
ロー 帰って、国王に言わなきゃいけないことがあって
真由美 国王? 国王って、え、あの?
ロー そう
真由美 ローポッツォって偉い人なの?
ロー 偉い人だったというか。俺、国を追われたんです
真由美 え、なにしたのよ
ロー それはいろいろ
真由美 悪い人なんだ
ロー それだけは違う。俺はなにも間違ってない
真由美 まあ、わたしには関係のない話か。でも国に戻って国王に会いに行ったらまた捕まっちゃうんじゃない
ロー 確かにそうかもしれない。でも、私は戦わなければならないのだ
真由美 何も変わらなかったらどうするの?
ロー 変わるまで戦うさ
真由美 いいね、そういうの。やることがあるって言うか。私さ、何もないんだよね
ロー 何も?
真由美 親さ、気づいたらいなくて、多分捨てられたんだけど。それで親戚の家にいたんだけど、中学終わったら、もう家にいないでくれって。それからずっと今まで一人。こんなだからまともに働けなくて夜の仕事して、なんで生きてんだろう。私には何があるんだろう。ってずっと思って、死ねばいいじゃん。って思うよね
ロー 思わないよ
真由美 ありがとう。よみうりランドにね、バンジージャンプがあるの。試しに飛び降りってどんな気分なんだろうって思って行ったことがあって。一人で遊園地の中、奥の方にあるバンジージャンプのとこまで歩くのがもう失敗したなって思ったんだけど、いざそこに立ってみると、隣のおねえさんのカウントダウンで、スッて飛べるかなって思ってたんだけど、めちゃくちゃ怖くて、死ぬ人ってこれを超えてる人なんだって思ったら、私なんてまだそんなじゃないって思って。あれ、なんの話してるんだろう
ロー 何もないことないじゃないか
真由美 え
ロー この豚キムチはうまい、それでいいじゃないか
真由美 ふふっ、そっか。いいっか
ロー ああ

二人、食べている。

二人、食べ終わりそう。

真由美 ねえ
ロー なんですか

真由美、タンスから封筒を出す。
封筒にはお金が入っているように見える。

ロー なんすかこれ
真由美 200万、これ使って
ロー え、は、ちょ、ん?
真由美 お金必要なんでしょ
ロー どうして
真由美 その代わり、私もついてく
ロー え?
真由美 いいでしょ? お金出すんだし
ロー そういう問題じゃない。さっきも言ったけど、国を追われてて、もっというと、反逆罪で島流しにされてここに来たんです。まりんさんを連れて行くなんて
真由美 まりんじゃない。真由美
ロー え?
真由美 まりんは源氏名
ロー ほ、本名だって今知ったのに、そんな人を連れていけるはず
真由美 いいじゃん、そんなのっ。名前とか性格とか相性とか、知った後で変えられるわけでもない。一緒に居たいって思っちゃったの。それだけじゃダメ?
ロー わっ!ろ!き!
真由美 ……
ロー こ、こ、この金は受け取れない
真由美 そんな
ロー か、借りるだけです
真由美 そ
ロー 国に帰って、役目を果たしたら必ず返そう
真由美 ローポッツォ
ロー 国に戻るためにいろいろ準備がある。あさって出発にしよう
真由美 うん、私も準備していいんだよね
ロー ああ、ありがとう真由美
真由美 ううん、いいの
ロー じゃあ、あさって
真由美 うん

第六場 横浜ふ頭

マーチェラッタ、待っている。
ローポッツォ、やってくる。

ロー 真由美! ど、どうしてここに
マー 何を言ってるんだ、誰だ真由美って
ロー すまなかった、君を置いていくつもりは
マー 待て待て何の話だローポッツォ
ロー ん?(目をこする)はっ、マーチェラッタじゃないか
マー 最初からずっと俺はマーチェラッタだ。よしてくれ、初めて会ったときは俺を国王と間違え、次は女か
ロー すまなかった
マー しかし驚いた。この前電話した時は金がなかったといっていたが、急に金ができたから明日国に帰るなんて。俺じゃなきゃ帰りの船は急すぎて用意できなかっただろうな
ロー 感謝する
マー 本当だ。急だとしても明日じゃなくあさってというべきだったな
ロー あさってでは駄目だったんだ
マー そんなに急いでいたんだな
ロー あ、ああ
マー まあいい、俺はしばらくまだこっちにいる。国の状況を変えることができたなら必ず教えろよ
ロー ああ、必ず。それと一つ頼みごとを引き受けてくれまいか
マー ここまで来たらもう一つくらいはサービスで聞いてやるさ、なんだ
ロー (懐から手紙を出す)この手紙を真由美という女に届けてくれないか
マー 真由美だな
ロー ああ
マー 惚れたか
ロー よしてくれ
マー まあいい、届けてやる
ロー 恩に着る
マー 気を付けるんだぞ
ロー ああ、ま、真由美によろしく
マー ふっ、国王によろしく

