水族館物語のコピー16

水族館物語(4)

  教室。正面に教壇と黒板。上手が廊下、下手は校庭に面している。まだ外は明るく、時計は三時ごろを指している。

  ひとりの少女が、下手側の席で、本を読んでいる。

男 (上手より登場)なにしてる
少女 (顔をあげ)先生
男 本を読んでるのか(言いながら近づく)
少女 はあ
男 どんな本
少女 (本を閉じ)シャーロックホームズ
男 ふうん(少女のとなりにすわる)

  廊下を誰かが走り去る。

男 (その音を追いかけている)ずっといたの
少女 そうです
男 ずっと
少女 はい
男 だって、おなかすかないか。もう(と時計を見て)こんな時間なのに。お昼、食べてないだろ
少女 食べてないですけど
男 帰ってゆっくり読めばいいじゃないか。シャーロックホームズ

  男、少女の胸におしあてていた本を、うばいとる。少女はびっくりして、男をじっと見ているだけ。

男 (タイトルを読み)本当にあった怖い話……シャーロックホームズじゃないよ
少女 ……
男 別に怒ってない……ほら(本を返す)
少女 (受けとる)
男 気をつけて(立つ)
少女 ……
男 どうしたの
少女 先生
男 うん
少女 口裂け女って、知ってますか
男 ……知ってるけど、どうして
少女 どんなの、口裂け女って
男 それは、たしか、長い髪で、マスクしてて、長いコート着てて、たぶん、赤い靴をはいていたのかな
少女 それで
男 わたし、きれい
少女 うん
男 それで、ええと、とにかく、どうこたえたって、口裂け女は追いかけてくるよ、たぶん
少女 それで
男 それで……さあ
少女 ……
男 そこにはなんて書いてあった。その本には
少女 ……
男 本当にどうしたの……(少女の背中に手をやり)早く帰りなさい。そろそろ校門も閉めちゃうから
少女 ……
男 ほら
少女 先生
男 ……なに
少女 もう少し、待ってもいいですか
男 誰かと、待ち合わせてるの
少女 待ち合わせ……ちがう
男 ……
少女 (窓から外を見る)もうかくれる場所がなくて……みんなもうつかまったかな
男 かくれんぼでもしてるの

  廊下を誰かが走り去る。なにかを落としていく。それが廊下を転がっていくらしい。

男 みんな帰っちゃったよ、きっと
少女 そうかもしれない
男 だいじょうぶだよ
少女 でも
男 明日から夏休みなんだ、ぐずぐず学校に残ってないで
少女 夏休み
男 そうだよ、夏休み。また明日、みんなに会えるから、それでいいじゃないか。いじわるして先に帰ったんじゃないんだから
少女 ……夏休み
男 帰りなさい……いいから

  廊下を誰かが走り去る。すぐに反対から引き返してくる。途中で立ちどまり、また走っていく。

  男、いらいらして、廊下をうかがう。

少女 先生
男 (はっとして少女に目をやる)
少女 誰かいるの
男 ……いないよ……いるわけがないんだ
少女 本当に
男 本当に
少女 (男に近寄る)
男 (窓を閉める)……早く
少女 え
男 いや
少女 ……
男 ……先生が、見つけてやるよ
少女 先生が
男 ああ、だから
少女 でも
男 かくれないのか
少女 ……どうしよう
男 (目を閉じ)いち、に、さん……

  男、数え続ける。いくつまで数えるのか、はてしない。そのあいだ、男は少女と話す。

少女 どこまで行っていいの
男 この教室だけ
少女 鬼は先生なの
男 そうだよ
少女 わたしがかくれるんだね
男 そうだよ
少女 すぐ見つかっちゃう
男 ああ

  少女、しばらく男が数えるのを聞いている。

少女 先生
男 (いらだち)なんだ
少女 今日、ウサギの当番で、朝早く来たんですね
男 ……
少女 えさを持ってきたら、いつもはみんないっせいに集ってくるのに、変なの。一匹足りないの……言いだせなくて、ずっと黙ってたけど、やっぱりかわいそうだから
男 ……そうか、先生たちに言っとくよ。きっと見つかるよ。夏休みのうちにはきっと。安心していい。なんでもないんだから……なんでもないことなんだ、気にしなくてもいい
少女 やっぱり、朝、気づいたんですけど……焼却炉が、なくなってた
男 うん。昨日片づけた
少女 どうして
男 いらないから。いつまでも置いておくと、生徒が遊んであぶない
少女 あぶなくなんかないのに。火をつかわなければ
男 ……遊んでたの、あそこで
少女 (聞こえず)四角い空地。なんだか、変な感じ。ぽっかり……ぽっかり

  廊下に足音。ちょうど教室の前で立ちどまる。次々にやってくる。やはり教室の前で立ちどまる。男はその気配におびえている。

男 かくれないの
少女 ……
男 かくれないの
少女 ……
男 (数えるのをやめる)(目をあける)見つけた(少女の肩に手を置く)
少女 ……ありがとうございます
男 そのうち、そう、花壇をつくるんだ
少女 花壇か。なんの花ですか
男 ひまわり
少女 咲くのかな。あんな日あたりの悪いところで
男 知らない

  男、机の上の本を手にとる。ぱらぱらとめくり、急に笑いだす。

少女 返して
男 (ぴたりと笑いを止める)……かわらないね、こういうのは、何年たっても、何十年たっても
少女 そう、なんですか
男 七不思議って知ってる
少女 知ってる。学校の七不思議
男 この学校の七不思議は
少女 あるの、やっぱり
男 おしえてあげようか
少女 (うなずく)

  いっせいに、足音が近づいてくる。
  扉が開く。
  子供の笑い声が教室をつつむ。
  暗転。

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