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モノクロ同盟 (8)

1−21


  しろい、原稿を手に、登場。
  はいじまも、登場

しろい  呼んだ?
岩谷   呼んでない。
しろい  なんだ……(あくび)
岩谷   (時計を見る)留守番してて。
はいじま はい。
岩谷   すぐにもどる。

1−22

  岩谷、パソコンを閉じて、去る。
  はいじま、しろい。
  しろいは眠くなって、机で寝る。
  くろかわ、登場。

くろかわ 先生、本をまとめました!
はいじま ……
くろかわ 先生は?
はいじま おでかけ。
くろかわ おまえは?
はいじま 留守番だって。
くろかわ なにそれ。どういう意味?
はいじま 帰ってきたら聞こうと思って。「すくもどる」ってことだから。
くろかわ えー、適当。留守番?
はいじま 調べたほうがいい?

  くろかわ、本棚から国語辞典をとりだす。
  はいじまといっしょに、ページをのぞきこむが、つかいかたが分からない。

くろかわ 調べてよ。
はいじま どうやって?
くろかわ 知らないの?
はいじま 知ってるの?
くろかわ 知らない。
はいじま これ、「あ」。
くろかわ うん。
はいじま これは?
くろかわ カー!
はいじま なるほど。
くろかわ 分かったの?
はいじま 重い。
くろかわ うん。
はいじま ぶあつい。
くろかわ うん
はいじま 人間のことば……
くろかわ うん。
はいじま むずかしい。
くろかわ あほー……
はいじま おまえ、分かるのか。
くろかわ ぜんぜん。
はいじま だめじゃん。
くろかわ 知ってる字、あるよ。
はいじま へえ。どんな?

  くろかわ、反故の裏に書く。

はいじま なんて読むの?
くろかわ 「ゴミは当日の朝ルールを守って出してください」
     「みんなで住みよい環境をつくりましょう」
はいじま へえ。
くろかわ 分かるの?
はいじま なんか、こういうのが書いてあると、ごはん、食べられないよね。
くろかわ そうそう。
はいじま そういうのなら知ってる。
     「夜明け前から活動をはじめ、えさとなるゴミをあさります。
散乱をふせぐために、前日の夜はひかえ、決められた時間に出してください。
ルール・マナーの遵守をおねがいします」
くろかわ そういうの!
はいじま いやになるよね……
く・は  ねえ……

1−23

  伊藤、登場。

くろかわ それにひきかえ……
はいじま うちの先生!
くろかわ ベランダのごはん!
はいじま いっぱい! おいしい!
くろかわ すてき……
はいじま 大好き!
伊藤   たいした先生よね。

  くろかわ、はいじま、振り返る。

くろかわ あっ。
はいじま えーと。
く・は  誰?
伊藤   ……伊藤ふゆみ。
く・は  あー。
伊藤   あんたたちの先生の、もと恋人!
     ぼうし、とりに来たんですけど。ぼうし、忘れたの。
     そんなに立派な先生なの?
く・は  はい!
くろかわ 夫に先立たれて、子供を三人、かかえていました。
     病弱な私は、毎日、満足な食事をあたえることもできず、途方にくれていました。
     ビスケットのかけら。
     添加物まみれのまっ白なごはんつぶ。
     カップの底のバーニャカウダ。
     エビチリのしっぽ。
     つぶれたコロッケ……
     そんなものに、一日にひとつありつければ、大よろこびでした。
     ああ、今日も、なんのかせぎもなく、家に帰らなければならない……腹をすかせた子供たちが泣きわめいて、わたしをこまらせる……
     一睡もできずに、また、明日の朝、仕事に出かけるんだろうな……
     そんな、絶望の底で、先生の家のベランダにたどり着いたんです。
     先生のおかげで、三人の子供は自立して、いまでは、立派に家族を持っています。
     わたしも、こんなに健康になって……
     先生には、感謝しても感謝しきれないくらいです。
伊藤   いいとこ、あるのね……
はいじま わたしも!
     仲間たちのなかで、ひとり、どんくさくて、のろくて、とろくて、空気が読めなくて、どうしようもないみそっかっすで……
     何度、わたしのせいで、仲間たちを危険にさらしたことか。
     考える前に、体が動く、本能、っていうんですか。
     わたしには、それが、あんまり働いてないみたいで。
     ぼおっとして、考えるんです、いま、なにが起こってるんだろう、なんで、みんな、あたふたしてるんだろう、どうしよう、どうしよう、って。
     こたえが出たころには、なにもかも終わってて、わたしは、ひとり、とり残されています。
     まわりから、どんどん、仲間が消えていきました。
     どんなにこまっても、おなかがすいても、助けてもらえない……
     もう、死のう、生きているのがいやになった。
     なんで神さまは、わたしみたいな、きたなくて、くさくて、ぶさいくで、不器用で、きらわれもので、なんにもできない生きものをつくったんだろう……って、絶望してました。
     先生は、そんなわたしも、見捨てなかった。ベランダで、おなかいっぱいになりました。
伊藤   そう……だから、あなたたち、岩谷が好きなのね。
く・は  はい。
くろかわ でも、分別しないのは、ちょっと……
はいじま ねえ……ちょっと……
伊藤   だらしないのは、あいかわらずか……
くろかわ ビニールとか、プラスチックとか……
はいじま 平気で燃えるゴミに……
伊藤   出会ったのは、大学院のとき……
     留学先のオレゴンで結婚した、両親の教育方針で、小学校、中学校は沖縄のインターナショナルスクールですごして、いやでいやでしょうがなかった……学んだことは、中途半端な個人主義と、人間不信、それに、だまってればもてる、ってこと。高校は、行ってない。
     自分で勉強して、簡単だったけど、勝手に大検とって、芸術系の大学に行って。
     適当に絵を描いて、卒業したけど、就職もしなくて、なんか、なんにもやりたくなくて、でも、なにかになりたくて……
     文章を書くのが好きだった。
     日記とか、作文とか、読書感想文とか……国語の授業とか、まじめに受けたことなんかないのに、一番、得意だった。
     大学院で、創作しようと思ったの……生まれてはじめて、好きなことをやれる。小説は自由だから、どんなことだって、できる。
     そこで……
     助手をやってた、岩谷と出会ったの。
く・は  おー。
伊藤   気をつけてね。
くろかわ なにを?
伊藤   あいつ、小説のことしか、頭にないから。
     あきたら……小説を書くのにじゃまになったら、捨てられるわよ。
くろかわ 捨ててください!
はいじま もっと捨てて!
伊藤   ……後悔しても知らないわよ。
くろかわ あ、これ、分かります?
はいじま 留守番、って、調べたいんですけど……
伊藤   留守番……(辞書をひく)
     家などの住居の主人、または、住人がいない留守のあいだ、主人や住人がいたときと同様に家を管理する役割を負ったものである。
くろかわ つまり?
伊藤   お客さんとか、宅配便とか、電話とか、適当に対応してればいいってこと。
く・は  おー。
はいじま じゃあ、いま、留守番してますね。
伊藤   そういうことね。
くろかわ よかったー。
はいじま ね。
伊藤   あなたたち……
く・は  はい。
伊藤   かわいいわね。今度、飲みにいきましょうよ。あなたたちが知らない岩谷の話、いろいろしてあげる。
くろかわ あほー……
伊藤   なによ。
くろかわ そういうのは……
はいじま なしで。
伊藤   なんで?

  くろかわ、はいじま、顔を見合わせる。

く・は  同盟なので。

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