第七場

ロー ここはどこだ? 周りに何もない、俺は船に乗っていたはずだが
真由 ねえ、ローポッツォ、どうしてなの?
ロー 誰だ?
真由 私よ、ローポッツォ
ロー お前は、国王!
真由 違うわ、真由美よ
ロー 真由美なわけがないだろ、どうしてここに貴様が
真由 だから違うって、真由美
ロー 真由美なのか?
真由 どうしてあなたは、一人で行ってしまったの
ロー それは君を傷つけたくなかったから
真由 お前は最低の男だな
ロー 真由美?
真由 誰だ、そいつは
ロー 何? 
真由 お前は、真由美から金を盗んで己のために国へ帰った
ロー なんだと! 俺はそんなつもりはなかった、国へもどって事が済んだらちゃんと
マー ことが済む? それまでは盗んだと思うだろ、たとえ手紙を読んだとしても、真由美
は許すのか?
ロー なぜ手紙のことを知ってる? お前は誰だ? 真由美じゃないのか
マー 真由美? 真由美は今頃お前を恨んでいるだろうな
ロー そんなはずはない、お前、マーチェラッタか?
マー マーチェラッタ、そんな名は聞いたことがない
ロー 誰だ!
国王 よくお前はここに戻ってこれたな、せっかく島送りで済ましてやったのに
ロー 国王か!
真由 国王? 誰よ、あなたが国に戻ってしたいことって何なの?
ロー 真由美?
マー お前はひどいやつだ、盗んだ金で国に戻った
ロー マーチェラッタか?
マー 俺が誰なのかわからないのか?
ロー だから、マーチェラッタだろ
マー 俺は本当にマーチェラッタか
ロー お前が聞くな
マー でも私は、一人で置いてかれて寂しいの、悲しいの
ロー 真由美
マー そう、真由美よ
ロー でも、明らかに見た目が国王だ
真由 よく見て、よく聞いて、よく私を感じて、私は真由美
ロー 真由美、真由美すまなかった、君に何も言わず旅立ってしまって、でもすべてが済んだら必ず君を迎えに行こうと
マー おお、熱いなローポッツォ、そんなに思っているなら危険を承知でなぜ真由美を連れ
て行かなかった
ロー マーチェラッタか?
マー 誰に見える
ロー 国王にしかみえない
マー あんな極悪非道の国王と俺を見間違えるだと?
ロー ああ、すまなかったマーチェラッタか
国王 貴様が私に進言したところで私はお前の首をはねるだけだ
ロー お前、マーチェラッタじゃないな!
国王 ローポッツォよ、お前は私が誰に見える
ロー 国王だ
国王 ふ、ふふふ、冗談はやめてくださいよ
ロー ? 敬語? 誰だ!
田中 紹介したバイトは順調ですか?
ロー ・・・? 誰だ?
田中 田中です
ロー 田中!? 貴様はここに出てくるべき人間か?
田中 失礼ですね、私が紹介してあげたから、あなたは真由美さんに出会った
ロー なぜ田中まで真由美のことを知っている
国王 田中とは誰のことだね?
ロー 国王! 国王か?
国王 国王だ
ロー 国王よ、なぜ俺の心を惑わせる、お前は本当に国王なんだな
国王 ああ、国王だ、この国に戻ってこれたのはさすがローポッツォといったところだが、お前はもうこの国では領主という立場を失っている、今更お前に何ができるというのだ
ロー その口ぶりは確かに国王だ、国王よ、立場など関係ない、お前のしていること、その過ちが問題なのだ、たとえ俺がお前に殺されたとしても、必ずやほかのものがお前に進言するだろう、お前の行いは間違っていると
真由 ローポッツォ、あなたは死ぬ気なの? 死んだら誰が私を迎えに来てくれるの?
ロー 真由美なのか?
マー お前が死んだら真由美の金は本当にお前が盗んだことになっちまうな
ロー マーチェラッタ
田中 バイト増やしますか?
ロー 田中は黙ってろ、お前はいったい誰なんだ、いや、これはなんなんだ
国王 どうした、ローポッツォよ
ロー 気持ちが悪い。居心地が悪い。ひどい、なんだこの、おえええ(吐く)はあ、やってられない。もうやめよう
国王 何を言ってるんだローポッツォ
ロー うるさい、やめろ、もうやってられない。俺はローポッツォなんかじゃない!
国王 きゅ、急に何を言い出すんだローポッツォ
ロー だから、そういうのもういい
国王 お、お前は一体誰だ!
ロー ○○だよ
 
○○には、実際に演じる役者の本名を使うものとする。
 
国王 お、おい、なんだ○○とは、それはいったい誰だ
○○ やめろって○○。そんな顔で西洋劇みたいなしゃべり方をするな。無理がある。もう疲れたんだ。演じることに、全てに。バカなんじゃないの? なんで俺は俺であるのに別の人間にならなきゃいけないんだよ。一人になりたい。帰る
国王 ちょ、帰るではない!
○○ それが好きなの? それが○○の本当にやりたかったこと? 俺もだけどさ、もうどうでもよくなっちゃった。早く最寄り駅に帰りたい。改札を出て見慣れた光景を見ると安心するんだ。家までの道のり。家で一人の自分。演じる必要も何もない、あの空間に早く帰りたい
国王 やめろ、お前が帰ったらこの、このげ、んんっとその、これはどうなる
○○ なあ、○○。お前さ、将来の夢なんだった?
国王 え?
○○ 俺はさ、お笑い芸人。小学校の時ね
 
○○、去る
 
国王 ちょっと
 
国王、一人取り残される。
国王、○○になる。
 
○○ えっと、ほ、本日は「国王と私」ご来場いただき誠にありがとうございます。本日の公演は以上になります。アンケートのご協力よろしくお願いします。ありがとうございました!
 
終わり

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