kanahime5のコピー44

鹿魚姫(17)

 天ノ一柱/右ノ小指ノ爪ヲ剥ギ
 地ニ一雫/島ノ西端ニ血ヲ下ス
 静寂ト赤土ト砥草ノ生マレ
 荒野ニ目覚メシ齢十三ノ英雄/弖飛
 ソノ身ハ山犬ノ毛ニ覆ワレ/麦穀神ノ髪
 人ヲ知ラズ/神ヲ知ラズ/獣畜物ノ心
 櫛牛ト草ヲ食ミ
 鏡鰐ト水ヲ舐メ 
 酢鳥ト月ニ鳴ク
 狩人ガ/罠ヲ掛ケル卑劣漢ガ
 弖飛ト鉢合ワス
 一日/二日/三日
 狩人ハ弖飛ニ顔ヲ強張ラス
 怯エ/黙リ/走ル
 心臓ハ踊ル/胸腔ノ座ニ
 幻影ハ弄ブ/恐怖ノ棘ヲ
 一日/二日/三日
 狩人ハ弖飛ノ俤ヲ髣髴スル
 眠リ/起キ/眠ル
 遥カナ旅路ヲ辿リシ者ノ如ク
 私は〈八百万ノ神ダチ〉を出し抜いて、〈血〉を落とした。案の定、君咩主から感応を受けて十三歳で生まれた。鹿魚の〈相手〉にもなるに違いない。どうしてこんなことをしてしまったのか。創造してみたくなったのだ。〈私ガ作ッタ〉と刻印された人を記録する。この〈一押シ〉で地の活性の水準が上がり、暫く〈退屈〉〈倦怠〉〈憂鬱〉を遠去けられた。妙な子供が生まれた。じきに自分の名を悟るだろう。弖飛を見た猟師蚊釐が、その父猟師魯魯禹に話している。猟師蚊釐、「俺は恐ろしい怪物に会った。この三日間、毎日見たのだから間違いない。あんなのがいては狩りが出来ん」父猟師魯魯禹、「どんな奴だった」「ざんばらの髪。とにかく、長い髪をしていたのは覚えている。獣のようだが、人の形にも似ている」「怪我はないか」「ない」「追いかけられたのか」「いや」「なにが〈恐ロシイ〉」「見れば分かる。あれは普通じゃない。毒があるとか、牙が鋭いとか、力が凄いとか、そういうことじゃない。とにかく、あれがいる限り、俺はもう水場には行かない」「嘘じゃないのか」父猟師魯魯禹はその倅猟師蚊釐を信じない。蚊釐は長い間仕事に出ていなかった。〈脇ガムズムズスル〉などと言って銃を持つのを嫌がり、丸三年のらくらしていた。魯魯禹が業を煮やして倅を殴る。飯のときに〈俺ハ意外ニ女殺シカモシレナイ〉と吐かすのに逆上して、つい手が出た。だが、それがよかった。ぐらぐらする奥歯を舌で転がしながら、蚊釐がやっと外に出て三日。当然、また仕事を怠けるための出鱈目であると魯魯禹は考える。猟師蚊釐は父猟師魯魯禹を連れて〈水場〉に行った。弖飛がいた。櫛牛が犇めき折り重なって岩山のような塊になっている。弖飛は両足でそれぞれ一頭ずつの後頭部を踏まえ、一際大きな櫛牛の尻に凭れている。禍々しい玉座に見えた。そこに腰掛けているのは悪神ではないにしても、獣どもの親玉なのかもしれない。父猟師魯魯禹、「なるほど〈恐ロシイ〉」猟師蚊釐、「そうだろう。どうする」「帰ろう」「どうする」「皆で考える」「よし」「おまえ、ちょっと撃ってみろ」猟師蚊釐は言われたように、弖飛を狙って〈撃ッ〉た。〈一際大キナ櫛牛ノ尻〉に当たった。〈ベラベラニ緩ンダ焔太鼓ヲ房棍鞭デ張ル〉ようないい音がした。櫛牛の〈玉座〉は崩れた。父猟師魯魯禹の横で、猟師蚊釐が弖飛に首筋を噛まれていた。〈イイ音ガシタ〉、〈崩レタ〉と聞こえ、見えたと同時に倅猟師蚊釐は死んでいた。弖飛に食われている。猟師魯魯禹は逃げた。顔は涙と鼻汁で、股間は失禁して全身びしょ濡れだった。
〈島ノ西端〉、廬塢靈塢西部茅理漏郡速儺山岳地帯は狩猟が盛んだ。特にここで獲れる貂鼬の毛皮は褐黄地に白の斑点が非常に整っているということで、最高級品として全土で珍重されている。
 玄葱元年、毛獣皮革公正取引ニ関スル勅令
 忍頌四年、光禄勲司哉類檀ノ〈鳥獣愛護〉講話
 澀美三年、圃離安卿会議
 句腴元年、踰利〈畜生紛争〉
 碁覇元年、礒夕州白丁一揆
 さらに偈腐九年、屠児屠奴解放会議が弊于大学寮捌鋤輪老師(隷民経済学)を中心に設立され、ようやく現在の貂鼬毛皮自由売買を認められた。猟師魯魯禹が〈水場〉での出来事を皮革組合呵瀰樓社の臨時寄座で述べている間、私は書棚にあった〈呵瀰樓社三十周年記念論考全紀要第五巻〉の巻末年表で右の歴史を知る。猟師魯魯禹、「どこから湧いて来たのか。殺急に始末しなくてはならない。猟場を荒らされるばかりでなく、里に降りてきたら」議長憶泥迦、「どうなる」「俺の倅を殺したとき、どうやって飛びかかったのか、見えなかった。それくらい速かった。あれは神の類だ。間違いない」「では、皆殺しになるかもしれない」「そうだ」「殺される前に殺すのか」「それしかなければ」「〈神殺シ〉は怖いよ。ただでさえ穢れのある生業なのに、そんな恐れ多いことをしたら、また百年前の阿呆陀羅乞食坊主になるよ。土地を取られて。〈五万日ノ連続居住〉を達成して〈意底威畫令〉が発効したのがつい三年前。よく〈五万日〉も〈恙無ク安寧秩序ノウチニ〉中央が忘れるまで静かに暮らしてたと思うよ。〈神殺シ〉なんてしたら、奴らは飛び付くよ。それが四年前に端を発した〈ゴタクサ〉で、いま表面化したのだと勝手に証明されれば〈意底威畫令〉は帳消しだから。とにかく、〈神殺シ〉はよくない」書記緇鵝、「とりあえず郡当局に。司農監ですかね」議長憶泥迦、「あいつは嫌だ」「何故」「今日は病欠か。印刷主簿の列題爲が袖の下を着服しているらしい。司農監坐咲戻の機嫌が悪いのは、ここのところ賂物が少ないからだ。こちらから頼み事など出来ない。潰されてしまう」

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