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モノクロ同盟 (12)

2−1

  書斎。
  大森、本をはこんでいる、
  福永、登場。
  大森とぶつかりそうになる。

福永   なんです。
大森   あなたこそ。
福永   玄関があいてたものだから、ふらっと。
大森   へー。
福永   また、本を売るんですか、先生?
大森   そうですね……ありがたい……
福永   あの。
大森   はい。
福永   決着を、つけませんか。
大森   ほう?
福永   お分かりですね?
大森   しろいちゃん!

2−2

  しろい、登場。

しろい  はい?
福永   聞いてほしいことがあるんだ。
しろい  準備中なので、手みじかに。
福永   ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
     われ等の恋が流れる
     わたしは思ひ出す
     悩みのあとには楽みが来ると

     日も暮れよ 鐘も鳴れ
     月日は流れ わたしは残る

大森   (さえぎって)手に手をつなぎ顔と顔を向け合はう
     かうしてゐると
     われ等の腕の橋の下を
     疲れた無窮の時が流れる

     日も暮れよ 鐘も鳴れ
     月日は流れ わたしは残る

     流れる水のやうに恋も死んでゆく
     恋もまた死んでゆく
     生命ばかりが長く
     希望ばかりが大きい

     日も暮れよ 鐘も鳴れ
     月日は流れ わたしは残る

     日が去り月がゆき
     過ぎた時も
     昔の恋もふたたびは帰らない
     ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる

福・大  日も暮れよ 鐘も鳴れ
     月日は流れ わたしは残る
大森   アポリネール『ミラボー橋』堀内大学訳。
福永   先生から、借りて、読みました。
     さあ、しろいちゃん。
しろい  なにが?
福永   ……
しろい  すみません。意味をおしえてください。
福永   川……川が流れている……
しろい  ダンボールに入れられて、川に投げこまれたことがありました。
     ……川……やだ……きらい……
福永   ……(くずれ落ちる)
大森   こっちの番、というわけですかな。
     ああ……
     こうして、いっしょにいるのも今夜ぎりだ。
     しろいちゃんがぼくの介抱をしてくれるのも今夜ぎり。
     ぼくがしろいちゃんにものを言うのも今夜ぎりだよ。
     一月の十七日、よくおぼえておおき。
     来年の今月、今夜は、わたくし大森はどこでこの月を見るのだか。
     再来年の今月、今夜……
     十年のちの今月、今夜……
     一生を通してぼくは……
     今月、今夜を忘れん、忘れるものか、死んでもぼくは忘れんよ。
     いいか、一月の十七日だ。
     来年の今月、今夜になったならば、ぼくの涙で……
     かならず月はくもらして見せるから。月が……月が……月が……
     くもつたらば、わたくし大森は、どこかでしろいちゃんをうらんで、今夜のように泣いていると思ってくれ……
しろい  はい。
福永   尾崎紅葉『金色夜叉』……
大森   分かってくれましたか。
しろい  すみません。意味をおしえてください。
大森   ……別れよう、ってこと。
しろい  はい。
大森   ……(くずれ落ちる)

  沈黙。

福永   ちょっと、これ、読んでくれますか。
しろい  はい。
福永   このページ……この人のセリフ……名前を変えて……
しろい  はい。
大森   ぼくも。
福永   ……いいでしょう。
大森   「もちろん、覚悟してのことでしょうね?」
福永   「なにが?」
大森   「大人として、責任をとることですよ」
福永   「責任って、なんです」
大森   「なんです?」
福永   「しろいちゃんを、しあわせにできるかどうかですよ」
大森   「できます」
福永   「信じられない」
大森   「真実というのは、信じる、うたがう、とかいったものではないん
      ですよ。あなたは2+2=4を信じますか、うたがいますか」
福永   「ずいぶんしろいちゃんにご執心のようだ」
大森   「あなたこそ」
福永   「あなたこそ」
大森   「いいえ、あなただ」
福永   「いいえ」
しろい  「もうやめてー」
福永   「でも、しろいちゃん!」
しろい  「しろいのためにあらそうのは」
大森   「しろいちゃん」
しろい  「しろいちゃん、しろいちゃんって……
      名前がなんだというの?
      バラと呼ばれるあの花だって
      ほかの名前で呼ばれようと
      あまい香りはかわらない」
福永   「ああ……」
大森   「しろいちゃん……!」
しろい  「ああ、福永さん、大森さん。
      どうして、あなたは大家さんなの。
      どうして、あなたは古本屋なの。
      岩谷さんと縁を切り、その名を捨てて
      それがむりなら
      せめて、しろいを愛すると誓って
      そうすれば、しろいは
      しろいの名を捨てましょう」
福永   「ぼくは船乗りじゃないけれど」
大森   「たとえしろいちゃんが」
福永   「最果ての」
大森   「海の彼方の」
福永   「岸辺にいても」
大森   「これほどの」
福永   「宝物」
大森   「手に入れるためなら」
福永   「危険を冒しても」
大・福  「海に、出ます」
しろい  「しろいを殺して
      福永さんのキスで
      大森さんの口唇……あたたかい」

  大森、福永、慟哭する。

2−3

  三上、岸田、登場。
  しばし、様子を見ている。

岸田   あの……

  皆々、岸田を見る。

岸田   おじゃまでしたか……?
福永   お見ぐるしいところを……
三上   先生は……(くしゃみ)
大森   ドアをあけてもらって……それから、見てないですね。
     また、展開を考えながら散歩かな。
岸田   そうですか……玄関があいていたので……
大森   本の運搬をしてて……
岸田   待ちます。

  沈黙。

岸田   福永さんは……
福永   家賃……
岸田   なるほど。

  沈黙。

岸田   (大森へ)手伝いましょうか?
大森   あ、本当に? 助かります。
三上   じゃあ、ぼくも……(くしゃみ)
福永   わたしも……
しろい  しろいは……
福・大  いっしょに。
しろい  準備。
福・大  なんの?
しろい  ひみつ。
大森   ……こっちです。

  皆々、去る。

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